偽りの救世主様、私を追放してくれてありがとう。辺境で本当の力と運命の黒騎士様と出会えたので、あなたの化けの皮を剥ぎにいきます

阿納あざみ

第1話

「おお、救世主様が降臨されたぞ!」


 私の大嫌いな女、岩村明日花が大勢の大人に取り囲まれている。

 沢山の人が、岩村さんをもてはやす不思議な場所にいたのだ。

 彼女は急に自分をちやほやしてくる者たちに動揺している。

 でも、その表情から察するにまんざらでもないようだった。


 一方で、私は擦り傷やアザだらけでへたり込んで戸惑っている。


「こ、ここは……?」

 

 何故私と岩村さんはこんな場所にいるんだろう?

 だってさっきまで、彼女に殴られていたのに。

 さっきまで、私は岩村さんに、放課後の校舎裏で暴力を振るわれていた。

 私の身体にアザを残すほど、いや骨を折るまでボコボコに蹴り飛ばしていた。


「おい、あっちは誰だ?」

「薄汚い……まるでドブネズミだ」

「王宮にこんなのを入れるなんて」

 

 人々の嫌悪の視線が突き刺さる。


 一体何が起こったのだろう。

 私はきょろきょろとあたりを見回す。


 そこはおとぎ話に出てくる宮殿のような場所だった。

 天井にはシャンデリアが飾られていた。

 太陽光を乱反射してまばゆいばかりにきらめいている。

  床はビロードというのだろうか、柔らかい真っ赤な絨毯が敷き詰められていた。


 ――異世界にでも来ちゃったみたいだ。

 

 そして私たち――岩村さんと私を取り囲むように、白い服の人たちがいた。

 男女問わずにいろんな人が、幾重にも輪を作って本を開いていた。


「まて、何故救世主がふたりいるのだ? 伝承ではひとりのはずではないか!」


 上の方からヒステリックとも受け取れる男の声が響き渡った。

 私たちを囲んでいた白い宗教的な服を着た人たちが一斉に頭を下げる。


「ふたりとも救世主なのか? もしくは片方は偽物なのか。説明をしろ神官長!」


 ヒステリックな声の先には、眉を吊り上げた美青年がいた。

 白い衣装ながらも随所に刺繍のほどこされた豪華な服を身に着けている。

 金糸のようなさらさらとした髪を短くきりそろえていた。

 その姿は、まるでおとぎ話の王子様のようだった。


 でもその姿には余裕の欠片もみえない。

 神官長に迫る言葉に思わず止めに入ろうとする。

 しかし岩村さんは一歩前に踏み出すとはっきり宣言した。


「私が本物の救世主、岩村明日花です。ですからその人を追い出す必要はありません」


 兵士も神官長も、エミリオ殿下も私も、みんな動きを止めて彼女を見た。

 その姿はその場にいる誰の目にも救世主のようにうつっただろう。


 でもそれは見た目だけ。


 私をいじめるときもその堂々とした態度で、己の正しさを信じて疑わない。

 自分勝手で傲慢な態度で、人を見下すのだ。

 そんな、よく言えばまっすぐな態度に、エミリオ殿下はほぅと息をついた。


「それではそこの、土と泥にまみれた汚い女は何者だ。イワムラアスカとやら、説明せよ」


「ええ、ご説明いたしますわ」

 

 岩村さんは不敵ににんまりと笑った。

 いつものように、私をいじめるときのように。


「この者は私のいた場所では穢れとして扱われていました。触ればそれがうつる不吉な女です。さらに救われないことに愚図で愚鈍。本当に愚かで馬鹿な生き物です。同じ人間と思うことすらおぞましい。エミリオ殿下。こちらが間違いなく偽物。いえ、或いは世界の破滅すらもたらすかもしれません。この者こそ追放すべきです」


