第13話 試験当日!
「はっはっはー!やってきたぞ!試験会場!」
そう!やっとこの日がやってきた。専属能力者試験の日。
ハイテンションの僕は空に向けてグッと握りこぶしを作った。そして腰に手を当て、横断歩道の向こう側にそびえ立つ警察省本部のビルに向かって自信ありげに指差した。
本当に刑事ドラマで見る姿そのまんまで田舎臭く老朽化した八王子警察署のビルと対比したらこの大都会に見合った摩天楼と言って過言ではない。
「色々あったけど、ミナトも何とかここまで来たな」
「…はぁ、レイ。何とかここまで来たなって。紆余曲折、二転三転あったみたいに言うけど、1週間も試験の対策してないからな。それも全然手応えなし…。それに加えて実技なんてほとんどやってないんだぞ!」
「はぁ…。始まる前からネチネチ言ってると本当にそうなっちまうぞ」
「そう言ってもよ…」
僕はグニャンと背筋を曲げて落ち込んだ。
そりゃそうだ。レイと勉強しようと約束した日はテロリストの事件に巻き込まれて、何も手がつかなかったし。やっと昨日過去問のテキストを少し読んだが、ほんの数分で嫌になり結局寝てしまってこの日を迎えてしまったからだ。
今日の夕方頃の僕はどうなっているんだろうか。笑っているんだろうか、泣いているんだろうか。
今、確かなのは僕の中にあるものは100パーセント不安だけだってことだ。昨日までは天才現役小学生業使いになって皆にチヤホヤされる妄想にふけて笑っていたのに現実はこうだ。
こんなんじゃ、無理に決まっているし、落ちるのが当然だ。仮に落ちたとしても自業自得。僕みたいなバカが政府公認の能力者の試験に受かるわけないんだよな。
―――それに、こんなところで躓いているようじゃ、誰かを助けることなんて…。
そんな僕の肩にレイは手をそっと置いて微笑んだ。
「大丈夫だ。きっとうまくいく」
レイは『信じている』と輝かしくまっすぐな目をしていた。はあ、情けないよな。自分の事は自分が一番分かっている。僕ほど他人を裏切ってばかりの人間でも、他人の評価と自分の評価がここまで乖離しているととても胸が苦しくなってくる。レイを騙しているみたいでさ。
レイは僕が家で試験勉強なんかしないで自分の部屋で毎晩毎晩おやつを食べながらゲームをしているなんて知らないでこうやって声を掛けてくれるんだ。知り合って1週間ほどの仲なのに、どうも『お前の事は全部知っている』って言っているような気がして、それが辛い。
僕はレイの鼓舞に自信が無いながら不器用に頷くと、丁度信号が青に変わった。そして横断歩道の向こう側からやって来る人にもまれながらオドオドと歩いていった。
僕は1人でホールにあったこのビルの構造図を手に取り確認しながら静かなエレベーターに乗って、”東暦999年度第1回第3種能力者試験東京会場待機室”と書かれた部屋にたどり着いた。中へ入ると、教室ぐらいの大きさで長いデスクとパイプ椅子が置かれただけの部屋だった。もっと厳重な体制での試験かと思っていたから、色々と期待して損だったかもしれない。
他の受験者はどうかと僕はあたりを見回してみると、同じぐらいの年の女の子が1人だけ席についていた。髪は明るい茶色で高く1本にまとめてある。机に置かれた問題冊子は僕の物を含め2枚しかないし、これ以上受験生が入ってくることはないのだろうと悟った。
世界中にこの試験の会場はいくつかあるらしいが、中心都市の東京ですらこれしかいないとは思わなかった。きっと、第2種や第1種になれば待遇も基本的に雑用や通常業務しか任されない第3種とは雲泥の差だ。僕の年ともなれば見習いという立場にしかなれないだろう。受かる受からないは関係なく皆そちらの方を目指して流れていっているんだろうか。
