第11話 文明規制法


「おチビ。何て名前?」


 ユウは、「ひい」と涙声になりながら金澤の問いに答えた。


「へ?名前…ですか?き…木場…ユウです」

「そうか、木場ユウ。っふ。木場ユウねぇ、へえ、いかにも”現代っ子”って感じの名前ね」


 金澤はユウを嘲笑うと銃をもっと強く頭に突きつけた。ぎゅううっと額の皮にしわができるくらい。ユウは、その銃口の冷たさが全身の神経を巡り鳥肌が立つ。


「な、何で、こんな事するんですか。やめてください!周りを見てくださいよ!この人達があなた方に何の危害を加えました!?」


 ユウの奴、こんな状況なのに正面から立ち向かうなんて意外と肝が座っているなと、思わず感心してしまった。素直にすげえ。いやいや、そんな感心している場合じゃない。


 ユウの指摘に気を悪くした金澤は顔色を変え、これでもかというほどに顔が冷たく、内に秘められた彼女の冷酷さがすべて表に出された。


「後に引けるわけないでしょ…」


 冷気のような声に、針のように突き刺す瞳。何人もの人間を殺してきた人殺しの証拠。金澤の態度に耐え切れずユウのトレードマークのアホ毛がシュンとなり竦んだ。


「くっ…ユウ…」


 もう僕は我慢の限界だった。なんせ、口より早く手が出やすい性分だ。だが、横にいたおっさんは僕の肩に手を置いて高揚した気持ちを落ち着けようとした。


「我慢しろ」

「我慢しろって言われても…無理だよ!」


 僕がブレーキの壊れた暴走列車のように暴れまわりそうになったその時だった。


―――――――ガッシャン!


 郵便局の裏からガラスが割れたような音がした。身代金の電話も寄越さないで警察がここを強行突破してきたのかもしれないと内心ビクついた。


「誰!?ちょっと、見てきて」


 金澤は声を荒げ、辺りを見回し、ヘルメットをかぶり顔を隠した仲間の男に指図した。


「はい」


 そして、ヘルメット男は右手に拳銃、左手にバールのようなものを持って裏に消えていった。


 誰かがいたら僕達が殺される。騒ぎが起きたら僕達は殺されると、手の汗をギュッと握った。ガラスの割れた音がして以降、向こう側から物音は何もしない。


 僕は金澤に問いかけた。


「どうしてこんなひどいことをするんだ…」


「…統合政府のことが気に入らないから。それ以上でもそれ以下でもないわよ」


「それだけの理由でこんなことをするのか―――!?こっちからしたらたまったもんじゃねえな…」


「―――黙りなっ!」


 金澤は怒りに任せハンドガンの銃口を上に向け直後、銃声が響いた。


「…じゃあ君、1個質問するけど、文明規制法って知ってる?」


「文明規制法…。ニュースとかで聞いたことあるけど…。危険だから凄い機械とか薬とか、そういうの作っちゃいけないって法律だろ?例えば、アンドロイドを新しく造っちゃいけないとか。まあ、どうせ皆できないだろうけど。それがどうしたんだよ!?」


「じゃあ、何が危険か説明できる?」


「あ、それは…。その事故とかが起きるかもしれないし…その事件とかにも巻き込まれたりとかさっ…。それに…」


「この世界の人間が考えそうな答えね。答えは簡単。――何も危険じゃないわ。統合政府がただ気に入らないから。…だから勝手に規制しているだけよ!私の仲間だった安斉はね、人なんか一度も殺したことがないし、ただ機械を弄って遊ぶのが好きなだけの人間だった。安斉は統合政府と戦って壊れた私の破損箇所を直すためだけに尽力してくれたわ…。例え、その傷が法律で定められたボーダーを超えてしまってもね…何ひとつ悪いことなんてしていないのに…文明規制法のせいで、統合政府のせいでっ!勝手に逮捕されて牢獄の中で25年も経ってしまったわ…」


