第19話

 ――魔王城、入口前。


 地水火風の精霊の力をその手に宿し、世界を魔王の脅威から退けると決意し立ち上がった4人の者たちが今、最終決戦の舞台へと辿り着いた。魔王城周辺の空は、闇が溢れ出しているかのような薄暗い紫色に染まっているが、彼らは動揺する素振りなど一切見せることは無かった。


「皆、これが最後の戦いになる。覚悟はいいか」


 右手に熱き紅蓮の炎を纏いし聖なる剣――フランベルジュを握る青年は天高くそびえ立つ魔王城を鋭い瞳で一瞥すると、背後を振り向き、仲間たちに声を掛けた。


「はい。世界のため、全力を尽くして戦うのです」


 4人の中でひときわ小柄な少女が杖を両手でぎゅっと握りながら決意を固める。魔王城を見据えるその瞳に、恐怖の色は無かった。


「……とうとう魔王をこの手で引き裂ける日が来たのですわね。滾りますわ」


 赤いフードを深々と被った長い白髪の美しい少女が、慣れた手つきで両手でナイフを高速で回転させる。二つの銀色のナイフの切っ先は、獲物を引き裂ける時を今か今かと待ちわびているように輝いていた。


「死にたくないけど、誰かがやらないといけないんですよね。こういうの」


 眼鏡を掛けた青年が気怠そうにため息をつきながらも、両手の拳を突き合わせた。願わくば殴りたくはないなと心の内に秘めながら。


「よし! 行くぞ、皆! この手で勝利を掴む!」


 炎の剣の青年が剣を天に掲げ、高らかに叫んだ。


「――お熱いところ失礼ですが、そうはさせません」


 そうして魔王城へと向かって全力で駆けだそうとした炎の剣の青年の前に、二対の角を生やした金髪の少女が突如現れ、激しい轟音と衝撃波とともに発せられた鋭い声で青年たちを静止した。


 青年は動けなかった。突然の事態に驚愕したからではない。金髪の少女が全身から発する殺気に、足の感覚を奪われたからだった。これは青年にとって、初めての経験であり、感覚であった。手の感覚も失いかけていたが、フランベルジュの無限に揺らめく炎が彼の神経回路を繋ぎとめていた。


「何者だ、お前は」


 青年はフランベルジュで己の足を軽く叩いて感覚を取り戻すと、剣の切っ先を金髪の少女に向けて尋ねた。


「お初にお目にかかります、勇者フレイム様。私は魔王軍が総大将、スリマでございます」

「魔王軍……総大将……!?」

「お気の毒ですが、あなたたちは魔王様の元へは辿り着けません。ここで私に惨たらしく殺され、安らかに天国へと逝く運命なのです」


 唾を飲み込んだフレイムに、スリマは顔色ひとつ変えることなく近づいていく。


「……運命? ふっ、笑わせるな」


 スリマが剣の間合いに入った瞬間、目にも止まらぬ速度で剣を切り上げたフレイムが薄く笑いながら口を開いた。


「おっと」


 スリマは切っ先が鼻に触れる寸前で身を反らし、攻撃を回避した。


「人はいつか死ぬ。俺もその運命からは逃れられないだろう。だがな――」


 フレイムはフランベルジュの炎を強めると、スリマ目掛けて振りかざし、火の弾丸を放った。


「俺が死ぬのは今日ではない! えんだん!」

「なるほど、あくまでもそう言い張るつもりですか」


 スリマは難なく弾丸を躱すと、拳を構えた。


「でしたら私が、運命に導くまでです」


 スリマはそう口にすると一瞬で姿を消した。


 次の瞬間には、右拳を伸ばしたスリマと魔法で創り出された防御壁が激しく衝突し、バチバチと衝撃音を轟かせていた。


「させないのですっ!」


 防御壁を創り出した人物はミミアだった。彼女はフレイムに攻撃が行くことを瞬時に察知し、フレイムとスリマの間に立ち塞がったのだ。


「さすがは天才魔法使い。この動きにも反応しますか」

「小さいからって、甘く見ないで欲しいのです!」


 拳と壁がぶつかり合う中、二人は言葉を交わした。衝撃音こそ鳴り響いているが均衡は保たれている……ミミアはそう思っていた。しかし。


「ですが、この程度の壁で、私は止められませんよ」


 突きつけられ続けていた拳は、やがて魔法で創り出された壁を破壊した。そしてその先にあったミミアの顔面を殴り飛ばす。


「きゃあああああああああああああああ!」

「ミミアアアアアアア!」


 悲鳴を上げながら激しく宙を舞う少女の名を、フレイムが叫びながら呼んだ。


「ここは……ミミアがどうにかするのです……! だから早く魔王城の中に……!」


 悲鳴の後、地面に激しく激突しながら転がり倒れたミミアは上半身をすぐに起こすと真っ先にそう叫び返した。


「……わかった! だけど絶対に無理はするな!」

「……わかりましたわ。貴方を、信じます」

「……治療は必ずします」

「早く!」


 3人の返事にミミアが再び叫ぶと、3人は脇目も振らずに魔王城の入口へと走り出した。


「仲間を見捨てて去るとは、貴方のお仲間は随分と薄情なのですね」


 自身に背中を晒す3人を見送りながら、スリマは地面に這いつくばるミミアに冷めた声で言った。


「違うのです……これは……ミミアを信じてくれているのですよ……」


 ミミアは杖を支えにしながら立ち上がると、スリマに向かって言った。


「ミミアが、あなたに勝つと」

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