第7話 推薦状の行方

 12年前の4月、桜が舞い散る春。東京の中心に高くそびえ立つ警察省本省にニキータは夢を抱き大きく踏み込んだ。


「はじめまして、今日からこの本省で働かさせていただくニキータ・アバカロヴァ・戸越です。この力を少しでも世間のお役に立てられるように頑張ります!これからよろしくお願いいたします!」


「戸越君、史上最年少…小学1年生でランク1判定貰って、そのまま第3種専属能力者試験に合格。大学時代に第1種にまで受かった…。経歴だけ見てもやはり君はすごいね。第1種専属能力者試験なんて、大半が一度は落ちているし、一度だけだったらまだ優秀な方。そんな中、一発合格…か。ここに居る人間で君のことを知らない人は居ないし、期待しているよ」


「あ、ありがとうございます!父と同じ警察官になりたいと小さい頃から思っていていたので、そう言っていただけるととても嬉しいです。頑張ります!」


「それにしても、戸越君はしっかりしててお父さんとは大違いだねぇ。だらしなくて、女好きで、めんどくさがり屋で…」

「はははは。父は職場でもそんな感じなんですか?」


「ああ、そうだよ。君とは大違いのね。朝からだりぃだの腰が痛いだの甘ったれたことしか言わんから俺も扱いに困っているよ。はっはっは。でも、君ほどの逸材がなぜウチに?情報局のほうが給料だっていいし、声だってかかったはずでしょ?」


「うーん。確かに情報局の方がお給料はいいですし、向こうの方々からもお声がけしていただいたんですけど、幼い頃からの私の夢でしたからここ以外の選択肢は考えられませんでした。それに、遠くからテロの未然防止活動とか…そういうのももちろん大事なんですけど!私はそういうのよりも同じ目線に立って市民に寄り添って守っているほうが性に似合っているかな…と、思っているので…。すみません。あまりうまく言えなくて…」


「そうか。いや、君が今ここにいるという事実がなによりも君のその強い覚悟を証明してくれているよ」

「ありがとうございます。大庭部長…」


 初々しく着慣れないスーツを身にまとったニキータに周りの人間達は期待してくれていた。今日から幼い頃からの夢だった人を助ける仕事に携われると深い喜びを感じ、身が引き締まった。


 しかし、犯罪者やアンドロイドが一番の敵ではないとすぐに気付かされた。


 敵は彼女が思っていたより身近に潜んでいたのだ。


「あー、ニキータ・アバカロヴァ・戸越…だっけ?なーんか仕事できないくせにランク1の能力者だからって上に持ち上げられてるよな」

「それにさ、ここだけの話、あの女親も本部の警視正だ。戸越…なんだっけ?女好きで昼間っから酒飲んでる狸みたいなおっさん。まあいいや。だから上も贔屓してばっかりなんだよ」

「そうそう、大庭部長に甘やかされてるじゃん?はっ、もしかして、大庭部長の愛人とか?」


 喋ったこともない同僚達に妬まれ陰口を叩かれているのをたまたま耳にしてしまっ た。周りの人間は気にするなと声をかけるがそうもいかない。冷めたコーヒーをカフェテリアの隅っこで飲みながら彼女は、自分だって努力してきたのに何故ロクに喋ったことも無いお前達に決めつけられなければならないのだと鶏冠に来ていた。


 しかし一方で、自分の能力は生まれ持ったものだ。生まれた瞬間に金、環境、能力、人生そのものという壁が出来るんだ。ニキータは、彼らの立場になったら自分を何故妬むのか理解出来るかもしれないと、自分の業を、いや、自分がこの世に生を受けた事を深く後悔した。


「戸越!お前、専属能力者第1種の癖にこんな事もできないのか!報告書作りだなんて誰でもできるだろうが!」

「申し訳ございません」


「戸越。どうして報連相ができない。…っち、全く物わかりが悪いやつだな!これだから最近の若いもんは…。もういい。これから来る来客用の茶でも入れてこい」


 ニキータは物心がついた頃から自分に特別な力があると理解していた。だから長い間、専属能力者が憧れであり目標だった。ただ単純に誰かの役に立ちたい誰かを助けたいと夢見ていた。


 だが現実は違った。上司からは罵倒され、同僚には妬まれ、毎日毎日誰の為に頭を下げているんだ。もう人助けなどどうでもいい。誰が死んでも構わない。非常に人間性を疑うが、精神的に追い込まれるとたかが人間、考えがコロッと変わってしまう。  


