第10話 赤の閃光
顔を隠した男は手に持った銃でぐるっと円を描くように僕達へ指示をしてきたので、2人と一緒に手を上げそちらへ移動した。
人質の人数は僕やユウ、おっさん、他数名の客と職員たち大体合わせて20人ぐらいか。
もちろん怖いという感情が僕の心を一番支配していた。しかし、最近は立て続けにアンドロイドに襲われたり、ババアにボコボコにされて慣れたからか意外と死を悟る領域にまでは到達しなかった。慣れが恐ろしいものだと気づかせてくれた事には非常に感謝している。
そんな呑気な僕が周りに目を向けると、今日で人生が終わるかもしれない恐怖で涙ぐんでいる人もいて、最近巷で流行っている終末思想が具現化したみたいな異空間で心地悪かった。
「…おい、そこの坊主。こっちへ来い。黒髪の。変な触覚が頭から生えている。そこの…」
リーダー格であろう女が銃を振り回しながら言う黒髪の変な触覚が頭から生えている坊主。それって、ユウしかいないじゃないか。ユウは「え…俺?」と、怯えながら僕たち周りにいる人間の顔をキョロキョロと見回すと、次に男達の顔に目を向けた。
そして僕はとっさに自分一人の犠牲ならばと、向こう側へ行こうとするユウ止めた。
「ユウ…行っちゃ駄目だ!」
「そっちの金髪のお嬢ちゃんは黙ってな。用があんのはそっちの坊主。あんたに用はない」
「嬢ちゃんじゃないよ!この仏頂面!おい、ユウ…聞いてんのかよ!?」
「おい…ヤツを煽るな…!」
おっさんは銃を持った強盗に容赦なく反論する僕に強い口調で耳打ちした。
「ふーん。統合政府の生ぬるい教育を受けてきた人間の子供にしては威勢がいいじゃない。そういうところ嫌いじゃないかも。――――でも、今は邪魔!黙りな!」
ユウは無言で僕を見つめると、ゆっくりと向こうへ歩いて行った。あの時のユウの視線はやけに素直で、僕に「止めてくれてありがとう」って言ってるような気がした。
女の言う『統合政府の生ぬるい教育』よく分からないが、統合政府に文句があるんだろうか。政府に恨みがある…だから僕たちは人質にされた…のか。
統合政府は和泉牛斗によって設立された初めて世界統一を果たした政府だ。金融、経済、内政、教育そのすべてを管理している。
僕がキレている後ろで人質の女性職員二人がひそひそと話をしているのが耳に入った。
「もしかして、統合政府に恨みがあるって、ケンシーなんじゃないの?」
「嫌、私たち…殺されちゃうの?」
ケンシー族。この2人が話しているその線も濃厚なのだろうか。
統合政府は、本部は東京の千代田区にあり世界各地を300もの小ブロックに分け、それぞれを統括している。ブリテン島をファーストブロックとし、そこから東へ2,3,4ブロックとそれぞれ数える。
僕たちが住んでいる東京都は第258ブロックに分類されている。つまりファーストブロックから大体258番目に位置するブロックだからそう呼ばれている。統合政府の本部がありいわば世界の中心。
だが、258ブロックは他ブロックとは一線を画すただならぬ事情を孕んでいる。
―――――259ブロックの存在だ。
ここ、ニホン列島は真ん中で真っ二つに分割されていて、西にあるのは259ブロック。
通称”フカ地”、そこに住む人達を”ケンシー族”と呼んでいる。どうしてそう呼ばれているのかは知らない。
首都は確か、”オオサカ”とか言う場所だったと思う。
――――フカ地には悪魔が住んでいる。
皆がそう言っている。フカ地は呪われた土地だとか、フカ地に入ると体が朽ち果てるとかクラスメイトや先生もキャッキャ言って騒いでいる。科学や技術がない太古の昔ならまだしも、東暦999年に呪いだとかバカバカしいったらありゃしない。
統合政府は大昔”境界壁”というバカデカい壁を間に作り、統合政府の職員が24時間259ブロックからの構成員が侵入しないか見張ってくれており、こことフカ地を行き来できないようにし僕たちを守っている。
