3.13 倫理的な尋問


「あ、あのそれであなたたちは?」

「私はこの事務所の責任者の鷺ノ宮です。あなたのお名前は?」


 キョドる池原。

 僕は悠々と茶を啜ってみせる。


「池原さん、ご安心ください。ここは生半なことでは手を出せない場所です」


 悪名高き魔法連盟の事務所。

 そして一階に常駐する性悪悪魔。

 襲撃する奴がいればそいつは相当の変態か自殺志願者だ。


「私たちは、貴方を攫おうとしていたタチの悪い悪魔たちを追いかけていました。そしたら偶然、貴方があの場所に居たので助けた次第です。幸運でしたね」


 こんな時、忌々しい己の風貌が役に立つものだ。

 女性然とした僕に微笑まれた池原はだらしなく鼻の下を伸ばし、すっかり警戒心を緩めてしまっている。


 男ってアホよな。第二の脳みそが股にぶら下がってるんだから。


「それで、貴方は何であの連中に追われていたんですか? 詳細に教えてくれると助かります。彼らも厄介な相手です、事情がわからなければ力を貸せません。信用ができない人を事務所に置き続けることもできません。我々も時間がありません」


 混乱し怯える相手へ、「助けてあげますよ」と「従わなければ後は知りませんよ」という飴と鞭を同時に差し出す。

 そして猶予を与えない。

 これで従わないわけがない。


「……俺、警官です。警察で、押収品とかの保管する場所の管理してたんですけど」


 池原は藁にも縋る様子で語り始める。


「あの、俺、実家が東北の寺で、いろいろそのヤバい物がなんとなく分かるんすよ。で、殺人とかの事件の押収品のなかに、けっこう呪いみたいなのがついたヤバいの、混じってて」


 常人に話したら正気を疑われる話だが、僕は相好を崩さず相槌を打つ。


「時々なくなったりするんですよ、押収されたヤバいのが。いや、なくなるっていっても、棚が空になるんじゃなくて、似てるけど全然ヤバくない別物が代わりに入れられてることが時々ありました。こんな話誰かに言ったって信用してもらえないし、職場でヤバい奴って思われるの嫌だったから、横領されてるかもって誰にも言えなかったんですけど」

「なるほど、確かに。池原さんの気持ちはよくわかります」


 どうでもいい共感を示しながら、僕は池原の身体反応を観察していた。


「でも俺が逃げるちょっと前に、マジヤバい禍具が消えたんすよ。東北では有名な、子どもの死体とかで作る呪いの人形、民仏でヤバいのがあって、寺に供養で出された時なんか坊さんたちが総出でどうにかしなきゃいけないやつ、名前はえっと……」

「『オクマサマ』ですね?」


 警視庁から流出した禍具の中でも『百度連砂ハロー・ハロー・アトロシティ』に次ぐ厄タネ、甲二種禍具。


「それです、真っ赤な産衣たくさん着たあれがなくなって、うわこれ本気でヤバいぞって思ったんですよ。誰が何のためにやったのか知らないんすけど、あんなん持ち出して何してるんだ、これいい加減盗んでる奴どうにかしないと本気でシャレんならんこと起こるって」


 池原は真っ青だった。

 僕は無言で頷く。


 東北に起源をもつ『生ひ立つ神』、不遇の死を遂げた子どもの遺骨より作られる『オクマサマイノセント・イービル』は概念的に「育つ」禍具だ。

 持ち主が子どもの範として丁重に祀れば守護神として成長するが、粗末に扱い悪しき教育を施すと、関わった人間を起点に災厄を振り撒く疫神となる。

 また、基盤にある素材が子どもゆえ癇癪を起こしやすい。

 育ったオクマサマは過去に村三つを疫病で滅ぼしいまや禁呪とされる。


 何を振り撒くかわからず、御しきれぬうえ用途が狭いので魔法使いは欲しがらない。

 だが政治家や経営者といった験を担ぐ者からは人気が高く、裏では高額で売買されることでも有名である。


「それで俺、監察に匿名でタレ込んだんですよ。あ、監察ってわかります?」

「警察の警察ですね。続けて」


「はい。ヤバい奴って思われたくないし、あんなん盗んでるイカれた奴にバレたら何されるかわかんなかったから、内緒でタレ込みました。そしたら数日後に、監察の巡査長が一人で調査に来ました。メガネかけたノッポで、足ちょっと引きずってる奴です。素知らぬフリしてましたけど、俺にはすり替えと横領のタレ込みの真偽を確認しにきたってわかりました」


 池原の後ろで本郷の表情が険しくなっていく。

 正義感の強い彼女は、警察内部での汚職を聞いて何を考えているのだろう。


 ……僕は逸れかけた思考をどうにか戻し、池原の話を理解しながら同時に池原がウソをついていないか疑う作業を続ける。


「俺、やっと犯人見つかんのかなってちょくちょく観察してたんですよ。そしたらなんかあいつおかしくて。保管庫なんて始終刑事が証拠を置いたり裁判に使うために取りに来たりするのに、俺たち保管庫番を疑い始めました。ある時は、ロッカールームで俺たちのバッグとかこっそり漁ってました。その時はでも、後ろ暗いことないから大丈夫って思ってました」