「その人の復讐だってのか…?復讐なんざしたってその人は喜ばねえよ」


「――――いや、喜ぶわよ」


 彼女の口からその言葉を聞いた瞬間、心臓を撃ち抜かれたような気分になった。


「彼は私の今の行動を評価してくれるわよ。”ああ、俺のためにここまでしてくれたんだ。ありがとう”って。感謝してくれるはず。そうじゃなきゃ、ここまでやれないわよ」


「…僕だったら。僕がその安斉とかいう人の立場だったら…いやだけどな…」


「口だけは一丁前ね。安斉と話したことも、顔も見たことないくせに勝手な事をいわないで頂戴」


 金澤と安斉とかいう人の関係性は、長い時が経ってもう変わってしまったのかもしれない。でも、だけど…。もし、自分の大切な人が僕のために復讐と称して他の人を傷つけていたら僕は…。


 僕は嫌だけどな。


「金澤さん。戻りました」


 3分ほどそんな会話をしていると、先ほどのヘルメット男が軽い足取りで戻ってきた。


「どうだった?」


「ただ隣のボロい空き家の屋根瓦が落ちてきただけみたいっす」


 そう言ってヘルメット男は瓦屋根の破片を見せびらかした。ホッと溜息をついて安堵し、震えて強張っていた僕の顔にはうっすらと安堵の表情が舞い戻った。


「そうか」


 しかしあの女、懲りずにまたユウにちょっかい出す気だ。あいつ、ユウが反抗してこないことと、銃を持っているってだけで図に乗っているんじゃないか。僕の業を使えば一発で――――。


 そうだ、僕ってば業使いなんじゃないかと、今更ながら気が付いた。禿頭とユウのことで頭がいっぱいで、こんな大事なことをてっきり忘れてた。


 僕が業を使ってこいつらを撃退すれば警察が来る前に事件解決だ。外では能力を使うなとババアに口酸っぱく言われているが、緊急事態の今は例外だ。


 そして僕の人生はここで180度変わる。きっと、駆けつけた警察官が僕の活躍を聞いて僕の評価は爆上がり。試験無しで専属能力者になって、その後も人助けで活躍して、世界一の座もババアから取り上げて黄金の出世ルートが出来上がるはずだ。


「…へへーん」


 僕はおっさんに向かってニヤリと白い歯を見せた。


「ミナト君…何をするつもりなんだ?」


「おっさん、もし僕が…業使いだって言ったらどうする?」


「何を考えてるんだ…!やめなさ…」


 おっさんは何かを察して静止したが、僕はそんな事を耳に入れなかった。すぐさま立ち上がり、金澤へ向かって韋駄天の如く走り親指を押した。


「―――ガイア!」


 僕は能力が発動した0.1秒後、手の平に石っころの残像がうっすらと見えた。テレポート。この能力ではまともに戦えないと判断しまたガイアと叫び親指を押した。火事場の馬鹿力とはよく言うがこの時の僕の判断力は特に長けていたと思う。


「この一回じゃダメだったか!」


 サイコロを振ったが辿り着いたのは"振り出しに戻る"だ。だけど、1回であがりに到達するつもりなんか鼻からない。サイコロを何度も振っていれば必ずゴールへ辿り着けるはず。皆があがってしまっても、最後の1人だけになっても、振り続けるのをやめなければ結果は出るものだと、心の底から信じていた。


「もういっちょ!――――ガイア!」


 また失敗だ。能力を発動している間、男達はヘラクレスオオカブト狙うぞと、虫取り網を持った少年のように僕を捕まえようとする。だが僕は、そんなものお構いなしとバレエダンサーのように華麗に踊る。


「まだまだ。――ガイア!―――ガイア!―――――ガイアッ!」

 

 テレポート。テレポート。テレポート。


 テレポートで飛んできたゴミの山が僕の周りに出来上がってくる。木の枝とか、石とか、おもちゃの剣とか。そればっかり。だったらもうちょっとナイフとか銃とかマシンガンとか使えるもんよこしてくれよ。


