第8話 はじめての休日

 今日は僕が業使いになって初めての休日だ。桜も散った頃、4月だってのにここ数日の八王子は蒸し暑い。


 昨晩、僕の家にレイから電話があった。彼から「もしよかったら明日試験の勉強をしよう」と提案してもらった。僕はその提案に冷や汗が出る。「実は、昨日推薦状を書いてもらったあとに貰ったテキストほとんど手を付けてないんだ」とバカ正直には言えるはずもなく、不安になるばかりだったが、もう試験まで数えるほどしか日にちがないんだ。朝起きて、学校行って、帰ってきたらゲーム三昧。


 もしばれたら、レイは「絶対合格するって言ったよね?なのにやってないんだー。ミナト本当に受かる気があるの?」とか平気で毒のある言葉を笑顔で言ってきそうだしな。しかし、この機会を逃すわけにはいかないとレイを頼ることにした。


 そんなわけで、今日はレイも仕事が休みみたいだから少し勉強を教えてもらおうと、駅前に集合した。


 八王子駅南口を出ると、先日僕とレイが解決したアンドロイド事件の爪痕がちゃんと残っている。割れたガラスに壊れた鉄筋コンクリートの壁、剥がれたタイル。僕が歩いてゆく道には立入禁止の文字が書かれたコーンがズラーっと並んでいた。あんだけのことがあって僕はよく生きてここに立っているよな〜っとボケーと空を仰ぐ。

 

 青いな、空。 


 専属能力者は命の危険がある仕事だ。何かの選択を間違えていたら僕は病院送りか、死んでいたかもしれないって先日の事件でそれを痛感した。でも、なんだかんだでうまくできたじゃないか。それで結果、他の人に感謝された。今、この世の誰よりも”必要とされている”を僕は実感している。そして、今はそれが楽しいから専属能力者をやろうとしている。


―――――でも、楽しくなくなる時が来るんだろうか。


 まあいいかそんなこと、考えなくたって。楽しくて何が悪いんだ。


 正面へ視点を戻すと、交差点前でレイが手を振っていた。


「あ!レイ!」


 僕も大きく手を振返した。


「ああ!ミナト!こっち!…じゃあ、一緒に行こうか」


 そして、勉強前に昼ごはんを買おうと、駅前のコンビニに来た。


 僕はカゴにお気に入りのレタスとハムのサンドイッチとツナマヨのおにぎり、それと甘ったるい果汁100パーセントオレンジジュースどんどんと入れた。そして、それを奢ってくれるというのでレイに預けて会計を頼んだが、なんだかレジがあたふたしている。


「あ、あれー?レジ壊れちゃったのかな…。す、すみません。少々お待ちくださいませ」


 まだ学生っぽいアルバイト店員が、時折頭を掻きながら何度も何度も僕のオレンジジュースのバーコードを読み取っている。レジが反応しないトラブルの様だ。


「すみません。少々お待ちくださいませ」

「ミナト。いいよ先に出てて。まだまだ掛かりそうだし…」

「うん分かった」


 レイにそう言われ、僕が自動ドアから出ると、ユウと思わしき特徴的なコンママークのアホ毛を生やした背格好の小さい少年が目の前を通っていった。「いいもの見っけ」と僕は広い公園の中から四葉のクローバーを発見したようにユウへと近づいていく。


「おっ!ユウ!ユウじゃないか!奇遇じゃん!」

「ううぇ…」


 彼は僕の呼ぶ声を聞くやいなや顔をこっちに向け「なにが奇遇だ」と露骨に嫌な顔をした。


「っち。こんな所でお前に出くわすなんて…。運が無いぜ…」


 ホントにユウは失礼しちゃうぜ。僕は彼のこと「ユウ」って下の名前で呼んであげてるのに、彼は僕のことを「おい」とか「お前」とか、時代錯誤の亭主関白親父しか使わないような人の呼び方をする。


