第15話


 今までに感じた違和感を伝えると、ショウマさんは大きく息を吐き出した。

「なるほどね。――だからか」

「何が?」

「いや、こっちの話」

 そう言って、口を閉ざしてしまう。もしかしたら考え込んでいるのかもしれないけど、その沈黙が怖い。

 何が「なるほど」なの?

「とりあえず、話は分かった。こっちも注意しておくから、動く準備をして。間もなく予告時間だ」

「……分かった」

 疑問は残るけれど、仕方がない。

「タイミングは、こっちから合図するよ」

「了解」

 カレンさんからもらった銃を構える。カチャリ、と小さな音がした。

 自分の呼吸が、心臓が、うるさい。グリップを握りしめる両手に、力が入る。

「予告時間だ。ハッキング完了。システムダウン、確認。――今だ!」

「うん」

 大きく息を吸って、止める。

 そこ。

 小さな音を立てて、黒い弾が放たれる。勢いよく床に突き刺さったそれから、白い煙が出てきて辺りを満たした。

「何だ!?」

「警備員室に連絡を!」

 咳き込みながら叫んでいる。けれどすぐに、人が倒れる重い音が二回、聞こえてきた。

 ――救援が来る様子は、ない。

 展示室の中に飛び降りる。煙で少し、視界が悪い。でも、任務に支障はなさそう。

 床には大の大人が二人、気を失って倒れている。

 本当に、凄い速効性。

 展示ケースに近づき、フタを開ける。遮るものがなくなった今、ネックレスはとても美しく見えた。

 息を飲むほど深い、サファイアの蒼。それを取り囲むダイヤモンドは、たゆたう泡の様で。

 ただ豪奢なだけじゃない、繊細さと優美さがある。

 震える手を、伸ばす。ネックレスは、重たかった。

 それをウエストポーチにしまい込む。いつの間にか、煙は完全に引いていた。

「奪還、成功」

「うん。モニターでも確認したよ。これで、任務終了だね」

 私は、小さく息を吐き出した。床にへたり込みそうになるのを、グッとこらえる。そして、未だに緊張の抜けきらないショウマさんに、聞いた。

「何を隠してるの?」

 息を飲む音が聞こえた。

「早く答えて」

 これ以上、先延ばしにはしたくなかった。

「分かった。落ち着いて聞いてね。――ナイトにトラブルがあったらしい」

「トラブル……?」

 腕のデバイスが、かすかに震える。写真が一枚、送られてきていた。暗くて、ピントがズレているから分かりにくいけど、人が写っているのはどうにか判別できた。

「この人は?」

「分からない。アミティエの話だと、いきなり、ナイトに攻撃を仕掛けてきたみたい。その写真は、ナイトのカメラで撮れたやつ。確認したけど、今までどの監視カメラにも映ってなかった。本当に、急に現れたんだ」

「……ルークは?」

「館長室付近で襲われたけど、なんとか離脱。一階のボイラー室に隠れてるよ」

 沈んだカレンさんの声が聞こえてきた。

 いつものハリのある、通りの良い声は、すっかり鳴りを潜めている。

「全員の無線、繋げるね」

 僅かなノイズのあとに、インカムが接続された音がした。

「ナイト……」

「ああ、ミラージュ。そっちは上手くいったみたいだな」

 たった十数分前に別れただけなのに、ひどく懐かしい。声がいつもより小さめなのはきっと、身を潜めているからだろう。

「うん。……怪我は?」

「してない。でも、ごめん。不正の証拠がまだ手に入ってない。隠し場所は見当がついたんだけど、そこを探してる途中で襲われたんだ」

「そんなの気にしなくても……」

「ごめんなさい。あたしが、ちゃんとモニタリングできてたら……」

 時折しゃくりあげながら、カレンさんが言った。

 そんな、謝る必要はないのに。怪我がないなら、それで十分。

 でも、それを伝えたところで、だ。カレンさんは責任感が強いから、「気にしないで」も「大丈夫だよ」も気休めにすらならない。慰める言葉の一つも、持ち合わせていない。

 無力感に、唇を噛み締める。

 その時、扉が開かれる音がした。

「侵入者、発見!」

 まずい。廊下の……!

 無防備にしすぎた!

「早急に離脱して!」

 ショウマさんの焦った声に、身体が反射的に動いた。

 催眠弾を一発打ち込む。そして煙で混乱している警備員の間をすり抜け、廊下に出た。

 近くの柱の陰に隠れて、展示室の様子を伺う。

 追ってくる様子はない。

「離脱成功」

「良かった……。ごめん。監視カメラのモニタリングが不十分だった」

「――私も、周囲の警戒、怠ってたから」

 ビックリしたし、危ない場面だったけど、どちらかだけの責任じゃない。

「肝が冷えたよ」

 ルークがふぅ、と息を吐いた。

「――ミラージュ、聞いて良いかな?」

 ショウマさんがおもむろに口を開く。

「何?」

「君には二つ、選択肢がある。一つ目は、ナイトを助けに行くこと。そして二つ目は、このまま目の前の窓から、君だけ脱出すること」

 カレンさんが息を飲んだ。喉がからからに乾く。

 重い沈黙が、この場を支配した。

 ショウマさんの言いたいことは、理解できる。もうネックレスは手に入れた。だから、ここで帰っても、良い。「私の」任務は達成した。

 それに、ルークだって馬鹿じゃない。脱出が最優先事項なことは把握しているはずだし、自力での脱出も不可能ではないと思う。カレンさんもショウマさんも、全力でサポートをするだろう。

 ――ルークは何も言わない。ただ、私の返答を待ってる。

 じっと、目の前の窓を見つめる。外で風に揺れる木々が、手をこまねいてるように見えた。

 でも、心は決まっている。

 ……これ以上、失いたくない。そんなの、私だって同じだ。

「助けにいく。その上で、ルークの任務も成功させる」

「セーラ。気持ちは嬉しいけど、危険だ」

「危険なのはみんな同じって言ったの、誰だったかしら」

 返した言葉に、ルークは笑った。

 今ここで、そっくりそのまま返されるとは思ってもみなかったらしい。

「方針は決まりね」

「だね。ナイトも、文句なしだよ。ミラージュ自身が、決めたんだから」

「おう」

 まだ少しだけ、空気は重いけれど、次に進むための切り替えはできたみたい。

 この様子ならきっと、なんとなる。

 うんん。して、みせる。

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