第20話

「勝つ、ですか。お仲間が信じていようがいまいが、貴方は負ける。結末はそれだけですよ」


 吐き捨てた言葉とともに蹴り上げられたスリマの右脚がミミアの小さな身体に牙を向ける。空を切るだけで生じた衝撃波がミミアの鼓膜を激しく揺らし、髪を大きく巻き上げた。


「~♪」


 スリマの蹴りがミミアの腹部に直撃する寸前、ミミアは傍らの杖を握り、可愛らしい歌を口ずさんだ。

 

 すると宙に光る音符が現れスリマの脚の周囲を舞い、腹部に脚が衝突した瞬間、音符は泡のように優しく弾け、蹴りの衝撃を吸収したのだった。


「なるほど。魔法で具現化した歌の音符で攻撃を受け止めましたか。これはまた随分と面白い魔法をお使いになるのですね」

「……びっくりしちゃったのです?」

「いえ。こんなお遊びのような魔法で私に勝つつもりなのかと疑問に思っただけです」


 スリマは微笑むと拳を空に掲げ、紫色の雷を呼び寄せた。瞬く間に鳴り響いた激しい雷鳴とともに紫電が拳を纏うと、ミミアの身体を貫かんとスリマは正拳突きを放つ。


 だが、拳を纏っていた紫電はミミアの鼻先で無数のマカロンへと変わった。マカロンがクッションの代わりとなり、ミミアにダメージは無い。


「おやおや。今度はお菓子に変えてきましたか」

「食べると美味しい魔法なのです!」

「でしたら、変えられなくなるまで何度も続けるまでですよ」


 口に飛び込んできたマカロンを齧りながらその後も繰り出される殴打や蹴りを寸でのところで凌ぎ続けるミミア。だがやがてスリマの一撃一撃が圧倒的な破壊力を持つ無数の連撃に杖は折られ、幼い身体は傷だらけになり、無残にも大地に叩きつけられた。


「かはっ……身体が……痛い……でも……泣いちゃだめ……なのです……」

「その身体で、まだ立ち上がりますか」


 いたるところから血を流し、涙をこぼしそうになりながらも立ち上がるミミアを、スリマは傷一つない身体で見下ろす。


「みんなを守るために……負けるわけにはいかないのです……」


 ミミアは喉から必死に言葉を絞り出しながら、杖を支えに何とか立ち上がるも、文字通りスリマに一蹴され、再び地面に堕とされる。


「では……これで永遠に終わりにいたしましょう」


 スリマが両腕を掲げると、大地が揺れ、巨大な岩がスリマの周囲に顕現した。巨岩はスリマの周囲を隙間無く覆い尽くし、逃げ場を奪った。


「ららら~♪」


 巨岩が彼女を押し潰さんと迫りくる中、ミミアは傷だらけの身体で杖を握りしめ、最後の力を振り絞り、歌った。彼女の声は弱々しくも温かく、光の音符が繭のように彼女の身体を包んだ。


 岩が音符に触れるたび、断片がクッキーやキャンディへと変わっていく。こうして巨岩が全て菓子と姿を変えると、ミミアは折れた杖を両手に持ち、回転させながら振るう。


「これは……」

「ミミアの全部を込めた歌なのです……!」


 音符と菓子が杖を包んだ瞬間、杖は輝きを放ち、二つの巨大な銃へと姿を変えた。銃身はクッキーで出来ているかのような色をしており、いたるところに付着している数多のゼリーが装飾のように無機質な銃に七色の彩りを与えている。


「これがミミアの『胸を穿つ甘音あまねく弾丸』なのです!」


 ミミアが叫んだ刹那、音速で放たれた音符状の弾丸がスリマの胸に突き刺さる。物騒な閃光も破裂音も硝煙も無く、ただ柔らかな旋律を奏でる音とともに、魔将の身体は膝から崩れ落ちた。


 心臓の鼓動が美しい旋律を奏でながら倒れ伏したスリマは、端正な顔を血の付いた泥で汚しながら、静かに笑った。


「……見事、でした。私は魔王様に命を捧げる所存……ですが……もし……来世が……あるならば……貴方の歌を……ゆっくりと聴いていたい……ものですね……」


 スリマの消滅を見届け、杖が元の折れた状態に戻ったのを確認すると、ミミアは無意識のうちに涙を流していた。


「勝った……けど……泣いちゃだめ……なのです……。まだ……進まなきゃ……歩き続けなきゃ……なのです……」


 満身創痍で魔王城へと歩く小さな魔法使いの背中は、覚悟を宿した赤色で染まっていたのだった。

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