 僕の名前を呼べないのか呼びたくないのか知りたくもないが、「ミナト君」とか「須藤さん」とかもっと人の名前も呼べないのかよ。だから友達ができないんだ。呆れるぜ。


「全く、いつ会っても失礼なおチビちゃんだ。こっちは、試験対策中だっていうのに…」


「試験対策?あーあの例の…」


 僕はぶつぶつと念仏を唱えるように小言を吐いた。


 ユウが聞き返してくるということは少なくとも”試験”というキーワードに興味があるようだ。


 ごく少数の人間にしか許されない特別な資格の試験をただの学校のテスト勉強と勘違いしているんだろうか。しかし、この際せっかくなんだから、僕の自慢と一緒に万年成績学年トップのユウに効率のいい勉強方法を聞いてみるべきだと閃いた。


「聞きたいことあるんだけどさ。この試験対策の本、レイにもらって読んでたんだけど、僕が馬鹿だからか全く頭に入らなくて。お前、この前のテストだって100点だったろ?あと2週間で効率的にこの分厚い本ぜーんぶ覚えられる方法あるんだったら教えてくれよ」


「それは生まれもっての才能に決まってるだろ。馬鹿なお前には無理だ」


「ああ、もう!何だと~!」


 やっぱりこいつに訊いた僕が間違えた。なんせ、ユウは目つきが悪くても女子にもモテて勉強もできて、苦労もした経験がないような奴だし、共感能力がどこか欠如している。常に上から目線で偉そうで、そんな奴に僕の悩みなんて理解できるわけない。


 ついでにデリカシーがないから 泣いている人間の横で「何で泣いているんだ?」とか言いそうで、横にいるとハラハラする。


「はぁ…。そもそもたった2週間で高校入試レベルに分厚い本覚えろっていうのが無理な話なんだよ。俺でも無理だぜ。まっ、そんな調子じゃまたあの警察のおばさんにグチグチ言われる未来がみえるけどなー」


「…むぅう」


 ぐうの音も出ないとはこういう事か。上から目線の態度に腹は立つがユウの言っていることは紛れもない事実だ。何も反論ができない。


「あ、そうだ。お前に聞きたかったことあるんだけどさ。僕が倒れた日に家にまで付きまとうなって言っただろ?あれ、大丈夫なのか?お前にストーカーかファンクラブでもあんのかよ。でもよ、もし本当だったら警察に相談しといた方が…」


 僕はふと思い出したように前々から気になっていた事をユウに尋ねた。もしこれが本当なら趣味の悪いストーカーもいたもんだ。


「いや、多分大丈夫だ。アンドロイドの騒ぎのあったあの日からその気配がいきなりなくなったんだ。それまでは新学期明けてから毎日の様に誰かに見られてるような気がして気持ち悪かったんだが。特に夜、寝た後に誰か居るような気がして途中で起きて窓の外を見ても誰も居ないんだ。気味悪いが、一応俺の考えすぎって事で処理しておく。ま、お前なんかに聞いた俺が間違ってたけど」


 毎度毎度、ユウって言葉の最後に一言多いんだよな。そういうところが癪に障る。


 いっつも、何かが鼻につくのかムスッとしてて二言目には「はあ…」と溜息を漏らす。もっと笑顔になったほうが、いいと思うのだが、ユウは笑顔になるのがやはり苦手なんだろうか。それとも嫌いなのか。笑顔でいたほうが絶対いいのに。


 笑顔なユウというのもそれはそれで気持ち悪いが…。うーん、イメージしてみよう。透き通った黒髪に、屈託のない爽やかな…。「ははっ、ミナト。おはよう。キラッ★」


 う、うわ。想像していた以上に似合わねえ。いや、やはりイメージしてみても何か違う。しっくりこない。

 

 僕も今までは「笑顔が似合わない人なんてこの世にいない」って思っていたが、ここにいた。もはや、ユウにこびりついた汚れを浄化することってほぼ不可能なのでは。こいつの捻くれた顔を今にも別の顔にしてやりたい。


――――あ、そうだ。


「あー!それってさ、幽霊とかじゃねえの?」


 僕は失礼な発言を繰り返すユウをからかってやろうと突拍子にバカげた冗談を真面目な顔して言った。こんな子供騙しでマジになると思わなかったが、ユウは急に顔を真っ青にし、発する言葉が片言になり始めた。