噂だとフカ地は内部で人身売買が起こっていたり街はスラムに街と化しているらしいし、その辺りはしょうがないのかもしれない。おまけに、人身売買関しては他のブロックの人間にまで手を出しているという噂を聞くし、壁があれば向こうから攻めてくることはないから安全だ。
ケンシー族なんか見たことがないし、おそらく僕の家のご近所さんやクラスメイトとその家族親戚合わせたってケンシー族を見たことあるという人はいないだろう。それぐらい謎に包まれた地域。
もはや異世界に近いんじゃないだろうか。
だから、学校でもフカ地付近や海には行くなと夏休みや冬休み前には呼びかけられる。流石の僕も愛知県や岐阜県とかの259ブロック付近の県には行ったことなんてない。
周りの人間やテレビでは「ケンシーの構成員が海から来る!」なんて言うけど海ぐらいは行かせてほしいさ。去年だって新潟の海水浴場に父さんと行ったし、夏休みだったからか海水浴客だって沢山いた。そんな、あそこは駄目だ、あれしたら駄目だってピリピリしてたって意味ねえだろと思ったりする。
他のクラスメイトに聞くと、よく小さい頃両親に『悪いことをしているとケンシー族が攫いに来る』って脅されたらしい。僕の父さんや母さんがそんな事を言っていた記憶はないな。ケンシー族は手が長くて指が長く頭がでかいと言われているがどうなんだろうかはっきり言って半信半疑だ。
それに、文明規制法で所有が禁止されている兵器を大量に持っているらしい。街一つを簡単に破壊できる古代兵器だとか。
とんでもなく危険な場所らしいが、普段生活をしていて気にしたりすることはない。人身売買の件に関しては知らないが、突然向こうの人間が攻めてきたりすることはないし、その噂がホントかウソかなんて知ったことじゃない。
彼らのせいで僕たちの生活が脅かされている訳でもないから僕はどうでもいいと思っている。
けど、僕のような人間は少数派なんだろうし、フカ地のことを気にする奴らはえげつないほどに気にするけどね。
そんな、259ブロックからやってきた刺客とか。
だけど、おっさんの考えはどうやらケンシーではないようだ。僕の横で小声でこう呟いていた。
「…もしや、亜人連合か?」
「あじん…れんごー?」
「君、亜人連合を知らないのか…?」
僕は小さく頷くと、おっさんはドン引きした。
「今どきの子供は平和ボケしているな…」
「なにそれ?」
「世界最大のアンドロイド犯罪組織だ。そこのボスの”イライザ”ってアンドロイドの頭はマジでイカれていてな。統合政府を本気で潰してアンドロイドだけの新生亜人帝国っていう国を作ろうと考えている。自分たちに邪魔な人間は殺したり誘拐したり…やりたい放題さ」
「…そんなアンドロイドがいるのか!?」
おっさんとひそひそ話をしていると、敵にとってこの作戦が別のフェーズに突入したのかもしれない。目を離していた間に、人質のユウがかなりまずい状況になっていた。ユウはリーダー格の女にハンドガンを突きつけられた。すると、次に女は先ほど職員から奪った郵便局の電話でどこかにつなげた。
「もしもし、警察?私、『赤の閃光』の金澤って言えば分かるかしら。…ところで本題だけど身代金1億と…今東京の拘置所にいる”安斉コウスケ”っているでしょ?そいつと金を持ってこい。いま私の目の前にいる20人の人質と交換だ。八王子駅前郵便局で4時に待ってる。もし下手な真似するんだったらここにいる人間は皆殺しだ。分かったな」
金澤から皆殺しという単語が出てくると、僕以外は絶望の顔、挙動不審になるなど人それぞれだった。ユウだってポカンとしたまま「見てるんじゃねえよ」と空っぽの口で僕に言い、余裕のない顔をしていた。そんなどんよりした空気の中、僕は不謹慎だが父親より年上の精神的に自立したおっさんの泣きっ面を一度でいいから拝んでみたいと顔を上げた。すると、彼は悠々たる面持ちを貫いていた。そんな自信はどこから湧いてくるんだろうと、逆に僕が不安になったほどだ。