 ――世界の破滅とは大きく出たなぁ。


 恐怖を通り越して呆れてしまう。

 確かに私は学校では穢れ扱いだ。

 私がうっかり他人に触れれば、感染するぞと鬼ごっこのようなものが始まる。

 通りすがれば罵倒され、浄化だと言って教科書の一部は燃やされて買いなおした。


 さらに昼休みや放課後は呼び出されて殴られ蹴られするのが当たり前だった。

 でも流石に「世界の破滅をもたらす」はちょっと言い過ぎだと思う。


 一方でエミリオ殿下はそれを聞くと大きく頷いた。


「で、あるならば。イワムラアスカの言葉を信じるなら、貴様は処刑が妥当だが……、魔女は死の間際に瘴気を吐くという。王都に瘴気を蔓延させるわけにはいかんな」


「ご覧ください。こんな薄汚い、穢れた救世主がいるでしょうか」


 岩村さんは私を手で示す。

 蹴られて転んで起き上がって殴られたせいで、制服は少しほつれている。

 それに校舎裏の湿った土のせいで全身泥だらけだ。

 私をぼろぼろにした張本人が、私をさらに貶める。


「放っておけばこの国に災厄をもたらすでしょう。言葉を聞けば惑わされる者もいるかもしれません。この女は魔女です。偽救世主として人々を洗脳する魔女なのです」


 岩村さんの演説にも熱がこもる。

 みんな彼女の言うことを心から信じ、大げさにうなずき驚いている。


「なんてことだ……」

「何故そんなものがこんなところに」

「追放すべきではないか?」


 エミリオ殿下はにんまり笑った。

 その笑顔は、何故か岩村さんのものとよく似ていた。


「確かに、ふたりの救世主などありえないのなら、片方は魔女であろう」


 嫌な予感がする。

 心臓が高鳴る音と共に全身に鳥肌が立つ。


「名乗る必要もない、救世主を騙る魔女め。貴様は最果ての地、クレメンテ地区修道院に送る。けがらわしい貴様にお似合いの、瘴気の森の果てで野垂れ死ぬがいい」



 △▼△▼△▼△▼△



 私はクレメンテ地区修道院に送られた。

 そこでは修道女が瘴気に侵された大地を延々と浄化している。


 ブラック企業クレメンテ地区修道院でも、ちょっとした休憩時間のようなものはある。

 魔物を狩りにやってきた賞金稼ぎへの情報提供の時間と、孤児たちの遊び相手の時間だ。

 子供達が私に水鉄砲を向ける。


「ふはははは偽救世主め! 退治してやる!」

「その称号は事実とはいえ名誉棄損だぞ!」


 どうやら今は初夏あたりらしい。

 だから水鉄砲を使ってもすぐ乾くのだ。

 びっしゃびしゃになりながら私はアマート君や他の孤児たちに水鉄砲を向ける。


「聖女アタック!」

「ぐああ浄化される~~!」


 子供たちが楽しそうに水鉄砲をかまえる。

 あふれんばかりの笑顔で水鉄砲が一斉に発射された。


「くらえ偽救世主!」

「一斉攻撃はずるいぞ!」


 バックステップで回避をする。

 ふと、背後に何者かの気配を感じた。


 ――挟み撃ちとは賢い!


「だが私には通用しないぜ!」


 振りむきざまに水鉄砲を、背後の気配に向けてまっすぐ撃ちぬく!

 私が撃ったのは黒い鎧の男性だった。


「………………」

「ご、ごめんなさいぃ!」

 

 美しい黒髪は水を浴びてキラキラと輝いている。

 顔半分を覆い隠す前髪はびっしゃびしゃに濡れていた。

 眉間のしわは深く刻まれて、いかにも不機嫌そうだ。

 手を所在無さげに固めているさまはどう見ても被害者。


 今日のお客様、騎士様がいらっしゃっていた。

 部下らしき騎士は私のしでかしたことに怒り心頭だ。

 

「黒騎士様に水をかけるとは何たる無礼!」

「すみませんすみませんすみません」

「ふたりとも落ち着いてくれ。私は気にしていないから」


 ショックのあまりぺこぺこしている私に、黒騎士様は落ち着いた声で話しかけてくれる。



「ごめんなさい、子供たちと間違えちゃって! す、すぐに拭きますね!」

「あ、ああ、いい、気にしないでください」

「いや気にしますから!」

「わぷっ」


 私はタオルを騎士様に押しつける。

 そのびしょびしょに濡れた顔を拭く。


 前髪の隙間から顔が覗く。



 ――この世界にはとんでもないイケメンがいるなぁ。


 アイドルというより宝塚系。

 格好いいというより美しい。

 この世のものとは思えない男性だった。



 その顔は、何故か恐怖に歪んでいた。

 真っ青な瞳が苦しそうに目をそらす。


 騎士様は慌てて顔を覆うも、ぎくりと何故か固まってしまった。


「な、これは……!?」


 まずい、怒らせた!