 盗み見る本郷の顔が、一層剣呑なものに変わる。


「でも、ヤバかったのはあの監察のメガネだったんですよ! 犯人の一人は市木ってやつだった、観察の中に犯人がいたんです! 多分、あの市木ってやつは監察内でも目つけられてたんだと思います。あの日、俺は市木と同じ訓練所のロッカールームいたんですけど、途中で監察の別の班の奴らが入ってきて、市木を取り押さえました。そんで市木のバッグ漁ったら、保管庫にあった呪いの人形とかが出てきました。そしたらあいついきなり、なんかもってた禍具使ってバケモンみたいなの喚び出して契約して、取り押さえてた警官全員ぶちのめして逃げたんです!」


「それは怖かったですね。それで、なんでそこから池原さんの逃亡生活に繋がるんですか?」


「あ、はい、俺、タレ込んだ監察の市木がやってたんだ、やべえってビビりました。でもヤバかったのはそこからで、ロッカーにあった俺の荷物の中にも、盗まれた禍具が入れられてたんですよ。俺その時わかりました、俺が荷物から目を離してる隙に、市木が罪なすりつけるために俺の鞄に入れたんだって。俺どうしたらいいかわかんなくなって、慌てて保管庫に行って、俺がやってないって言える証拠ないか、監察の人間が俺を捕まえにくる前にみつけようとしました。けど市木の方が早かったみたいで、俺が担当してた日の入退室記録とか、持ち出し記録とかが全部あきらかにいじられてました。出入り口の録画データも、何でかわかんないけど、特定の日だけ消去されてて、俺が横領に関わってたって誰が見ても勘違いする状況をでっち上げられてました! それで、それで俺、このままだと監察に捕まるって思ってパニクって逃げちゃいました」


 語る池原の様子は鬼気迫るものだった。


 どうやってここまで逃げ続けられたのかを問うと、「前に監察が県外に逃亡した警官を追いかけるのを手伝ったことがあるから、監察の追跡手法がなんとなくわかってた。Nシステムとか駅前のカメラとか基地局の電波とかできる限り気をつけてた。泊まるときとかも偽名を使い分けてた」と答える。


 東北の地元に帰らず、大阪や京都に潜伏しながら何をしていたのか問えば、「とにかく人混みに紛れながら、自分が流出した禍具の横領犯じゃないって証明できないか考えてた」という。


 顔と喋り方に似合わず、危機対処がしっかりした男だった。

 これまで話した内容が全部本当なのだとしたら。


 僕は彼がウソをついていたのか、どうにも見極められなかった。

 なので。


「お話いただきありがとうございます、池原さん。それじゃあちょっと話は変わるんですが、この瓶をみてもらえますか?」


 懐から取り出した小瓶を掲げながら、『起きろ、ゴジョジェ』と命じた。






                 *






 結論から言うと、池原の発言にウソはないように見える。


 ウソをつけない程度に意志を弱めた催眠状態下、僕は同じ質問を池原に繰り返した。

 夢見心地でぼんやりした池原は、ゆっくりふわふわした口調で質問に答えた。

 異界蛸ゴジョジェの催眠下では答えさせるのにやたら時間がかかるし、頭を使う複雑な質問は理解してくれない。

 抽象思考や仮説思考に依拠する応答もできないなど、正直死ぬほど時間がかかって面倒臭い。

 ついでに言うと、魔法生物を使った尋問に関してはやって良いこととだめなこと、尋問時の事前・事後手続きが魔法連盟の内規でガチガチに決まってるため、プラスで面倒臭い。


 何にせよ僕の嫌う面倒臭さを重ねても、池原の語る内容にはウソがみいだせなかった。

 だけどディミトリーは種を譲ったのが池原だって明確に言ってたはずだ。


 一体どういうことだ?

 本郷の美麗な眉根にも、深い縦皺が刻まれていた。


「だいぶよくわからんことになってきたな珠厨音」

「ええ。流出禍具に関わった連中はみな池原がばら撒いたと言う。あれらが口裏を合わせているとは思えない。だけど、池原本人は否認している。じゃあ誰がウソをついている?」

「……わからん。そっちはゆっくり考えよう。それはともかく、池原さんの身柄はこれからどうする? さすがに犯人じゃなさそうな人を地下監獄送りにはできんだろ?」


 僕も本郷と同じくらい渋面を浮かべる。


 正直警察内部のゴタゴタになんて巻き込まれたくない。

 だが京都支局の支局長として、一連の流出の下手人を立てて報告書を書かなきゃならない。



 そのとき、本郷の警察支給の携帯が着信を知らせた。


 連絡先を見て、時計とカレンダーを交互に確認する本郷の顔が青くなっていく。


「あ、どうもお世話になっております本郷です、はい、はい! ……え!? あ、えっと、あはい、大丈夫です、はい、それではまた後ほど!」


「誰からですか、潤さん?」


「……池原さんの件で完全に忘れてた! 今日、ここに警視庁の藤川管理官が挨拶に来る予定だったよね!?」



 目先のタスクに脳のリソースを割き、すっかり忘れていた僕からも血の気がひく。

 そうしてしばらくの間すらなく、チャイムが鳴った。



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