第19話
【残り生存者:1,501人】
ヘンとレナは慎重な足取りで厨房を出た。床板のきしみ一つが死を呼ぶかのように、歩幅は小さく静かだった。前方の廊下は薄暗く、乾いた血痕が壁や床に地図のように広がっていた。無数の小さな決断が、この建物を「生存の箱」にも「拷問の檻」にも変えていた。
数メートルも進まないうちに、抑え込まれた破裂音が空気を裂いた。銃声。
弾丸が耳元をかすめ、タイルに跳ね返る。ヘンの肩をかすった一発が、鋭い裂傷を走らせ、熱い血を噴き出させた。
「持っているものを全部出せ!」
声が響いた。しゃがれた男の声、傲慢に満ちている。どこか横の廊下からだ。
「さもなきゃ死ぬぞ。お前らは弱い。武器は俺の方にある。」
あまりにも直接的な脅しに、ヘンの血が一瞬凍った。だがすぐにアドレナリンが反応する。視線が走り、影を探す。その男は銃を構え、服従を期待していた。恐怖と理性が相手を跪かせると信じていた。
次の瞬間。
まるで建物そのものが息を吐き返すように、一発の銃声が鋭く響いた。乾いた音、正確な一撃。
男の頭を撃ち抜いた。体は操り人形の糸が切れたように崩れ落ちる。血と脳漿が床に散り、声もなく沈黙だけが残った。
ヘンは凍りついた。銃声の主を探すが、動く影と見知らぬ顔しか見えない。
――これは正義じゃない。戦場だ。
正しいも間違いもなく、持久力と弾薬の量だけが支配する。
レナがヘンの腕を掴み、目を大きく見開いて叫ぶ。
「早く行こう! 今すぐ!」
だがヘンの目は地面に釘付けだった。倒れた男のすぐそばに、光を反射するものがある。弾薬ケースと、まだ温もりを残す拳銃。
火薬の匂い、さらなる銃声の約束。単純な算術が脳裏に浮かぶ。弾薬=生存の可能性。
レナと逃げるか、それとも拾うか。迷いは刹那。だが分かっていた。あの弾が敵の手に渡れば、優位どころか命を落とす。弾がなければ、どんな逃走も墓場へ続く一本道にすぎない。
頭に蘇るのは直近の死の記憶。
喰い散らかされた遺体。
一瞬で友情を断ち切る裏切り。
短剣を振るう少女。
カミが変貌していった姿。
――この部屋はすでに「戦争の間」だ。誰もが戦士になり果てている。勝敗を決めるのは弾薬だけ。
「置いていけない…」
ヘンの口から絞り出された声は、硬く低かった。
「これは絶対に置いていけない。」
レナが必死に手を握る。涙をためた目で訴える。
「お願い…ヘン、行こうよ! 命には代えられない!」
ほんの一瞬、心が揺れた。喉は焼けるように乾き、肋骨は痛む。だが理性と本能が一致する。
弾を拾って、すぐに離脱する。それしかない。
ヘンは身をかがめ、地雷原を這うように前へ進む。アドレナリンが痛みを焦点に変える。手が冷たい金属に触れ、確かな重みを掌に感じた。――弾丸。命の塊。
そして拳銃も拾い上げる。
その瞬間、柱の影で人影が動いた。誰かが見ていた。短い視線、鋭い観察。足音が近づく。道徳を論じる時間はない。
取るか、失うか。選択肢はそれだけ。
レナが小さな声で祈るように息を漏らす。ヘンは黙って首を振り、銃を腰に差し込み、弾薬ケースを懐に押し込んだ。そしてレナの腕を強く引いた。遠くでまた声が響き、走る足音が迫る。――生者は利を求め、死者は再び群れ寄せる。
二人は走った。英雄的なものは何もない。ただの選択、生存のための決断。さっきまで権力を誇示した廊下は、いまや無数の可能性に分岐していた。
駆け抜ける中、ヘンの耳に聞こえたのは――あの笑い声。
よく知る声。冷たい合図のように、メアリーの囁きが響く。
「いい選択をしたわ。――その弾丸、無駄にしないことね。」
ヘンは胸に弾薬ケースを強く抱き締めた。冷たい金属は唯一の約束だった。
この夜に、まだ夜明けがあるという約束。
【残り生存者:1,501人】
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