 綺麗事抜きで時々そう思うことがよくあった。


 仕事なんてしていても楽しくない。デスクに座っていれば勝手に過ぎてゆく時間の中で、ひと月経てば給料は振り込まれる。年に2回のボーナスもらって、それで好きな洋服を買ったり、行きたかった場所へ旅行に行ったり、自分はもうそれでいいとニキータのやる気は底を尽きていた。


それに――――――。




※ ※ 




「…しかし、初心を忘れるというのは恐ろしい。久しぶりかもしれない、あの頃の真っ白だった気持ちを思い出したのは…。純粋に誰かの為か。…懐かしいな。須藤ミナト…不思議な子供だ」


夕日に照らされる戸越は眠った様に倒れたミナトを見つめ色々な思いを馳せながら独り言を呟いた。




※ ※ 




「ミナト!」


「やっと目覚ましたのか…」


 僕が目を覚ますと最初にいた部屋のふかふかなソファに寝転んでいた。心配そうに上から見つめるレイと端っこで嫌味ったらしい口を開くユウが腕を組んで壁に寄りかかっていた。外はもう暗くなっている。時計の針は夜の6時03分を指していた。


「ユウ…。レイ…。そうだ、僕負けたんだ…」


 絆創膏だらけの細い腕を見るとあの一撃を思い出した。そうだ、今回は、駄目だったんだ。ただただ、悔しい。でも、仕方ない。自分から売った喧嘩で負けたのは紛れもない事実だ。これが僕の実力なんだからと必死に言い聞かせていると、ユウが大声を上げた。


「どうしてお前は無茶できるんだよ。打ち所が悪ければ病院送りにされてたかもしれないんだぞ。そこまでして専属能力者になりたいって…。正直、昨日とか今日のお前見ていても俺には全然理解できない!そこまでして目立ちたいのかよ!強くなりたいって気持ちが強いのかよ…!ぜんぜん…全然分かんねえんだよ…」

「ユウ…」


 ユウってこんなに喋るんだと、彼に対する印象が少し変わったような気もした。しかし、言われてみると大怪我をしてまで専属能力者になりたい理由を言葉にするのが難しかった。 どうして…どうして…か。


 でも、昨日助けた女の子の笑顔が脳裏に焼き付いて離れないんだ。


「…うーん。んまあ確かに、ユウが言っていたみたいに専属能力者って聞いただけで強そうだし、自慢したいっつうか、あるよ、そういう気持ちは…。否定しない。でも、やりたい事ができたんだ。目的っていうか、偉そうだけど、僕がいれば救われる人もいるのかなって…。昨日もあの子を助けてお礼を言われた時、本当に心の底から嬉しかったんだ。こんな僕にも出来ることがあるんだなって心が温かくなったんだ。だから、強くなって皆のこと守りたい…!」


 ユウは「でも負けたじゃねえか。弱っちい」って納得がいかない様子だったが、僕は自分の真意を皆の前で話せて気分がスッキリした。


「でも、あのババア。流石世界最強っていうだけあるよな。僕じゃ全然歯が立たなかった。でもまた試験があるんだろ。だから、悔しいけど対等に戦えるまで頑張るよ」


 すると、コンコンコンとドアを小さく叩く音が聞こえてきた。


「入るぞ」


 ババアだ。負けた僕を煽りにでも来たのか。


「早く顔上げろクソガキ。ほらよ」


 すると、ババアに三つ折りにたたまれた紙を投げ渡され恐る恐るそれを開くと僕は驚愕した。


【推薦書:須藤ミナトを警察省専属能力者第3種に推薦する。推薦者:八王子警察署 第1課アンドロイド犯罪対策係 係長 ニキータ・アバカロヴァ・戸越 警部補】と雑な筆跡ながらはっきりとその紙に書かれていた。


「こ、これって…。認めてくれたってことなのか!?」

「貴様のその貧弱な能力に情けをかけてやったんだ。だが、私とあそこまでやりあえた戦闘未経験者なんて初めてだったからな…。しかも子供でだ。そこは認めよう」


 やっぱりその口ぶりには腹が立つが、純粋にランク1の専属能力者に褒められたのは誇らしかった。


「まぁ、第3種なんてなれても所詮下っ端だしな。せいぜい雑用係を頑張れよ。じゃあな」


 ババアは憎まれ口を叩きながら部屋を後にした。しばらくして僕とレイは見つめ合うと安心からか自然と笑いが出てしまった。


「へへっ、見てろよ!見返してやっから!」

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