第9話 新たな事件のにおいあり
ユウがカウンターに行っている間、僕はやることもなく局内をウロウロしていた。すると、ベンチに座って大声で電話をしている茶封筒を手にしたスーツ姿の中年男性がいた。
「あーごめんごめんサクラちゃん。最近おじさんお仕事忙しくて中々お店いけなくてごめんねぇ〜ガハハ。あぁ、だけど安心して、仕事終わらせたらまたすーぐお店行くから。うん。うん。じゃあねー」
聞きたくて聞いたわけではないが耳に入ってきてしまったものは仕方ない。しかし、聞くからにアホそうで下品な会話だ。そのおちゃらけた声の持ち主はどんな馬鹿かと思って近づいてみると、薄い青髭を貯えたデコの広い50代半ばの狸みたいなおっさんだった。年相応に髪は薄く白髪の混じった黒髪で三白眼だが垂れ目、ぽってりとした顔からはひょうきんで優しそうな印象を受けるが、いい年こいて何やってんだかと僕は呆れ果てた。
ダメダメ人間ってのは一定数存在するんだな。僕はどうしよもない大人を横に天井を仰ぎながら歩いていると、通話が終わり席を離れて反対側から歩いてきたあのおっさんとぶつかってしまった。
いてっ、その衝撃でおっさんが手に持っていた茶封筒の中から書類が辺り一面に散らばった。
「あっごめんなさい!」
―――――――うわ、よりにもよってこのおっさんかよ。
「いや、こっちこそ悪いね。俺もよく見てなかったからさ」
あれ。子供の僕にも頭を下げて謝るしフランクで優しく、女癖が悪いだけで案外悪い人ではなさそうだ。
そして、2人がかりでせっせと散らばった書類を集めた。
僕が真剣に紙を集めていると、おっさんがチラチラと顔を見てくるので書類を集めるのに集中できない。顔にゴミでもついているんだろうかと思っていると、おっさんは僕に質問を投げかけてきた。
「その、君ってかなりまどろっこしい見た目してるけど女の子かい?」
おっさんは僕を見る目が豹変し甘い口調になった。こいつ、小学生相手にナンパする気か。やっぱり今さっきこのおっさんを優しいと思ったのは取り消し、180度地点から一周回って360度地点の評価に戻った。僕は寒気を感じ身の危険を察知した。
「な、何だよいきなり!僕は女でも男でも無いんだ!それがどーかしたのかよ!文句あるのかよ!」
「お、女の子でも男の子でもないのかい!?そうか、悪い悪い。流石に君ぐらいの年はストライクゾーンじゃないけどもし女の子だったらその…成長が楽しみだなぁと…ガハハハ!結構綺麗な顔しているし肌は白いし髪はサラサラでこりゃ将来べっぴんさんになるだろうなぁ…と」
「気持わりぃ!結構マジに引いたぞ…。僕の知り合いに警察がいるんだ。今は一緒にいないけど、そろそろ戻ってくるはずだからあんたを突き出して逮捕してやる!」
「そ、それは困るな。俺まだ仕事だってまだあるし、それに悪気があって言ったわけじゃないんだよ…。褒めたっていうか…」
悪気がなくて今の言葉が出たのが大問題なんだよ。冷や汗ダラダラだ。初対面の小学生にこの調子じゃ余罪がたんまりあるだろうな。
「仕事やってるなんて本当なのー?真面目にせっせと働いている人間がこんな真っ昼間からキャバクラの女の子に電話かけてる訳無いだろ?」
「君、盾突いてばかりだな!それはその、大人にも色々あるんだっ…色々っ!子供の君には分かりっこない!それに、今かけていたサクラちゃんはキャバ嬢じゃあなーーーい!」
「はあ?じゃあ何なんだよ?」
「―――ガールズバーの女の子だ」
「一緒のようなもんじゃねーか!」
なんだかこのおっさんと一緒にいると調子が狂うな。どうして小学生の僕が50代ぐらいのおっさん相手にツッコミしなきゃいけないんだ。こいつ、煩悩に支配されたただの馬鹿だ。バカ。
「…じゃあ何しにここに来たのさ」
「それは、仕事もあるんだけどついでに離れて暮らす娘に会いに来てさ…。俺も東京に住んでるから近いっちゃ近いんだけど…心配でよぅ…」
「へぇ…あんたみたいなだっらしない大人に娘なんかいるんだ…意外」
僕達がそんな不毛な言い争いをしていると、封筒を出し終わったユウが横から割り込んできた。
「おい、何やってるんだ?…で、隣のおじさん誰?」
「あ、ユウ。丁度いいところにー。このおっさんマジ気持ちわりーの」
僕がユウに経緯を説明しようとすると、郵便局の玄関前に1台の黒いワゴン車が止まった。近いからってのは分かるけど駐車場だってあるはずなのに、何故玄関の目の前に不法駐車するんだろう。実に迷惑だ。
すると、その車の運転席から男が1人、後部座席からまた2人、助手席から女が1人。黒い服を着た集団が出てきた。運転席から出てきた背の高い男は黒いキャップを深く被り、後部座席から出てきたのはヘルメットを被っているので男か女かもわからない黒いジャージのやつ。それと、サングラスを掛け顎ひげを蓄えた小太りな男。
だが、一番異質な存在だったのは助手席から出てきた女だ。長いストレートの美しい黒髪で女性の中では長身でスラーっとしていた。俗に言うモデル体型ってやつ。そしてかつ、硝子細工のように繊細で”造られた”人形のような女性だった。一瞬で、「綺麗な人だ」と思ったけど彼女は右目に白い包帯を巻いて、どこか儚げで壊れているようだった。心の奥底で背負いきれないものを背負っているような気がした。僕は、そんな彼女の笑った顔が想像つかなかったんだ。
そして僕は度肝を抜かれた。あの女、 右腕がない。
タイトスカートだったからその後すぐわかったが、両足も本当の足じゃない。二本の安い杖を足代わりにしてやっとの思いで地に立っている。
彼女が局内に入ってきたと同時にこの中が異質な空気に変わった。
僕はおっさんとの言い争いをを中断してその女を目で追った。そいつらはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら受付嬢のいるカウンターへ向かっていった。
―――――――そして女は鞄から銃を取り出し、受付嬢の額に向けた。
「おい、女。電話をよこせ。今からここにいる人間は一人たりとも出るんじゃないぞ。真ん中に集まるんだ!」
僕は何が起こったのか、状況整理ができなかった。
最初はバラエティ番組の撮影かと思ったけど、周りの怯え震えた反応を見るにこれは違う。周りが全員、劇団員出身のエキストラだとしても本番一発でここまでリアルな表情は出せないだろう。
―――もしや、強盗。
「おい!ここにいる奴らは全員手あげて集まれ!あと、すぐにここのシャッターを閉めろ!早くっ!」
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