 また失敗だ。また、また、また。もう、レイを助けた時みたいにはなれない気がする。


「おい!調子乗りやがって!その癖、てめぇ弱えなぁっ!」


 僕は顎ひげを蓄えた小太りの男に腹を蹴られた。


 その瞬間、ぼうっとして脳に直接ヘリウムガスを注入されたじゃないかと思うくらい頭が軽くなった。


「うわぁ!」


「まず最初にこの生意気なガキに大人の怖さを教えてやんねーとな」


「…ガイア!ガイア!何で!この前みたいにできないのかよ!ほらっ!この前はできたじゃんか!…助けてっ!」


 金澤達はニヤリと笑いながら、もう為す術がなく跪いた僕をもう絶対許さないと近づいてくる。


「パツキン!強いんでしょ?助けなんか求めないで戦いな!」


「うぐっ」


 金澤は僕の顔面をサッカーボールのように蹴り、地面に転がった。


 必死に抗おうとすると、指を足で踏まれグリグリと押し付けられた。この女の全体重が僕の細く繊細な指に集中し、骨が折れそうだ。この女、足がないとはいえアンドロイドだ。華奢な体つきからは想像できないほど大男のような重さで激痛が指先に走る。


「ああぁっーーーーーー!」


 あまりの痛さで痛いという言葉も出ず、喘ぐので精一杯だ。


 もう駄目だ。死ぬ。そろそろ、このアンドロイドの足が僕の手のひらを貫通し潰れたトマトのようになるのも時間の問題だと思った瞬間だった。


「―――悪いね、姉ちゃん!」

「ウグッ!」


 その声と共に人質の中から1人の男が行動に出た。


――――――名前も知らないあのおっさんだ。


 僕が暴れ出した混乱に乗じて、金澤の仲間2人に背負投げと大内刈を決めた。初めて会ったときから小太りで全く動けなさそうだったから、体術がこれほどまでに得意だったとは想像もしなかった。


「このジジイっ!」


 だが、そのスキに金澤はおっさんを鉄パイプで背後から殴りかかろうとした。「逃げて」って声を出そうとしても喉がギュッと締め付けられて声が出ない。僕のせいでこんな状況になったのに、どうして…。


 すると、仲間のヘルメット男が金澤の振り上げた手を強く握った。


「警察も来てないし、もうちょっと我慢しようと思ったんだけど、こうなっちゃ仕方ないか…」


「何をしている!放せ!私は今、そのジジイをぶん殴ろうとしてんだ!お前もすぐこのジジイを捻り潰せっ…!」


 金澤の仲間も残りこの男1人。先ほどガラスが割れた音を確認しに行ったヘルメットの男だ。ヘルメット男は慌てる金澤の命令を無視し、掴んだ手を放す気はサラサラなさそうだった。


「何ぼーっと突っ立ってんだ!私の言う事が聞けないのか!手を離せ!」


「捻り潰されるのは…お前の方だ」


 すると、その構成員は突然金澤の腕をもっと強く握り地面へねじ伏せた。


 一体何が起こったのか僕にも分からなかったけど、金澤も自分の仲間に裏切られるとは思わなかっただろう。


「うぐっ!いってえっ!」


「お前の仲間だったら…外でおねんねしてるぜ」


 男はヘルメットを外した。ヘルメットを外すと、よーく見覚えのある爽やかな黒髪の青年の顔が現れた。


―――――――――レイだ!


「お久しぶりですね。ジュンイチロウさん。お元気そうで何よりです」


「乙神君。ナイス!」


 この2人、知り合いなのか。そんな事より何でレイがこんなところにいるんだ。コンビニで別れたはずなのに。僕を助けに…。


「い、いつ…入ってきやがったんだ!?この男!?」


「最初に音をたててあんたの仲間を呼び寄せた後、気絶させて服を交換して中へ侵入しました。それに俺、アンドロイドだから"こーやって"声変えることだってできるし、騙すことぐらい楽勝だよ」


「私と同じ…アンドロイド…!」


「―――もう遅い!」


 その瞬間レイは足を振り上げ、ゴギッと耳を塞ぎたくなるような何かが砕ける音が辺りに響いた。

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