第44話 白雷の儀式 ⚔️🏢

 黒刀を構えたまま、俺は声を荒げた。


「どういうことだ、ユーマ!」


 刃の先が震える。怒りか、魔力の揺れか――自分でも判別がつかない。

 ユーマは一歩も動かず、静かに答えた。


「言葉通りの意味ですよ」


 その口調に、迷いはなかった。

 まるで、ともりの死が当然だったかのように。


「彼女の死は――“計算された犠牲”でした」


 都市の魔導波形マナ・ウェーブが、赤紫から黒に近い色へと変化する。

 空間が冷え、魔導粒子がざわめく。都市が、ユーマの言葉に反応している。


「レンさん……あなたの弱点は、灯でした。だから、彼女を排除した。憎しみではありません。必要だったんです。あなたを、再び戦場に立たせるために」


 俺の呼吸が止まる。

 ユーマは続ける。声は静かで、どこか祈るようだった。


「断罪屋としてのあなたは、完璧でした。でも、灯と出会ってから、あなたは変わった。優しくなった。迷うようになった。それでは、人を斬れない」


「……それが理由か」


「ええ。灯の死は――儀式です。あなたを“戻す”ための、必要な痛みだった」


 俺は言葉を失った。

 都市の魔導波形マナ・ウェーブがさらに揺れ、魔導緑化帯マナ・グリーン・アレイの葉が黒く染まる。

 空間がきしみ、都市の意志がざらついた感情を帯びていく。


「あなたは、灯を失って、再び刃を握るはずだった。それなのに、ボスはあなたを閉じ込めた。世界は、あなたを必要としている。だからこそ、僕は――あなたを“完成”させたい」


 ユーマの笑顔は、どこか神聖なものに見えた。

 だが、その奥にあるのは、狂気だった。


 ……誰かが終わらせなければならない。


 それが救済だ。

 だが、俺の中で怒りだけは、消えなかった。


「……ボスも、お前が殺したのか」


 黒刀を構えたまま、問いかける。

 声は静かだった。怒りを通り越して、確かめるような響き。


 ユーマは少しだけ目を伏せ、そしてうなずいた。


「ええ。彼は、あなたを“にぶらせる”存在でしたから」


 都市の魔導波形マナ・ウェーブが、黒に近い紫へと染まる。

 空間が軋み、都市が過去の記憶に反応している。


黒鴉くろがらすは、政府と企業連合を使ってつぶしました。時間は掛かってしまいましたが、彼らは利用しやすかった。正義の名のもとに、あなたの居場所を壊すことができた」


 俺の拳がわずかに震える。

 黒刀の柄が、手の中で冷たく感じられた。


「目的は、あなたを孤独にすること。剣しか残らない状況を作ること。それが、僕の“整えた世界”です」


 ……整えた世界。


 そのために、企業を乗っ取り、中枢AIセントラル・ノードの暴走を許し、邪魔な人間を排除した。

 俺が都市を崩壊させるよう、仕組まれていた。

 ユーマは、俺の剣が再び振るわれるよう、世界そのものを歪めた。


 それが“完成”だというなら――この都市も、俺自身も、とっくに壊されている。


 ユーマの声は、どこかほこらしげだった。

 まるで、都市そのものを管理するAIを設計した技術者のように。


「あなたは、剣でしか語れない。感情は、あなたを鈍らせる。だから、灯も、ボスも、黒鴉も――排除した」


 俺は言葉を失った。

 都市の空気が重くなる。

 魔導緑化帯マナ・グリーン・アレイの葉が、黒と赤紫のまだらに染まっていく。


「ボスは、僕の感情に気づいていました。だから、あなたを屋敷に閉じ込めた。剣から距離を取らせ、家政夫として感情を取り戻させようとした。でも、それは“堕落だらく”です。あなたは、最強の剣士であるべきだった」


 ユーマの瞳が、都市の光を反射して淡く輝く。

 その目に映っているのは、今の俺ではない。

 かつての“蓮”――感情を捨て、ただ斬るだけの断罪屋。


「この異世界は、あなたを完成させるためにある。僕は、あなたのために世界を整えてきた。あなたが、再び“剣”になるために」


 俺は黒刀を握り直す。

 記憶が削れていく。灯の笑顔も、ボスの声も、遠ざかる。

 だが、怒りだけは、消えなかった。


「……お前の理想は、俺の現実を壊した」


 魔導波形マナ・ウェーブが震え、都市の空気が張り詰める。

 ユーマは笑みを浮かべたまま、黒刀を構える。


「だからこそ、あなたは今、ここにいる。最強の剣士として」


 俺は一歩、踏み出した。

 都市の頂で、理想と現実がぶつかる。

 この刃は、過去を断ち切るためにある。


 ユーマは黒刀を構えたまま、静かに言った。


「レンさんは、予想通り完成しましたね」


 都市の魔導波形マナ・ウェーブが震え、展望室クロノ・ドームの空気が軋む。

 魔導緑化帯マナ・グリーン・アレイの葉が白く光り、都市が何かを察知している。


「この僕を打つために、あなたは都市をも破壊する。この世界の人類が滅亡しても、僕を殺す。それこそが――神です」


 その言葉に、俺の中で何かが切れた。

 怒りでも、悲しみでもない。

 ただ、静かな決意だった。


「……分かった。もうしゃべるな」


 俺は踏み込み、黒刀を振るう。

 ユーマの狂気に気づけなかった俺にも、責任はある。

 刃が空気を裂き、ユーマの構えにぶつかる。

 金属音が展望室クロノ・ドームに響き、魔導波形マナ・ウェーブが赤紫に染まる。


 だが、ユーマは笑っていた。


「それでは、僕を殺せませんよ」


 その瞬間、彼の指にめられた白雷の指輪が発光した。

 都市の頂に、白い雷がほとばしる。

 展望室クロノ・ドームの天井から床まで、魔導粒子が閃光となって駆け巡った。


 空間が震え、魔導ガラスが軋む。

 床下の魔導粒子は暴走するように脈打ち、波形は白に染まっていく。

 都市全体が軋むような低音を発し始め、魔導緑化帯マナ・グリーン・アレイの葉が焼けげる。


 空気は焦げた金属の匂いに変わり、視界が白く霞む。

 その瞬間、天井のスプリンクラーが作動した。

 冷却液を含んだ人工雨が、白い閃光の中に降り注ぐ。

 床に散った魔導粒子が蒸気を上げ、視界がさらに白くにごる。


「パ、パンが……」


 隠れていたエリシアの声が、展望室クロノ・ドームに木霊する。

 かすれた悲鳴。だが、それは都市の痛みと重なって聞こえた。


 まるで、都市そのものが苦しみに耐えきれず、叫びを上げているようだった。

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