「な、怖いこと言うなよ…!…じゃなくて!俺は非科学的なものは信じていない、科学で証明できることしか信じない!」


 非科学的ね。まさに、ユウらしい論理的でつまらない思考だったが、彼のアホ毛は正直だった。こいつのコンママークの様な面白い形をしたアホ毛を観察していると、ブルーな気分のときはしなっとしたり、怒ったりするときはピンと立ったり、別の生き物のような反応を時折見せる。今は恐怖から枯れ草のようにお辞儀をしていた。


へえ、ユウって幽霊が苦手なんだ。いいこと発見しちゃった。


「でもよ、夜にお前の事毎日見てるなんてそれしかないだろ?」

「そ、そんな訳…」


 ここまできたらユウの恐怖心を煽りに煽って極限まで追い詰めてやると、僕のハートは妙に燃えだした。


「…そういえば知ってるか?昔あの学校って囚人達の処刑場だったらしいんだけど、丁度お前の席の真下に…」

「うわーーーーーーーー!」


 すると、ユウは耳を塞ぎ大声で叫ぶとひっくり返った。


「ハハハ!んな訳ねーだろ?やっぱり幽霊苦手なのか?面白いな〜」

「…てめぇ、騙したのか。俺に殺されたいのか…!?」


 僕がケラケラと笑い転げると、ユウは拳をギュッと握りしめ怒りを露にした。その蛇のように睨みつける表情からも分かる通り、いつも以上に不機嫌モードのスイッチが強く押されている。これ以上下手にからかうと本気で殺しにかかってきそうだ。


「そうだ。で?専属能力者の試験って実技もあるんだろ?そっちの方はどうなんだよ」


 ユウはちょっとイライラしながら話を変え、僕に尋ねてきた。


「それがさぁ、全然…やってないんだよ…」


「はあ!?」


「だって仕方ないだろ!レイやババアに何が起こるか分からないから俺達がいないところで業を使うなって口酸っぱく言われてんだ!」


「というかよ。お前どこまで付いてくんだよ…」


ユウと夢中になって話をしながら歩いていると、レイと今さっきまでいたコンビニが道路の反対側にあることに気が付いた。


でも、まあいいか。レイには後で居なくなった事を謝ればきっと許してくれるさ。


「えー、ユウがどこ行くのかなーって…。ダメ…かな…?」


僕はちょっと可愛い子ぶって睨みつけるユウに上目遣いをした。


「きもっ。つーかダメも何も俺はただ郵便局に出すものがあったから行くだけだよ。何も面白え事なんてありゃしねえよ」


「えー終わったら一緒に遊ぼうよー」


「試験対策するんじゃなかったのかよ…」


「あ、そうだった!じゃあ、一緒に勉強しようよ。で、終わったら遊ぼーよ。今日はレイもいるんだよ」


 嫌がるユウに磁石のごとくベタベタとくっついて歩いていると、コンビニと向かいの郵便局へ入るまで着いてきてしまった。ユウと話していると不思議とあれやこれやと新しい話題が頭にポンポンと浮かんでしまい喋り足りない。


「なーあー、いいだろー?」


僕が甘えた声を出すと、ユウは悪い気はしなかったのか封筒を僕に見せてこう言った。


「はぁ。仕方ねぇな。じゃあこれ出してくるからそれまで待ってろ」


ちょっと僕が気合い入れてぶりっ子演技をしただけでこいつ、ノックアウトだ。きもいとか言った癖に本当にチョロいんだからと、ふいに男を誑かす悪女の様な笑みがこぼれた。それと同時に、本当に遊びたいんだったらもっと素直になってくれてもいいのにという純粋な想いもあった。


  ユウももう少し素直になれば、クラスのみんなもこいつが結構面白いやつだって知ってくれるいい機会になると思うんだけど。肝心のユウにその気が一切ないからな。


 ユウ、結構面白いやつなのに。


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