それにしても僕とこの子、2人しかいないんだ。同い年ぐらい…だよな。どんな能力なんだろう。どうして受けに雇用って思ったんだろう。僕と同じ業使いなら彼女とウマが合うかもと思い、勇気を出して声をかけた。
「ねえねえ、僕須藤ミナトっていうんだ。君も業が使えるの!?」
「あっ。う、うん」
僕がテンション高く話しかけると、怯えた表情の彼女がこちらを見た。僕がいきなり話しかけたせいでビックリさせてしまったかもしれない。あんまりこういうノリ好きじゃないのだろうか。
「ご、ごめんごめん。突然驚かせちゃって…」
「いや、そんな事ない…」
見た目通り大人しいというかクールというか、もちろん無愛想なユウとは違った良い意味でのクールだ。背は高く大人びていて僕なんかより世の中を達観している様に感じた。子供とは思えない落ち着いた声、しなやかな茶色の髪、白い肌と長い指。僕とは何から何まで逆でそれが魅力や憧れにさえ感じる。
「そうなんだ!僕、須藤ミナト!君は?」
「花之木…ルカ…」
花之木ルカ、か。凛としていて良い響きの名前だ。
「へぇ、いい名前だね!ねぇねぇ、業が使えるんでしょ!?それどんなの?見せてよ!」
「そ、そんな大したものじゃ…」
「いいからいいから!」
すると、花之木はリュックの中からプラスチックの小さいボックスを取り出した。中には小さくて黒い胡椒のような何かがたくさん入っている。
その物体を数個、手のひらに乗せ握りしめるとグニャグニャと手の隙間から芽が出てきた。
「な、何これ!花!?」
「うん。私の能力は植物の種を急速的に成長できる能力なの。これはマトリカリアって花。可愛らしくてとても綺麗な花でしょ?はい、ミナトにあげる」
「うわーすっげー!ありがとう!これ、家に持って帰って栞にするよ。僕、本は漫画ぐらいしか読まないんだけどさ…」
凄く綺麗な花だ。小さくて幼い少女の様な花だから華やかな花々と比べたら主役とは言い難いが、僕はこういう花のほうが好きだ。
「ありがとう…。そう言ってもらえるととても嬉しい。でも、そうでもないよ…実戦じゃ中々使い物にならないし、この試験も受かるか分からない。それじゃあ、ミナトの能力はどんな能力なの?」
「恥ずかしながら自分でもどんな能力なのか分からないんだよ。何が起こるか分からなくて、親指を押すとバチーンって周りが明るくなったり色んなものを呼び寄せたりするんけど…」
「何それ、凄いっ、凄いと思う!ミナトの説明だと何がなんだか分からなくて言葉に表せないけど、何か凄い…!そんな強そうな能力だったら絶対受かるよ。でも、何で第3種なんか受けたの?絶対大人になるまで我慢して第2種や第1種受けたほうが良かったのに」
僕は自分の能力を褒められる事なんてなかったから物凄く照れくさくなった。
「え、えへへ…そう?そんな褒めなくてもいいのに〜」
僕は花之木に褒め倒されてニヤニヤが止まらない。どっかの木場ユウ君とは違って花之木は素直でめちゃめちゃいい子だな。
「でもさ、聞いてよ。推薦してくれたおばさんが使えない能力だー、お前なんかどうせ受からないーってホント、うるさくてさ〜…」
すると、前の扉からスーツを着た試験官が2人入ってきた。
「静粛に。時間だ」
そして、試験官はまだ花之木の席の前に立っている落ち着きのない僕に強い眼差しを向けた。流石にまずいと僕は冷や汗をかいて問題冊子の置いてある自分の席へついた。
「ではこれより第3種専属能力者試験の筆記試験を開始とする。筆記は4択問題で50分。カンニングなどの不正行為をした場合はその時点で不合格とさせてもらう。では私の合図で開始とさせてもらいます」
すると、試験官はすぅ~と息を吸い口に空気を溜めた。
「――――――――――――始め!」
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