第6話 氷の瞳を持つ魔女
僕、レイ、ユウと…業使いのババアの4人は八王子警察署の近くにあるそこそこ大きな公園へ移動した。辺りを見回すと、芝生が生い茂っていたり砂場があるスペースがあったり地面も凸凹していて高低差がある。
夕方だというのに辺りは閑散としていて、電線に止まったカラスの鳴き声だけが響く。僕たち4人以外が誰もいない空虚なパラレルワールドへ転送されたように感じた。
これから始まるんだ。緊張感とともに胸が騒ぐ。
準備運動の試しに乾いた地面を足踏みをしてみると砂が飛んできて目に入った。
「では、須藤ミナト対ニキータ・アバカロヴァ・戸越の試技試合を始めさせて頂きたいと思います。範囲はこの公園内、相手が戦闘不能に陥った場合と、相手が降参した場合に勝利とさせていただきます」
目を擦った僕は今、怪物に立ち向かおうとしているんだ。
そして今、覚悟を決め夕風に流され砂が舞い上がるこの地に彼女と向かい合っている。しかし女は指先をコロコロ転がしながら余裕の態度だった。多分ささくれが気になるだの、ネイルしたいだの、そろそろ夕方だし化粧崩れが気になるだの、呑気なことでも考えているんだろう。これだけ一生懸命な僕にはお構いなしだ。
そこから少し離れた草むらに審判であるレイとユウがちょこんと立っていた。
ランク1とはどんな強さなのだろうか。正直僕もそれ見たさな所はあった。 彼女の業がどのような業なのかまだ不明だ。
だが、流石に僕を殺しにかかることは無いだろう。相手だって僕の能力を話にしか聞いていないし、あくまで子どもだからしばらくの間は様子見か手加減をしてくれると思っていた。
――――――――――――この時は…。
「―――――――それでは、始め!」
レイが大声で合図すると、その瞬間先程まで試合より自分の身なりを気にしていたババアの目つきは豹変しバシッと右手を前に出した。
レイが合図をした直後だった。周りの空気が僕のは肌感覚でもわかるくらいひんやり冷たくなった。そして、空気は彼女に吸い寄せられていき、その空気が水蒸気となり水となり氷となり…僕が気がつく頃には沢山の氷の粒が空中に漂い始めていた。
「な、氷!?」
このババアの能力は氷を作る能力なのか。
そして、その無数に作った頑丈そうな氷を僕に当てる訳じゃないだろうか。そんな使い方をしたら銃やマシンガンと同じだ。もしそんなことをしたら体が穴だらけになる想像は学年一の馬鹿である僕でも考えついた。
きっと、この女の辞書に手加減という文字はない。最初こそ余裕の態度の僕だったが、だんだんと雲域が怪しくなっていき不安になった。
その直後だ。
そしてババアが右手を振ると、漂っていた氷の粒が銃弾のように次々と僕へ向かってきた。
「ぎゃああああああああああ!」
命の危機を感じた僕は叫びながら一目散に逃げ出した。昨日戦った狂犬のアンドロイドなんかとは比べ物にならないほどの能力だ。僕を殺しにかかってきてる。
なんとか死にものぐるいで逃げ、僕という標的を見失った氷の粒達は地面に打ちつけられ粉々になった。
「うあああああ!何でなんだよ、このババア!てめぇ、手加減っていう言葉知らないのか!?はぁはぁ…はぁ…」
「これでも十分手加減しているのだが?私が攻撃を始めるまでの時間は与えてやったつもりだし、氷の粒達の硬度も水分量を多くして仮に当たっても外傷にならない程度にとどめてある。―――――本番はこうでは済まないんだぞ」
その場から1ミリも動こうとしない態度と僕を小馬鹿にし嘲笑うババアの面にだんだんと嫌悪感が湧いた。ただただ逃げるしかすべのない僕を
しかし、ランク1の力は本物で認めざるを得ない。僕は逃げるのに一杯一杯で今の所業を一度も発揮できていない。昨日戦ったアンドロイドには逃げながら業を出すという器用な事ができていたのに、この女相手だと何故だか”逃げる”というコマンドが最優先で他の行動を忘れてしまう。
冷静になって親指を押すだけなんだぞ。なんでそんな事もできないんだと、僕は自身を叱咤した。このままじゃ相手の思うつぼだ。一刻も早く挽回のチャンスを見つけ出さなければと急かされる。
すると、遠くから見守っているレイが僕に大声でこう言ってきた。
「ミナト!係長は能力は空気や水を操って氷にするんだ!係長は業の使い分けがほんとに上手い。その辺の業使いと比べ物にならないほどだ。銃などの精密で可動する物は無理だが、大気中の空気を氷にして簡単な武器にしたり、直接人体の水分を凍らせたりすることも出来る!」
ていう事は僕、氷漬けにされちゃうって事ー!?
