第20話

第20章 – 閉ざされた錠前


【生存者は残り1,501人】


ヘンとレナは心臓が破裂しそうなほど高鳴らせながら廊下を駆け抜けた。足元に広がるタイルの冷たさと、古い血の金属臭が混じり合う。背後からは途切れた声、銃をリロードする音――その建物に巣食う「世界なき街」は、人間らしさの残滓を徹底的に押し潰そうとしていた。


側廊へ続く扉に辿り着いたとき、ヘンはノブを引いた。――動かない。

全身に戦慄が走る。


「……鍵が?」彼は信じられない声で呟いた。


説明など不要だった。レナは血の気を失い、震える手でバッグの紐を握りしめる。


怒りと理性の狭間で、ヘンは思考を巡らせた。

「誰かが仕掛けたのか……それともただの不運か?」

だが答えを探す余裕はない。必要なのは行動。


肩で扉を打ち破ろうとした瞬間、銃声が頭上をかすめ、木片と塗料が弾け飛ぶ。跳弾が壁を裂き、破片が廊下に散った。レナが悲鳴をあげ後退する。


「複数いるな。」

ヘンは呟き、目を細めて監視カメラの隙間や手すりを探った。廊下の向こうからは武器や戦利品を求める声。弾薬目当てで集まった集団――最悪の組み合わせ。統率され、なおかつ良心がない。


扉を押さえながら、ヘンはレナを脇の部屋へと押し込んだ。

「閉めろ! 今すぐ!」


レナは椅子を倒しながら全力で押し、閉じることに成功。ヘンは肩で二つ目の扉を固定し、古傷から熱い血が背を伝うのを感じた。廊下から短い嘲笑が響く――獲物を楽しむ獣の声。


銃口を隙間へ向け、荒々しい声で怒鳴った。

「こっちにも武器がある! 一歩でも入れば撃つ!」


廊下の向こうで神経質な笑い。軽蔑する声が返る。

「どんな武器だよ? 見せてみろよ、バカが。」


ヘンは黙ったまま、筋肉を強張らせた。虚勢も武器の一つ――信じさせるしかない。


だが緊張は長く続かなかった。誰かが大声で嘲る。

「 bleh…こいつ、ハッタリだぜ!」

直後に足音が集まり、再突入の準備を始める気配。


先にヘンへ発砲した女――恋人を失った怒りを抱く者――が姿を現した。扉を射抜くような視線。何かを呟き、躊躇している。


床に落ちた携帯の画面に、彼女の影が二重に映った。それはヘンに側面からの視界を与えた――距離、位置、動き。


考えるより早く、ヘンは三発引き金を引いた。

バンッ。バンッ。バンッ。


一発目は突進する男の肩を撃ち抜き、二発目は別の男の胸を貫いた。二人は足を踏み出す前に倒れる。廊下が鋭い沈黙に包まれる。次の瞬間、女の絶叫が裂いた。


「この野郎!」


彼女は狂ったように銃を構え、扉の錠前を撃ち抜こうとする。金属に弾が弾け、別の弾丸がヘンの肩をかすめる。怒号と共に「恋人の仇!」と叫ぶ。


その足が乱れ、壁際の消火器につまずいた。全てがスローモーションのように見えた。彼女の腕が揺らぐ――その瞬間、ヘンは彼女を狙わず消火器を狙った。


乾いた銃声。金属音。次いで白い粉塵が廊下を覆う。


視界を奪われた彼女は咳き込み、叫び、目を覆う。

ヘンは待たなかった。影から飛び出し、冷徹で機械的な動きで決着をつけた。

煙が収まった時、彼女の体は床に横たわり、虚ろな瞳が赦されぬ夜を見つめていた。


レナは震えながら安堵と吐き気が混じった嗚咽を漏らす。ヘンは血に染まった手と重みを増した銃を見下ろす。廊下はまた一つ、冷たい死で塗り潰され、世界のカウントから線が消える。


建物に響くスピーカーが軋む。

【状況更新:生存者は残り1,498人】


胸が締めつけられる。生き延びるには代償がある。


ヘンはレナを背へ押しやり、膝をついて倒れた者の弾倉を抜き、静かにグロックをリロードした。肩の傷を抑える。そこに歓喜はなく、ただ動きだけ。


頭の奥で、メアリーの声が響いた。冷笑と賞賛が混じる調子で。

「見事だわ。効率的。――その優位を無駄にしないことね、ヘン。」


彼は答えない。言葉は不要だった。


扉の向こうで再び声が集まり、足音が増えていく。

彼らにはまだ、一晩分の「ゲーム」が残されていた。


【生存者は残り1,498人】

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