第18話 怒りの狂戦士
「ぐあーーーーーー!」
「敵ターゲットの情報を確認。年齢11から12歳。身長約5フィート。推定体重…」
「ひいいっ。何なのこいつー!」
僕は、身の危険を感じ走り回って一番端っこにあった2棟の団地の中へ逃げ込んだ。下手に道路に出て誰かに助けを呼んだとしても、こいつの戦闘能力じゃ被害が拡大するだけだ。誰にどんな危害を加えるか分からない相手だ。人が多い場所に行くのはやめたほうがいいだろう。
どこか隠れられる所はないだろうか。一階の片っ端から部屋のドアが開かないかドアノブをガチャガチャガチャと回して確かめている。残念ながらどこも開いてない。2-甲室と3-甲室ときて3-乙室…4-甲室はどうだ。ここも駄目かもしれない。もう上は5階層しかない。残りの部屋の数が少なくなるごとに自分の寿命が縮まっているように感じる。上に行くのは良いが、もしもどこも開いてなかった時はどうする。下に降りても僕を追いかけてきた丙のアンドロイドと鉢合わせる可能性があるから危険だ。
5-甲室は開かなかった。あとは5-乙室しかない。僕は5階の乙室の錆びたドアノブに触れそっと回した。すると運良くドアの隙間から部屋の中の光が差し込んできた。
「あ、開いた…!良かった」
まさに奇跡と思って僕はその部屋へ飛び込むように逃げた。しかし、鍵を閉めようとしても壊れていて閉められない。なるほど、きっと鍵が壊れていたからこの部屋に入れたんだ。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
僕が入ると、窓から差し込む光に照らされ埃が舞っている。部屋中これでもかというくらい埃臭い。部屋には当時の住民のものだろうか、破れたカーテンやボロボロのソファが今も残されていた。
愚直な考えだが、少しでも身を隠せるようにと所々屏風の破けた押し入れに身を潜めた。
すると、下から階段を上る音がここにまで響いてくる。この重い足音は、絶対に丙のアンドロイドだ。僕がこの団地のどこかに隠れたと追いかけてきたんだ。何で僕がお前なんかに殺されなきゃいけないんだよと、怒鳴りつけたい気分だった。
イライラしたので貧乏ゆすりをしていると、この部屋の錆びたドアがキィイと鳴り、玄関からあいつがここに入ってきた信号を聞いて僕は息を飲んだ。
でも、ただ確認に来ただけでまだどこに隠れたかはバレていないみたいだ。
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせても鼓動が止まらない。気づかれなければいいんだ。呼吸を合わせろ。
すると、丙は僕のいる襖を開けようと手を差し伸べてきた。
―――――僕の瞳に光が少し入った。
だが、丙のアンドロイドは何を思ったのか突然襖を開けるのを諦めた。
危機一髪だ。僕は少し安堵し、僕の乱れていた呼吸が落ち着いた。
あと1時間ぐらいはここで待機していてもいいかもしれない。 僕は両手の人差し指をクルクルと回し手遊びを始めた。
しかし、何故僕を狙う。”イライザ様”って誰なんだ。名前からして女の西洋人か。
うーん、最近会った女の西洋人なんて八王子警察署のババアぐらいしかいない。次から次へと疑問が頭に浮かぶが、答えは誰も教えてくれない。
でも、イライザって響きどっかで…。
あ、そうだ。戸越のおっさんが言っていた亜人連合のリーダーの名前が確か一緒だったはずだ。そんな奴の手下がどうして僕を狙う。
それにしても、顔も名前も知らないアンドロイドに勝手に因縁つけられて今日は生まれて11年で最低の日だ。そういえば今日は仏滅だってカレンダーに書いてあったな。そうだ、今日が仏滅なのがいけないんだ。
そうだそうだ、そういうことにしておこうと手遊びをやめた時だった。
「私に気づかれていないとでも錯覚していたのか。この間抜が。元々この部屋だけ鍵を壊して開けていたのだ」
「うあああああああああああああっ!ガ、ガイアーーーーーーー!」
ピカリと、細かな電気の線が束になって丙のアンドロイドを襲った。使ってはいけないと念を押されたが、生まれて11年、最大のピンチである今ここで業を使わずにはいれなかった。いや、反射的に使ってしまった。このアンドロイドが何で僕に執着するのかは謎だが、今殺されようとしている事実は変わらない。
僕はアンドロイドのいる反対側の襖を開け、そこから滑り込むように玄関の扉へ向かい外に出た。すると、アンドロイドは背後から逃げる僕の髪を思いっきり掴み上げ、次に膝頭を地につけると、物わかりの悪い子供に説教をするみたいに照準を僕の瞳に合わせてきた。手に収まりきらずスラリと抜けた髪が僕の顔面に垂れかかってくる。
「ぐふっ!」
次に丙のアンドロイドに腹を蹴られ、コンクリートの階段に転げ落ちた。5、6段ぐるぐると転がり、体は運良く踊り場で止まってくれたが、全身を鉄球に打たれた様に猛烈に痛い。
走馬灯のように、ババアの言葉を思い出した。
――――貴様は甘い!
―――――何人の人生が潰され、どれだけ死んだ奴がいると思う!?
―――――それがどんな未知の強敵であろうと戦わなければいけないんだぞ。
――――――相手が自分の計り知れない残虐性を秘めていたらどうする?
どうする…。どうする…。どうする…。
丙のアンドロイドは仰向けに倒れている僕を見下すように1段、2段と降りてくる。この階段の数が死へのカウントダウンのようで恐ろしかった。立とうにも階段から転がり落ちたせいで意識が朦朧とする。
そして、奴が降りる階段はもうない。真正面にまでやって来てしまった。僕は最後のチャンスと思って丙のアンドロイドの踝を握りしめた。
「お願いします。僕を…僕を殺しても…父さんや…ユウや…レイ…沢山大切な人がいるんだ。…手を…出さないで下さい…。お願いします…」
この際プライドなんてどうだっていい。僕の大切な人達を守るためだったら全部捨てて裸踊りだってしてやる覚悟だ。息を吐くように小さい声で哀訴嘆願する僕に、丙のアンドロイドは笑った。
「ふふふ…アハハハッ!すまない。私ながら笑いを堪えられなくなってしまった。もうこんなお芝居やめだやめだ」
それまでミステリアスな態度を貫いていた丙のアンドロイドは突然高笑いし始めた。あまりのギャップに僕は困惑せずにいれなかった。
「じゃあ…殺すってのは…」
「少し過ぎた冗談だ。私はただ、ここ最近のアンドロイド事件に業使いの子供がいたという噂を聞いて、その戦闘力を知りたかっただけ。今日はこれくらいまでにしておこう。貴殿の業はとても面白いな。また成長して会える日を楽しみにしている…」
こっちは気を失う寸前だってのにこいつは何笑ってやがるんだ。冗談にしてはやりすぎだ。表情がガスマスクで見えないから本当なのか嘘なのか判断がしづらい。ただ単に僕を馬鹿にしているだけなのか、殺意があるのか、僕はぽかんと口を開け、どんな顔をすればいいのか困った。
しかし、このアンドロイド。騎士というには図々しいが、悪魔というには人の心を持っている。そんな気がした。
そして丙のアンドロイドは倒れる僕を横目に階段を1段、2段とゆっくり降り、さよならも言わずに去っていった。
「…やってやろうじゃねえの」
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