第14話


「ストップ。その辺りだよ」

 ショウマさんの指示に足を止める。

 一階でルークと別れた私は、無事、二階にたどり着いた。警備員も案外ザルで、特に怪しまれることなく潜入に成功。制服は脱いで、警棒だけ拝借してきた。何かの役に、立つかもしれないしね。

 ここまでは、順調。

 物陰からフロアを見渡してみる。フロア全体がぼんやりとオレンジ色だ。 

 常夜灯だけか。薄暗くて、見えづらいな。

「こちらが把握する限り、警備員は、扉の前に二人、展示室の中にも二人だ。二階を巡回している警備員も三人いるから、気を付けて」

 合計で七人。半分近くがこの階に集められている。

 やっぱり、厳重だ。押し寄せられたら、対応しきれない。

「天井に点検口はない?」

「えっと……あった」

 頭上に、四角いシルエットがうっすらと見えた。

 思ったよりも高い位置にある。ジャンプすれば届かなくもないけど、フタは外せそうにない。

 何か長い棒があれば、ずらせそうなのだけど……。

 て、警棒があるか。でも、どうやって伸ばすんだろう?

 ドラマとか映画だと、勢いよく振ったら一瞬で長く伸びていたけれど、その要領でいいのかな?

 まあ、物は試し。警棒を下に向かって振り下ろす。

 ピクリとも動かなかった。

「うーん。それ、振出式じゃなくて、メカニカルロックの方なのかも。普通に引っ張り出してみて」

 メカニカル……?

 振出式?

 よく分からないけれど、とりあえず、ショウマさんの言葉に従ってみる。先端をつまんで思いきり引っ張ると、スルリと棒が伸びた。六十センチはある。これなら、点検口のフタにも届きそうだ。

 周囲に警備員の姿は見えない。動くなら今のうち。

 伸ばした警棒でフタをつつくと、簡単に動かすことができた。

 あとは登るだけ。邪魔になるから、警棒は置いていこう。なるべく身軽な方がいい。

 ふう、と息をゆっくり吐き出す。大切なのは、落ち着き。助走をつけて上に高くジャンプする。

 よし。縁はつかめた。

「ミラージュ。巡回の警備員が向かってる。あと四十秒でそっちに着く」

「了解」

 大丈夫。それだけ時間があれば、登りきれる。

 余計な力は、使わない。

 腕の力で、上半身を持ち上げた。

 キツイ……。息が切れる。けど、体半分を点検口にのせることができた。

「あと二十秒」

 ショウマさんのカウントが聞こえる。でも、ここまでくれば、あとは楽勝だ。左足を引っ掻けて、グイッと体を持ち上げれば……。

「あと五秒」

 そっとフタを閉めて、大きく息を吐き出した。

 辺りは真っ暗で、所々から光が漏れてる以外、光源は全くない。自分の足下さえ、うっすらと見えるかどうかだ。

 たぶん、その光源のどれかが展示室に繋がってるんだと思う。

「お疲れ様」

「……うん」

 本当に、疲れた。腕と肺が悲鳴を上げている。

 まともに運動してないツケが、ここで回ってくるなんて。走り回っていた小さい頃なら、もう少し楽に攻略できてるんじゃないかな。

 とにかく、間に合ってよかった。

「明日は筋肉痛かも」

「ちゃんとストレッチとマッサージをすることをオススメするよ。ところで、警棒は置いてきたんだね」

「邪魔だから。小さく戻して、隅の方に置いといたのだけど……」

 気付かれていたらどうしよう。あんなのが階段にあったら不自然きわまりない。怪しまれてしまう。

 一応は持ってた方が良かったかな。

「君が要らないと思うなら、それでいいんじゃない? 作戦には組み込んでないからね。警備員は全く気付かずに通りすぎていったよ」

 なら、安心した。何が原因で作戦が崩れてしまうか分からない。もっと慎重に動く必要がありそうだ。

「さて、そろそろ展示室に向かおうか」

 腕のデバイスに、私宛のファイルが送られてきた。

 開いてみるとマップ情報で、展示室までの道順と、現在地が示されている。

 これに照らし合わせると、右の方に見える明かりを目指せばいいみたい。

 足元の配線やパイプに注意しながら、暗がりを進む。動く度にホコリが舞い上がるものだから、喉がイガイガする。

 うう。目、かゆい。

 それでも迷わずに、目標地点までたどり着くことができた。

「そこからネックレスの展示ケースは見える?」

「えっと……」

 グッと姿勢を低くして、通気口に顔を近づけた。覗き込めばなんとか、部屋の様子はうかがえる。こっちは暗いのに向こうはらんらんと明るいから、目がチカチカする。

 ネックレスも眩しいし。

 宝石が光を反射してるからかな?

 資料で見たときも豪華だなって思ったけれど、実際に見たら迫力がある。その煌びやかさときたら、気圧されてしまいそうなほどだ。

「ミラージュ?」

「あ、ごめんなさい。ネックレスの迫力が凄くて……。部屋の中は見えてるから、大丈夫。展示ケース前に、警備員が二人」

「そうだね。この美術館、一番の目玉だもの。圧倒される気持ちも分かるな」

 そうだったんだ。……あれ?

 私だって最近来たのに、このネックレスのことは知らなかった。目玉だっていうくらいなら、一度は目にしててもおかしくはないのに。

 それに……。

 ネックレスに視線を戻す。

 見れば見るほど、おかしな展示方法だ。違和感がある、の方が正しいかな。

 クローネ美術館が扱うのは主に、王族や皇室に関係ある品。その由来や、歴史との繋がりを大切にしている。それなのに、こんな『宝石がメインです』みたいな展示の仕方をするとは到底、思えない。

 ――ここに来てまた違和感、か。

 警察がいないことに引き続きだ。ここまで来ると、廊下が異様に暗いのも怪しくなってくる。

 考えすぎなのかな。

 でも、ここまで違和感が重なるものなの?

 うんん。さすがにおかしい気がする。

「……シン、少しいい?」

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