第13話
美術館に着いた私たちは、辺りの様子をうかがっていた。ルークが正面、私は裏手。
五分くらい木陰に隠れつつ、こうして息をひそめている。すると不意に、肩に手がのっかった。
一瞬だけ、呼吸が止まる。
顔を向ければ、フードを深々と被ったルークがそこに立っていた。手に何か持ってる。
「ただいま。こっちの様子はどうだ?」
「驚かせないでよ。……さっき二人組の警備員が通り過ぎて行ったけど、それだけ」
しんと静まりかえっていて、木の葉のこすれる音すら、はっきりと聞こえてくる。
……ルークが近づいてくる音は聞こえなかったけど。
「本当、足音ないのね。ルークって」
「任務中はコードネームで頼むよ。……知らないうちに訓練されてたからな。ミラージュだって物音立てないじゃんか」
「まあ、ね。それで、正面玄関の様子は?」
「警備会社の車が数台停まってた。そこから推測するに、警備員の人数は予想通り二十人ってところだな。入り口には四人配置されてた。警察の姿はなし」
「なし?」
それは、おかしい気がする。マリアス名義の予告状が出ているのに、警察が介入しないなんて……。
「後ろめたいことがあるなら、こういうのもあり得るんじゃないか?」
そうなの、かな……?
「とにかく、警察の介入が確認できない以上、詐欺の証拠の必要性が増した。手に入れられればいいんだが……」
「――変な行動は」
「しないさ。それに、このことはショウ……じゃない。シンたちにも伝達済みだ。作戦の変更はしないけど、優先レベルを引き上げるって」
それならいいんだけど。でもやっぱり、違和感がぬぐい切れない。
これは、意見を伝えるべきなのかな?
気にしすぎてる?
「それより、作戦開始時刻だ。シンたちと繋げるぞ。……こちら、ナイトとミラージュ。配置についた」
「了解。マイクもカメラも異常なし。そっちの様子は拾えてるよ。警備員が巡回してるみたいだね」
「ああ。無線で、こまめに連絡も取ってるみたいだ」
「分かった。まずは向こうの衣服を拝借して……」
「あ、それは車から借りてきた」
手に持ってるのって、警備員の制服だったんだ。鍵はさすがにかかってただろうし……。早速、お得意のピッキングをお披露目してきたらしい。
会話を聞きながら、私は辺りを警戒する。
風の吹く音。木の葉が擦れる音。
それから……芝を踏む音と、男の人たちの話し声。どんどん近づいてくる。
「ナイト」
小さな声で名前を呼ぶ。ナイトは素早く辺りを見渡した。そして警備員に気付くと、通信を切った。息を殺して、彼らが通り過ぎるのを待つ。
……と思ったのに立ち止まって、全然そこから動かなくなった。
「しかし、まさかこの美術館が狙われるなんてなぁ」
「館長のネックレスが狙われてるんだろ? マリアスが盗むのは後ろめたい物品ばかりって言うじゃないか。何かあんのか、あれ?」
「いい人そうだったのになぁ。人は見かけによらないってことだ」
のんきに話し込んでる。さっきの人たち、かな。顔はよく見えないけど、声は同じ。
「それに、怪盗ミラージュに怪盗ナイト。有名どころが二人がかりらしいじゃないか」
えっ……。
「まだいたんだな。最後に名前聞いたの、いつだよ」
「十年は経つんじゃないか?」
心臓をぎゅっと捕まれた感じがした。
予告状はマリアスの名前で出したはず。私たちのコードネームは一切、載せてない。
情報が、漏れてる。
頭の芯から冷えていく。
でもそれ以上に、痛くて、苦しい。
立っていられなくて、ズルズルとその場にしゃがみこんだ。小さく深呼吸を繰り返す。
喉につっかえるものを、無理やり飲み込む。
不意に、優しく肩に手が乗った。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
隣に膝をついたルークが、気遣わしげな表情で覗き込んでくる。
「――鏡、見た方がいいよ」
視線が左右に泳いでいるし、肩に乗った右手は震えている。顔色も、暗がりでも分かるくらいには悪い。それに……。
ルークの左手に視線を落とす。