それにしても仲間1人と1億、それか僕達全員の命。釣り合わない要求だ。
「…赤の閃光の金澤!?金澤ミホか!?噂でしか聞いたことなかったが…。ま、まだ生きていたのか?」
「赤の閃光?金澤…ミホ…」
「まあ、ずいぶんと前の話だし、今の子供は知らなくて当然だよな…。たしか、過激派の反統合政府組織『赤の閃光』のアンドロイドで、55ブロックのカイロにあった拠点を政府に爆撃されて行方不明になっていたはずだが…。あんなボロボロとはいえ、まだ生きていたとは…30年越しだぞ…」
少なくともこいつらがケンシー族でも亜人連合とやらでもない全くの別組織所属ということだけは把握できた。
「おっさん。あんた詳しいな…」
僕はそう問いただすと、おっさんは天井を斜めに見つめ頭をポリポリと掻き出した。
「い、いや、これは…。俺も当時は若かったけどさ、ニュースとか新聞でよく取り上げられていたし、そりゃあ覚えているよ。警察省が派遣した特殊部隊の隊員が確か…3人殺されていたはずだからな。統合政府も本気でキレたんだろう」
「ただ、そんな危険な奴が相手じゃ…ユウが…」
「君の気持ちは分かるが落ち着くんだ。奴らを刺激しても何もメリットがない。単独犯だとしたらまだしも複数犯だ。騒ぎを立てたら木場君の命は助からないかもしれないし、他の人達もいる」
「んー。分かったよ。僕が悪かった。じゃあ、どうすればいいんだよ」
「とりあえず。このまま素直に奴らの命令に従っておけ。警察も馬鹿じゃない。約束の4時までにはここに来るはずだ。それまでの間、人質のお友達含め俺達を殺すという暴挙には出ないだろう」
僕を含めた周りの人間は自分のことで精一杯なのに、このおっさんは先の先まで読んでやけに冷静沈着だ。以前こんな場面に何度も出会ったことがあるみたいだった。それはまるで、彼にとって、この状況は碁盤の上での出来事で、何手先もを見通す力を持っているように見えた。
「君の名前は?」
「ミナト、須藤ミナトだ。よろしく」
「じゃあ、ミナト君と呼ばせてもらってもいいかい?」
僕は軽く頷いた。
「ありがとう。じゃあ、少しの間俺に協力してくれ」
※ ※
場面は変わって、レイは疲れ果てた表情でコンビニのビニール袋をぶら下げ外へ出た。
「…ってやっと買えたー。ミナト…?どこ行ったんだよ勝手に〜。すーぐどっか行っちゃうんだからさー困るよ。…それにしても向こうが騒がしいな」
だが、ミナトはいない。自分勝手な行動ばかり取るミナトに呆れ、溜まっていた疲れが表情にどっと出た。
ミナトを探しに行こうとすると、向かいの郵便局に人が集まっていることに気が付いた。平日の昼間なのにシャッターが下りていることを不審に思ったレイは、横断歩道を渡って郵便局へ向かい、そこに居た老婆に尋ねた。
「何かあったんですか?」
「来たらシャッターが閉まってて…。電話しても繋がらないし、営業中のはずなんですけどねぇ…」
「そうなんですか…」
何かがおかしい。こんな真っ昼間、それに正月や祝日でもないのに郵便局が閉まっているなんて。シャッターの前に臨時休業の張り紙が張ってあるわけでもないし、どこかがおかしい。
レイは郵便局の前に止まっていた不審な黒いワゴン車に目を向けた。
ナンバープレートに目をやると、普通乗用車のはずなのに事務用にしか使われない文字が使われていた。これはきっと盗難車のナンバープレートを偽造したんだろうと、経験豊富なレイはすぐピンときた。
中で何かが起こっているのか、ミナトは今何をしているのか。レイの心には不安の塵が積もり始めていた。
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