 私は頭を下げ続ける。特に何にも言われない。

 騎士様はぶつぶつと何か呟いている。

 しかし私には騎士様の言葉に耳を傾ける余裕はなかった。



「すみません、私たちはこの辺で……」

 

「修道女様。――名前をお伺いしても?」


 騎士様は去ろうとする私の手を掴んでそういった。

 

「サヨと名乗っております」


 騎士様は今までの真剣な顔からうってかわって優しく微笑んだ。

 

 ――うわやっぱめっちゃ美形。


 顔の片方は髪に隠れて表情はうかがえない。

 それでも端正な顔立ちというのはすぐわかる。


「サヨ様……また、会いましょう」

「あはは、そうですね」




「まさか、私の呪いが……?」



 △▼△▼△▼△▼△



 雄大な海は水平線の向こうまで紫に濁っていた。

 私は瘴気に侵されたカリスト街の海を浄化しに来ていた。


 どうやって浄化しようか、と海をぼーっと眺めた。

 途端、私の上空を黒い影が覆った。

 空と海がひっくり返る。


 私の身体は衝撃と共に宙に浮かんでいた。

 眼下には紫色に染まった海が見える。

 視界の端には巨大な蛇が、口を開けて待ち構えていた。


 ――た、食べられる!?


 喉から声にならない悲鳴があがる。

 真下にはぎらついた牙が並んでいる。

 大口が開け放たれて私を喰らおうと迫ってくる。

 

 私は海の魔物、シーサーペントの真上に吹っ飛ばされていた。

 私の身体は重力のままにシーサーペントの真っ赤な口へ真っ逆さまに落ちていく。

 食べられる瞬間が恐ろしくて目を閉じる。

 じょうろをぎゅっと抱え込んで死のその時を待った。


「サヨ様!」


 私の名前が呼ばれて目を開く。

 シーサーペントの身体を黒い鎧の男性が飛びかかっていく。

 長い髪をなびかせて、流れ星のようにまっすぐ走っていく。

 

 黒騎士様だ!

 鱗だらけの長い身体に黒騎士様の剣が突き刺さる。


「グォォォォオオオオ!!」


 シーサーペントは刺されて体勢を崩す。

 巨大な怪物の口元が真横を通り過ぎていく。

 ぎょろりとした瞳が私を捉えて恐ろしい。

 海へ落ちゆく私を黒騎士様が抱えてくれる。


「ご無事ですか、サヨ様」

「はい、ありがとうございます!」


 黒騎士様は私を安心させるようににこりと微笑んだ。

 だけど一瞬痛みをこらえるように眉間にしわを寄せる。


「ぐぅ……」

「く、黒騎士様?」

 

