第5話

「朕は身体を癒すためバカンスへと赴く。故、後はよろしく頼む」


 魔王様はそう言って黒い靄に包まれたかと思うと、姿を消してしまいました。そうして誰も座っていない立派な玉座がわたしの前で威光を放ち始めます。


「この椅子はもう貴方のものですよ。魔王様」


 わたしの隣でスリマ様が綺麗な声で囁いてきました。思わず首を回して顔を見てしまいましたが、さらさらとした金髪に艶やかな肌……間近で見ると、本当に美しい方だなと再認識しました。ついでにわたしが魔王になってしまったことも再認識しました。


「私の顔に何か?」


 じっと見つめてしまっていたら不審がられてしまったのか、そう尋ねられてしまいました。見惚れていましたなんて間違っても言えませんし、どうにかして取り繕わなければいけないですね。


「あ、えっと……スリマ様は、本当にいいんですか! 本当にわたしなんかが魔王になっても!」

「はい。私は魔王様に命を捧げる所存です。指示がございましたら、全力を以て従わせて頂きます」


 スリマ様は恭しく、わたしに頭を下げてきました。

 

「本当にいいんですか!? 適当なこと言ってません!?」

「……7割くらいは」

「7割!? まあ、そうですよね……。所詮わたしなんて、そんなもんですよね……」

「ですが残りの3割は、他の者とは違う選択をした貴方なら何かを起こせるのかもしれない……そう思っておりますよ」

「何かって、何ですか?」

「何かとは、何かですよ」

「わ、わかりました……」


 そう言われてしまうと頷く他ありませんでした。一体何かとは何なのでしょうか。


「では魔王様、勇者一行の対処はいかがいたしましょう」

「あ、えっと……」


 確か1週間後に勇者ご一行が来るんでしたよね。どうしましょう。対処はいかがいたしましょうと言われても、わたしが対処できる問題では無い気がするのですが。


「冒険者ギルドに求人とか出して、新しく魔王軍に入ってくれる方を募るっていうのは……」

「万が一にでも冒険者の身分で応募する方がいるのでしたら、相当な傾奇者でしょうね」

「あ、はい……」


 なので将来の魔王候補となるような方を募集するところから始めてみてはと思ったのですが、スリマ様にやんわりと却下されてしまいました。冷静に考えたらそもそも掲載許可も下りなさそうですね。


「どうしたらいいんですかね……こういうのわたし、初めてで……」


 なので素直に、スリマ様に尋ねることにしました。


「でしたらまずは、宝箱を設置いたしましょう」

「宝箱、ですか?」


 どうして宝箱がいるのでしょうかと考えていると、スリマ様がわたしの心を読んだかのように話を続けます。


「はい。魔王城には神器をはじめとした強大な武器が秘められた宝箱が置かれていると、古くから定められておりますので」

「で、でも……強い武器を渡しちゃったりして大丈夫なんですか?」


 わざわざ敵を強くするようなことしちゃっていいんでしょうか。ダメな気がしてならないんですが。むしろ強い武器を使いたいのはこっちの方なんですが。


「強大な勇者を打ち倒すからこそ、魔王は魔王足りえるのですよ。魔王様」

「わ、わかりました……」


 魔王って、そういうものなんですね……。あ、ひとついい考えが思いつきました。


「宝箱の中にミミックさんを混ぜるっていうのはどうですか!? 強い武器かと思ったら強い魔物だったっていうのも古くからの伝統だと本で読みましたので!」


 たまらず思いついたことをスリマ様に話しました。我ながらいいアイデアだと思います。最近本を読んでいて良かったです。


「残念ですが、ミミックも先刻の戦いにて死亡いたしました。今魔王軍に残っているのは私と魔王様、正真正銘この2名だけとなっております」

「そ、そうですか……」


 ミミックさんも、魔王になりたかったんですね……。ごめんなさい、わたしなんかが魔王になってしまって……。


「ですが、ゴキブリくらいは宝箱に混ぜることが出来るかもしれませんね。やってみましょう」

「ご、ゴキブリ、ですか……」


 お宝が出てくるかと思って宝箱を開けたらゴキブリが出てきたらわたしだったら泣いちゃいますね。魔王がゴキブリを頼っていいのかは置いといて、いいアイデアかもしれません。


「ええ。ちょうど先刻1匹この部屋で見つけましたので、100匹はいるはずです」

「ひゃ、ひゃっぴき……」


 ここに100匹もゴキブリいるんですか。と、足元を見ました。


「いやあああああああああああああ!」


 いました。3匹いました。思わず後ろに吹っ飛びました。


「では拾い集めましょう。魔王様」

「は、はひぃ……」


 こうして魔王としての最初の仕事は、最深部で蠢くゴキブリを集めることになったのでした。

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