強く、強く、握られていた。溢れそうな何かを、堪えるように。これは感情を抑えつけてるとき、ルークがよくやる仕草。十年前のあの日から時々、見かけるようになった。
自分だって思うところがあるくせに、そうやって。
合わせられた眼をそらして、警備員に視線を戻す。
おサボり二人組は、まだ会話を続けている。
「二人とも、そろそろ落ち着いた?」
インカムから、カレンさんの声が聞こえてきた。
「平気」
「ああ。悪い。気ぃつかわせた」
話に一段落つくまで、待っていてくれたようだ。
そういえば、カメラでこちらの様子は全て筒抜けなんだった。インカムは切ってたから、会話は聞かれてないと思うけど……。
情けないところを見せちゃった。
作戦は始まってすらない。私たち実行役が弱気になって、どうする。
「こっちは大丈夫だよ。それより作戦決行の時刻だ。準備はいい?」
「うん」
「おう」
クヨクヨしてたって仕方がない。やるべきことは変わらない。切り替えなくちゃ。
私たちは、顔を合わせて頷いた。
「それじゃあ、初手はナイトね。そこの二人組の警備員、眠らせちゃって」
「狙うのは真ん中。足元だ。直接、当てる必要はない」
「了解」
ルークはホルスターから銃を取りだし、照準を合わせた。パン、と軽い音がして、弾が発射される。そしてそれは狙い通りの位置に着弾した。
その途端、シューっとガスが抜けるような音がし始める。
「な、何……だ」
「う……」
警備員たちは身構えるも、なす術もなく倒れてしまった。
え、こんなにすぐ効くの?
心配になるんだけど……。
ルークも銃を構えた姿勢のまま、呆気に取られてる。
「眠ったみたいね。あとは着替えて、無線を拝借して」
「あ。ミラージュもナイトも、口元はちゃんと覆うことを推奨するよ。吸い込んだら大変だ」
「わ、分かった」
戸惑いながらも二人に近づいていく。
警備員たちは、気持ち良さそうにスヤスヤと眠っていた。
「ここに放置してたら風邪引くんじゃないか?」
「でも、下手に動かすわけには……」
目が覚められても、困る。とは言え、毛布なんて持ってるはずもなく。
どうしよう?
寒空の中に放置は少し、気が引ける。
「まあ、外回りしてるなら防寒対策ぐらいしてるんじゃないかな? 平気だよ」
「それより、その薬。三十分弱しか持たない計算だから、急いで!」
「お、おう!」
興味なさそうなショウマさんの声と、急かすカレンさんの声に圧され、ルークは警備員の持ち物を漁る。
「……あった。これだ」
無線を見つけたちょうどそのとき、連絡が入った。聞き取るのがやっとな、割れた声が聞こえてくる。
「おい。戻ってくるのが遅いが、何かあったのか?」
どうするの?
ルークの顔を見やる。
これで返事がなければ、異常に気付かれてしまう。
ルークは一瞬、視線を彷徨わせたあと口を開いた。
「すいません。気になるものがあって、確認しに行ってたんです」
えっ。
聞こえてきたのは、眠ってる警備員の声。
「そうか。何か異常か?」
「それがもう少しだけ、確認に時間がかかりそうで……。もう少ししたら、警備に戻ります」
「分かった。気を付けろよ」
そこで通信は切れた。
「あっぶねぇ……」
ルークは大きく息を吐き出す。
「声真似なんて出来たのね」
長いこと一緒にいるけど、初めて知った。
声も、喋り口調も完全になりきっていた。それだけに、声と顔のチグハグさがものすごかったけど。
「初めてだよ。音質バリバリだったし、喋り方寄せたら騙されてくれないかなって、やってみた」
やってみた、のクオリティが高すぎる。向こうは完全に騙されていた。
「ともあれ、ファインプレイだよ! 気を取り直して、作戦続行ね!」
「分かった。じゃ、着替えたいから、一回切るぞ。……てことでミラージュ、先に着替えてこいよ。必要なものは全部、拝借してきてる」
そう言って、さっきの茂みを指差す。
「分かった。ありがとう」
今日のルークは、いやに頼りになるな。
……なんて、失礼か。
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