 ぼちゃんと海に落ちつつも、痛みや苦しさはなかった。

 黒騎士様がかばってくれたようだ。


「ぷはっ! げほ、げほっ!」

「ご無事ですね?」


 私が咳き込んでいると背を撫でてくれる。

 黒騎士様に抱きかかえられるまま海岸へ向かう。

 眉間のシワはなお一層濃く刻まれているような気がする。


「はい。あの、目は、大丈夫ですか……?」

「いつものことです。気にしないでください」


 シーサーペントが痛みで身をよじって波を起こした。

 私と黒騎士様はその波で運よく海岸まで流れ着く。

 黒騎士様の部下が、かわりの剣を持って駆け寄ってくる。


「瘴気の中だ。あまり長い時間の戦闘はできない! 戦闘時間は二十分とする!」


 剣を受け取りながら黒騎士様はシーサーペントと対峙する。

 部下である騎士団の方々も、シーサーペントに対して陣形を取る。

 黒騎士様が剣を手に部下の方々に指示を出す。


「対象シーサーペント! 討伐に移行する!」



 △▼△▼△▼△▼△



 結果、シーサーペントは黒騎士様によって討伐された。

 その後の瘴気に侵された海も、聖水で浄化できた。


「サヨ様はカリストにとって、伝説の聖女と同じなのです。浄化して下さり、ありがとうございます」

「……いえ、こちらこそ、ありがとうございます」


 気づけば私はぼろぼろと泣き出していた。

 緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。

 黒騎士様は白いハンカチを差し出してくれた。


「もし嫌でなければ、使いますか?」

「ああ、ありがとうございます……」


 やたらと細かい刺繍の入った綺麗なハンカチだ。

 私はそれで目元を拭う。

 返そうとすると黒騎士様は微笑んだ。


「ハンカチは差し上げましょう。カリストの浄化に対する感謝の証です」

「い、いいんでしょうか。私はただの修道女なのに……」


 それを聞いた黒騎士様は少しいぶかしんだ。

 何か変なことを言っただろうか。


「最近は浄化にかこつけて金品をせしめる修道女も多く見られると言うのに。サヨ様は清廉潔白ですね」

「そんな大したものでは……」


 教会を離れると黒騎士様は機嫌よく微笑んで質問をした。


「サヨ様はこの後お時間ありますか? カリストには素敵なカフェがあるとききました。もしよろしければ、二人きりの祝勝会をしませんか?」

「いいんですか!?」


 噂のカフェは昼のみの営業らしい。

 夜からは飲み屋、おしゃれに言えばバーになる。

 バーの時間帯は貸し切りで騎士団の祝勝会をする、ということか。


 私は目の前で紅茶を嗜む美形から必死で目をそらしながら関係ないことを考えた。

 絵になり過ぎて目に毒だ。美しすぎる。

 海の方ばかりを見てなんとか気を紛らわせている。


 私が目の前に視線を向けると黒騎士様はふんわり微笑んだ。

 

「やっと見てくれましたね」

「あっすみませっ違くてっ緊張してっ」


 あまりの慌てっぷりに黒騎士様はくすくすと笑いだした。

 上品な笑い方だ。地方の騎士はもっと豪快なものだと思っていたのに。


「……サヨ様には、感謝しているんです」


 黒騎士様は隠している右目を抑えるように手を当てた。


「私の顔の右半分には、呪いがあります。幼い頃、瘴気を吸い込んだことによる呪いです。その為、酷く醜い。前髪で隠しているのもそのためです」


 黒騎士様はこうべを垂れるように視線を下へ落とす。

 黒騎士様の言葉は、罪の告白にも聞こえた。

 誰に対する懺悔かは分からない。

 でも、黒騎士様の言葉は、誰かに対する謝罪のように、かよわいものだった。


「ですが、貴方は、呪いを解いてくれた」


 ぐっと、前髪を耳にかける。

 私は息をのんだ。


 端正に整った、美しい顔だった。

 細い眉、ぱっちりとした蒼海のような瞳。

 醜い顔なんてどこにもない。

 男女ともに魅了する美しい人だ。


 私が何も言えないでいる間に、前髪は戻された。

 黒騎士様はにっこりと微笑んで、得心が言ったと頷いた。


「きっとサヨ様が聖女様なのでしょう」

「私はそんな大したものでは」

「いいえ、きっとそうです」


 黒騎士様は、座る私の横に膝をついた。

 その表情は真剣そのものだ。

 呼吸が浅くなる。心臓が高鳴る。

 プロポーズみたい、という乙女心を押さえつける。


「どうか、この国の大地を浄化していただけませんか」


 黒騎士様は、私の目をまっすぐ見つめている。

 確信に満ちた青く透明な瞳が、私を射貫く。

 私の力を信じ切った、頼りにしているという信頼の笑みを浮かべている。


「すみません、私は本当に、聖女なんて大したものではないのです」


 私はその誘いを断った。

 卑下ではない。だって浄化なんて修道女ならみんなやっている。

 頑張るなんて誰でもできることだ。


「そう……ですか……」


 でも黒騎士様の表情は、非常に残念そうだった。

 眉をさげてうつむきがちに微笑む。

 愛しい人に何かを断られて、それを気取られないように作る笑顔。


 ――でもいい。大地の浄化はみんながやっているんだから。


 何より私には聖女を名乗れない大きな傷がある。


「噂はご存じでしょう。私は王都を追放された偽救世主です」

「……やはり、貴方が……」


 やっぱり知っていた。

 騎士団ならエミリオ殿下のことを知っているだろう。

 王子様に追放された偽救世主のことも。


「私は、聖女ではありません。私を聖女だというなら、他の修道女も同じです」

「……サヨ様、貴方は自分が信じられないかもしれない。でもどうか、自分がしたことをどうか、認めてください」


 それはどこか縋るように見えた。

 捨てられた子犬みたいな顔も出来るのか。

 美形は恐ろしい。こんなに胸が高鳴る。


「ぐぅ……あ、ありがとうございます」


 私が美形オーラに抵抗できないでいると、黒騎士様はふと気づいたようだ。

 