「貴様のようなお子様相手にこの私が本気でいく訳無いだろう?悪いが、貴様は真剣でもこっちは暇つぶしさ。推薦状を書く気など最初からさらさらない」
完全に僕のことを舐めきってやがる。お子様呼ばわりにカチンときた。しかし、今はそれどころではない。乱れながら無数に飛んでくる小さな氷の塊を避けなければいけない。何が本気でいく訳無いだ。こっちは今にも死にそうだっつうの。
体力に自信がある僕でも息は荒くなり体力が消耗していっている。
だったらこっちは根性で勝負してやる。お前なんかに負けないくらい強い業使いだって証明してやる。
―――――――――――今だ。
「お願いだあああああ!ガイアアアアアアアア!」
僕が親指を押したその瞬間だった。僕の体はふわふわと軽くなった。いきなり僕の身体は糸で結び付けられたオートマティックで自動的。僕の両腕両足頭を誰かが上から糸で括り付け操ってるかの様な傀儡になった。そこには自分の意志など存在しない。
――――今の僕は誰かの操り人形さん。
この時だけ舞い降りた不思議な感覚だった。僕の皮だけが僕。ほかのものはすべて誰かのものになった気分だった。気味が悪かったが、おかげで押され気味だった僕は体制を整え攻撃一筋にシフトチェンジ出来た。僕は隼が如くスピードでババアに飛び込んだ。
それは全く別人と思えるほど忍の様な機敏で無駄のない動きだ。ババアもこれにはビックリしたのか余裕の表情から打って変わってお硬い面持ちになった。体術は苦手なのか僕の攻撃を受け止めるので精一杯の様子だ。
「貴様、いきなりどうしたんだ…!それは子供の動きではない」
「だから言っただろ?これが僕の能力”ガイア”さ。何が起こるかわからない。僕にも分からないんだからあんたにも分からない。ここまで行動が予測不可能な相手は初めてだろ?あんたは馬鹿にしたけど、これは僕の弱みでもあり強みでもあるんだ!てめぇなんかに、僕の魂まではやんねーよっ!」
そして、僕はそのスキにババアの顔面に一発蹴りを食らわせた。
「くっ…」
ババアは地面に跪くと腰に手を当て表情が強張った。しかし、汗一つかいておらず特徴的な黒髪も全く乱れてない。
まだまだこんなんじゃ終わらない。ダメージは与えられてないけれど、少なくとも相手の体力は奪えたはず、ここを叩き込めば僕の勝ちだ。次に、僕は攻撃を受けないよう低い体制を取り右足でババアの顔面を蹴っ飛ばそうとした。
しかし相手も只者ではない。瞬時に僕の足を掴み会心の一撃を防いだ。
その頃、レイと共に見物していたユウはこの戦いにいつの間にか見入ってしまっていた自分にはっとした。
「…乙神さん。正直俺、あいつはもっと弱いと思っていた。俺と同じ街に住んでいて、同い年で、同じクラスにいて、そんなただの人間が特別な訳無い。どうせ負ける、負けてしまえって思っていた。でも、どうしてあきらめないんだろうって、すごい不思議で…」
「ミナトもさ、特別じゃないよ。ただの人間さ。たまたま”選ばれた”からそう見えるだけなんだよ…。それにミナトは、人のために戦おうとする力を持っている。だから、これからもっと強くなれるんじゃないかな?」
レイはそう言うとユウにニコっと微笑みかけ、しゃがみこんでいる戸越のいる方向に体を向けると大声で叫んだ。
「係長ー!もう30超えてるしあんまり無理しない方がいいですよー!」
