第8話

【残り生存者 3,570 人】


Hen は荒く息をつき、汗が額を流れ落ちる中、目の前の光景を凝視していた。

一瞬の隙に、最悪の事態を悟る。――さっき暗殺者に飛びかかった少年は、もう動かない。


彼女の手には再び光るスティレット。

たった一撃で彼の喉を切り裂き、冷たい床に赤い絵の具のように血を広げながら、彼は苦しみもがいていた。


「このクソ女が!」

もう一人の少年が怒りの声をあげる。


その視線は Hen へと向けられた。

まるで「お前がまだ生きているせいだ」と言わんばかりに。


「その銃を渡せ! 俺がこの女を殺す!」


Hen は答えない。緊張に支配され、引き金にかけた指が震える。


少年は待たなかった。机の上のケースを掴み、それを Hen に投げつけた。

視界が一瞬だけ白く飛ぶ。


その隙に、少年が突進してきた。

Hen は反射的に引き金を引いた。


轟音が部屋に響き渡り、悲鳴さえもかき消す。


弾丸は少年の足を撃ち抜いた。

彼は即座に崩れ落ち、激痛にのたうち回る。


Hen はためらわなかった。

その隙を突き、ドアへ走る。


暗い廊下に響く自分の足音。

心臓はこれまでにない速さで脈打っていた。


出入り口を抜ける直前、振り返ってしまった。


――そして、その光景に一瞬、身体が固まった。


血まみれの暗殺者が、死体の山から抜け出していたのだ。

彼女の野獣のような目は、次の獲物――足を撃たれて悲鳴を上げる少年に向けられていた。


彼女はゆっくりと歩く。

その一歩一歩を、まるで楽しむように。


Hen は戸口に立ち尽くし、逃げるか、見るかで迷った。

だが結局、廊下の影に身を隠し、覗き込むことを選んだ。

――自分を追ってくるか、確認するために。


少年の絶叫が響き渡る。

その声が、この階全体にこだました。


Hen は確信する。

ここは肉体を壊す前に、精神を砕くための地獄だ、と。


やがて、暗殺者は部屋を出た。

そして――Hen が潜む方を一瞬だけ見た。


目が合った。

背筋に冷たいものが走る。


だが彼女は、すぐに視線を逸らし、反対方向へ歩いていった。

血を滴らせながら、赤い跡を残して。

まるで傷ついた獣……しかし獰猛な捕食者のように。


Hen は息を呑む。

――なぜ、自分を追わなかった?

なぜ、逃げることを許した?


その答えはひとつの悪夢のような仮説へと繋がる。


彼女は、俺を気に入ったのかもしれない。

無駄弾を撃たず、確実に脚を撃ち抜いた判断を――。


それは救いなのか、それとももっと恐ろしい運命の始まりなのか。


Hen には分からなかった。


【残り生存者 3,569 人】

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