「……もしや、呪いの浄化は普通出来ないのをご存じない?」

「えっ出来ないんですか? みんな?」


 黒騎士様はちょっと頭を抱えている。

 申し訳ないが私は何も知らないのだ。


「もしかして魔物の浄化とかも出来ない?」

「出来ませんよ!」


 黒騎士様はかなり頭を抱えている。


「もしや私ってすごい?」

「かなり……」 


 不意に、黒騎士様は私の手を取った。


「……私にとっては、貴方こそが真の聖女です」

「ありがとうございます。……そこまで言われたら、ええ。貴方のための聖女なら、いいかもしれないですね」


 偽救世主呼ばわりされていても、浄化は人より上手い。

 そこは自信をもっても良さそうだ。


 パンケーキを食べ終え、祝勝会はお開きとなった。

 私は黒騎士様に頭を下げる。


「それでは、また会えたら……」

 

 カフェから立ち去ろうとするも、黒騎士様は敬礼をした。

 びっくりして何も言えないでいると、黒騎士様は微笑んで言った。


「ありがとう。貴方のおかげでカリストも私も救われた」

「……ありがとうございます」


 まっすぐ感謝を伝えられるのは、やっぱり嬉しい。

 出張のいいところだな、と少し浸った。



 △▼△▼△▼△▼△



 王都は突発的な瘴気の噴出によって侵された。

 さらに瘴気が引火して発生した大火事によって王都中が炎に包まれた。

 それを何とか鎮めた後、私は黒騎士様と合流した。


 私の肩を黒騎士様ががっしりと掴んでいる。

 ただでさえカチコチの私をさらに動けないよう引き寄せた。

 何だか嫌な予感がしたが、もう逃げられる雰囲気ではない。


「瘴気や火事、様々な被害があった。皆苦労をかけた」


 人々は現実に項垂れる。

 確かに今日は酷い一日だった。

 私もうっかり暗い顔をする。


「だがそれらすべて、こちらにいる伝説の聖女サヨ様が、聖なる雨を降らせて解決して下さった」


 あれ? 話の流れが変わったな?

 民衆の視線が一気に私の元へそそがれる。

 

「偽救世主、魔物使いの魔女とは全て風聞である! 正しくは伝説の聖女サヨ様だ。知らぬ者には聖女サヨ様の名前と共に知らせてくれ」


 何か言おうと黒騎士様を見上げると仮面の奥でウインクされてしまった。

 現状反論はさせてくれなさそうだ。


 外堀を埋められた!

 愕然とする私を放置して、黒騎士様は話をどんどん進めていく。


「この場は第一王子ジェラルドがおさめる! 沙汰は追って知らせる。今は瘴気や火事からの復興に全力をそそいでくれ!」


 エミリオ殿下が騎士に囲まれているのをチラチラ見ていたが、国民はその説明で満足したらしい。

 まわりから拍手が響いてくる。


 ――すごい、何だか綺麗に収めてしまった。

 

 色々言いたいことがあった。

 それでもその場はそれで良いと民衆を納得させた。

 声音や言動、態度ですべてコントロールしてみせたのだ。

 何よりさっき名乗り上げた名前に、私は驚いた。


「黒騎士様は、王子様だったんだ……!」


 茫然としていると黒騎士様改めジェラルド殿下が私を引き寄せる。

 その場にいた人たちの視線が私に集まっていることを自覚する。

 私に感謝と好奇の目が一斉に向けられていた。

 黒騎士様は手を大きく振り、私を指し示した。


「今は、王都を救った聖女サヨ様に、盛大な拍手を!」

「あ、いやっ聖女じゃ……」


 私が否定する隙も無い、割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 さっきまで不安そうだった人たちも無邪気に感謝を述べている。

 誰かが指笛を鳴らしたりして歓声という音が鳴っているようだ。


「ありがとう聖女様!」

「貴方のおかげで助かったー!」

「聖女様っていたんだ!」


 聖女じゃないです、と言えない状況に追い込まれてしまった。

 黒騎士様改めジェラルド殿下に文句を言おうと視線をあげる。


「聖女じゃないっていいましたよね……!?」

「私にとっては聖女ですから」

 

