第17話 奈落からの刺客
あれから3日。僕に任務は一切入ってこない。レイに伺ったところ「未成年のうちはこれからも仕事は無いんじゃないかなぁ。死なれたら責任問題でウチが困るしさ。アハハハ」だそうだ。なんだかレイって肝心なところを笑って誤魔化す癖があるような気がする。麻薬密輸組織のアジトを突き止めて全員現行犯逮捕したり、最強のアンドロイドと戦ったり、天才現役小学生業使いになるはずだったのに、妄想を膨らませていたのに、この言葉に落胆した。
つまんないつまんない、こんなのつまんない。
授業中、永田先生が言ったことをノートに写すなんかはせず、世界征服を企む悪の組織の陰謀から世界を救いヒーローになったもしもの僕を描きまくる。これが本当になればいいのにと願いを込めた。
「うっひゃー。やっと学校終わったぜー。サイコー!」
さようならの掛け声の後、僕は教室から飛び出て階段を降り、"6年3組25番須藤ミナト"と自分の殴り書いた筆跡のシールの下にある下駄箱から泥だらけのスニーカーを取り出そうと中を覗いた。すると、小綺麗な封筒に入った手紙が一枚入っていた。
「これは…?」
下駄箱に手紙を入れるなんてどんな内容かは想像がつく。消去法でラブレターとかだろう。あまりこの類の話題には興味はないし、言いたいことあるんだったら正面から言えよ、困るんだよなぁと思いつつ確認のため手紙を開いたときだった。
「ラブレターか?お相手は中々見る目が無い様だな」
その小馬鹿にした様な身振り手振りと共にユウが後ろから嫌味口調で近づいてきたので、反射的にラブレターを手のひらの中でグシャグシャにしてしまった。
「げっ。ユウ…!お前何見てんだよ!僕の勝手だろうが!というか、お前みたいな根暗に言われたくねえよ!」
僕は焦った。ラブレターがどうのこうのとか知らないけど、ユウに弱み握られるのだけは勘弁だ。
そして、僕は誰にも見られない四隅に移動して手紙をまた開いた。しかし、その手紙には僕が思いもしなかった衝撃的な内容が書かれていた。
【須藤ミナト殿へ。第3種専属能力者合格おめでとう。今日の夕方、北にある廃団地で待っている。もし、このことを誰かに公言したら貴様の大切な者を1人奪う。楽しみに待ってるよ】
差出人の名前は何も書いていない。僕はこの呪われた手紙を読んでしまった。そして、恐怖、怒り、苦しみ、その他諸々負の感情の沼に飲み込まれそうになった。
「何だよこれ。どこのどいつだ…!こんなもの書いた野郎は…!」
「どうした?ラブレターじゃなかったのか?」
キョトンと首を傾げ何を呑気な…。事情を何も知らない思春期真っ盛りのユウには分かんねえよ。
「ユウ!悪いけど先に帰ってろ!」
「お、おい!」
誰だ、何が待っているんだ。僕の大切な者って、父さんか、一体誰が殺されちまうっていうんだ。僕が何したっていうんだよ。僕はただ誰かを助けたくて専属能力者になったんだ。
僕は汗だくになりながら走って10分足らずで北にある旧市営団地に到着した。
「それにしても、ここ気味悪ぃな。待ってるとか抜かしてたが誰もいねぇじゃねえか。あんな不謹慎な文章書くやつなんざ来たら顔面ぶっ飛ばしてやる」
ここは10年ほど前まで市営の団地でこの寂れた公園にも子供達の声が響いていたらしいが、今は錆びついた遊具ばかりが並んでいて人っ子一人もいない。
学校では満月の夜にここへ来ると幽霊が出るという噂があるが、こんな今にも崩れそうなボロボロの廃墟にそんな噂が立つのも頷ける。
そんな事を考えていると、背後に誰かがいることを察知した。振り返ると、古びた茶色いガスマスクをして顔が見えない大人が1人立っていた。背丈もそれなりに高く、男だと思えば華奢で女だと思えば体格がそこそこ良い人物だ。
夕暮れ時でも今日は暖かいってのに黒いボロボロに破けたマントと重そうな鉄の胸当て、腰にはシンプルかつ上品なレイピアを差しており、まるでファンタジー小説に出てくる中世の騎士だ。しかし、細い腕と顔には白い包帯をぐるぐると巻き爪の先すら見せてくれない悪役じみた片鱗も垣間見える。
春先とはいえ今年の東京は暑い。もし僕があんな格好していたら汗臭くなって窒息死しているだろうに、奴は自分を特定されるであろう容姿の情報を一切見せないで、明らかに不審者だ。
「須藤…ミナト…か?私は祝祷の騎士、名を丙のアンドロイドと言う」
ヒノエノアンドロイド?きっとこれがレイの言っていた人型アンドロイドというやつか。
マスクの中に変声機を隠しているのか機械じみた単調な声、ボソボソと独り言を呟いているようで陰気な印象だ。
レイ以外には初めて見たし、話が本当ならこの前戦った狂犬のアンドロイドより戦闘力は高いはずだ。
それにしても、どうしてこいつは僕の名前や個人情報を知っているんだと、考えれば考えるほど思い当たる節が無くて恐ろしい。それに祝祷の騎士って肩書なのか。どこに祝祷要素があるのかは謎だが、自分でそれを自称するのは中二病真っ盛りみたいで痛々しい。
敵かどうかまでは分からない。だが、この闇から出てきた戦士のような雰囲気、少なくとも味方ではないだろう。
「はぁ?丙のアンドロイドォー?な~にが祝祷の騎士だ。頭湧いてんのか?お前か、あんなふざけた手紙書いた野郎は!?」
「そうだ」
やはりか。頭のネジが何本も外れたイカれ野郎だと、僕の野生の勘がそう囁いている。
こいつからは朝霧のようなモヤモヤとした不安の化身が渦巻いていた。何をしたいのか分からない、何をしてくるのか分からない。どうも気味の悪いアンドロイドだ。
「目的は何だ?」
「…君は業使いなんだってな」
「そうだよ。それで?なんか文句ある?」
「そうか、理解したぞ。やはり貴様か。最近、イライザ様の周りを嗅ぎ回っている蝿は」
イライザ、聞いたことがあるような気もするが、聞いたことない。イライザ、このあたりの人間の名前じゃないな。誰だ。様付けするってことはこいつが従順する上司的立場の人か、いや、人ではなくアンドロイドと見るべきか。もし、人間なのなら名前からして西洋系の女か。断定はできないがそう見るべきだろう。
「イ~ラァイザ~?誰だそりゃ」
「惚けても無駄だ、須藤ミナト。子供とはいえ手加減せん。ここで処分する」
すると、丙のアンドロイドを名乗る謎の人物は腰に差していたレイピアを抜くと僕に向かって中世のナイトのように素早い連撃を仕掛けてきた。その動きは疾すぎて剣を振るうと同時に風の切れる音がする。
「い、いきなり人に向かって何しやがんだ!危ねえじゃ…」
僕の不意を突いて脇腹を攻撃してきた。
この時、これは本当の殺し合いなんだと知った。
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