「巡査!今さっきから茶々入れてうるさいと言っているだろう!!それに年齢を言うな!周りには25ということにしてるんだぞ…」
うわ、30超えてるなんてマジでババアじゃねえか。正直目の下に小じわがあるとはいえスタイルが良くて若々しい容姿だったから、まだ20代ぐらいかと思っていた僕が恥ずかしい。勝手に損した気分だ。
しかし、このタイミングで五感すべての感覚がスゥっと僕に戻ってしまった。自分の意志で手もグーにできるし顔も上げられる。当の本人の僕にもこの能力がランダムの時間制限付きであることは百も承知だった。
「あぁん!もうっ!何で!?」
「この業を少し応用すれば氷ではなく水分を集めることだってできるのさ。これで形勢逆転、さよならだな」
すると、ババアは水で出来た弓を構え水の矢の集団が僕を襲いかかってきた。シャワーを浴びるってもんじゃない。ゲリラ豪雨の勢いを真正面から当てられている感覚だ。これほどまでに水を浴びて痛いと感じたのは初めてだった。
「うわーーーーーーーーー!」
僕はその水の勢いで砂場まで飛ばされた。
「…がっ、ぐがっ。…ぺっ!」
僕は口に入った泥砂を吐き捨てた。普段砂や泥なんて碌な味がしないが今日は苦くて口にしつこくこびりつく。
「ちょっと、係長!少しやりすぎです!まだ子供ですよ!」
ババアはレイの静止を一切聞かずコツコツと僕に近づき僕のTシャツの襟を掴んで怒鳴りつけた。
「―――――貴様は甘い!貴様の様な世間知らずが世の中にどれだけいると思う。目先の金、やり甲斐、社会的地位、そんな小さいモノに踊らされて何人の人生が潰され、どれだけ死んだ奴がいると思う!?」
僕はその強い言葉を聞くと一瞬で全身に込めた力が抜けた。
悔しいが経験皆無の僕なんかよりこの人の方が多くを経験している。上から目線な言い方は気に食わないが、それは紛れもない事実だ。
「専属能力者…。聞こえはいいが、私はこんな制度いつか廃止されればいいと思っている。上から戦えと言われたら、それがどんな未知の強敵であろうと戦わなければいけないんだぞ。人間相手ならまだしも、もし相手がアンドロイドだったらどうする?」
「…そりゃ、戦うに…決まってんだろーが…」
「そういう問いをしているわけではないっ!」
「もし、自分より強かったらどうする?自分の経験にはない能力だったらどうする?相手が自分の計り知れない残虐性を秘めていたらどうする?貴様のような甘ちゃんじゃ、足がすくんで終わりってとこだな。貴様に覚悟があるとかないとか、そういう問題ではない」
…だけど…だけど…。
「…それでも、なるんだ。僕が、いるから守れるモノだってある…。他の人の…笑顔が見れれば…僕はそれで…いいんだ…」
もう体力も底をつき泥だらけになった体はボロ雑巾の様にボロボロだ。それでも歯を食いしばり痰が絡んだガラガラ声で力強く言い張った。
自分で言った事だ、もう追い出されるでも何でもいい。でも、これで終わりじゃないんだ。またいつか挑戦できる。
だが、これだけは言っておきたかった。僕はその言葉を放った直後、ババアの少し驚いたような顔をうっすら見て気絶してしまった。
「…バカモンが」
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