 ジェラルド殿下はいたずらっ子のように笑った。



 △▼△▼△▼△▼△



「黒騎士様!」


 思わず呼び慣れた方を口にしてしまった。

 そこには仮面を外し、鎧も脱いで王族のような仕立てのいい衣装を着た黒騎士様がいた。


「ふふ、本当はジェラルドと言います」


 あまり気にしていないそぶりでくすくすと笑った。

 上品すぎて吐息すら美しい。

 黒騎士様改めジェラルド殿下は私の正面のソファに座ってまた優雅に微笑む。


「この国の第一王子です。正体を隠していて申し訳ありません」


 ジェラルド殿下は頭を下げる。

 私もつられて頭を下げて名乗る。


「あっ。し、失礼しました。ジェラルド殿下。改めまして藤堂小夜と申します……」


 頭を起こしたジェラルド殿下は、何だか楽しそうに笑って両手を振る。


「そこまでかしこまらなくていいですよ」


 ジェラルド殿下は頭を下げる。


「……まずは王都の浄化をしてくださってありがとうございました。おかげで王都は救われました」

「いえ、そんな。滅相もないです」

「サヨ様の成したことは、まさに伝説の聖女の再現。もしくはそれ以上です」


 そう言われても、まだ実感がわかない。

 ジェラルド殿下は身に着けた仮面を外しながら言う。


「私はサヨ様にこの顔の呪いを解いていただきました。あれから時間が経ってしまいまたこの顔は醜く蝕まれました。それでも、私は貴方に二度救われたのです」

「黒騎士様……」


 大層なことはしていない。

 でも、浄化は彼にとって人生を一変させる出来事だったのだろう。


「私は貴方の為なら何でもする。呪いを解いて、聖女の奇跡を見せてくださった」


 あの日、カリストで言ってくれたように、力強く言う。


「貴方は私にとって聖女ですから」



 黒騎士様は万人をおとしてきただろう甘い表情で微笑む。

 一呼吸おいて、ジェラルド殿下はおそらく本命の話題を切り出した。


「貴方の功績をたたえて、サヨ様には正式にこの国の聖女となっていただきたいのです」


「ええっ!?」

 

 ジェラルド殿下の言葉を必死で咀嚼する。

 この国の聖女。


 聖女と言えばお伽噺の存在だ。

 世界を浄化した伝説の聖女。

 ただ一生懸命浄化してきただけの私には似合わない称号すぎる。

 紅茶をこぼしそうなほど震えている。


「サヨ様は今回の火事や王都の浄化、カリストの海の浄化……。この功績なら聖女になれます」

「ほ、本当ですか……?」


 火事と王都の浄化は分かりやすく国に届いたのかもしれない。

 一番身近な被害だったから。

 

「私も後押ししますからね」


 そして笑顔のまま紅茶に口をつけた。

 王子様らしい気品と優雅さとさりげなさだ。

 コップから少しも音がしない。

 でも見惚れている場合じゃない。


「サヨ様には、人より浄化が上手な修道女として、この国の各地を回って浄化をしてもらいたいのです。ただ、その浄化には私もついて行きます。公務ですからね」


「……ジェラルド殿下は、私を聖女にしてどうしたいのですか?」


 ジェラルド殿下は目を見開いて固まった。

 カップとソーサーを机に置いて前かがみになる。

 ぎゅっと手を握って、何処か苦しそうにも見えた。


「私は……サヨ様には、本当の救世主になってもらいたいのです」


 救世主。

 どきんと心臓が鳴った。

 私が最初に呼ばれた理由だ。

 あの時は岩村さんが救世主ということになったけれど、実際どうなのかはわからない。


「私は、この国だけでなく、世界中の瘴気に苦しむ人々を救いたいのです」


 それは壮大な夢だ。

 この世界がどれほど広いか分からない。

 でも世界中の瘴気に苦しむ人々が、大勢いることは確かだ。


「そのためには伝説の聖女、大地を真の意味で浄化できるサヨ様のお力が必要です」


 ジェラルド殿下は私の目をまっすぐ見た。

 真っ青な瞳の中に覚悟が宿っている。

 ジェラルド殿下は手を差し伸べてくる。

 その手は少し震えていた。


「どうか、聖女として各地を巡って、浄化をしていただきたい」


 私も瘴気に苦しむ人々を助けたい。


「わかりました。その話、お受けいたします」


 差し伸べられた手を取る。

 ジェラルド殿下の瞳がぱっと明るくなる。

 握り返される手のひらは力強くて心地よかった。

 ジェラルド殿下に改めて宣言する。


「私、聖女になります!」



✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼

 あとがき


最後まで読んでくださりありがとうございました。

こちらは現在連載中の作品のプロトタイプです。

連載版はアルファポリスで「そうは聖女が許さない 〜魔女だと追放された伝説の聖女、神獣フェンリルとスローライフを送りたい……けど【聖水チート】で世界を浄化する〜」に改題して投稿しています。

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