19.私はこの海底都市を守る者。
海底都市をクラゲたちが赤く照らす。先ほどまで淡く青く光っていたクラゲたちは危険を知らせるように赤やオレンジに発光している。その光は街の人々の不安を煽る。
都市の端に現れた幽霊船。船体から木片が剥がれ都市に降り注ぐ。幽霊船の影となった家々の住人は急いで外に飛び出し逃げ惑う。転ぶ者、泣き叫ぶ子供、悲鳴、怒声、地上は混乱していく。
ソラはイルカの背でオトにしがみつきながら状況を眺めていた。時計台の鐘のある高さからでは、地上の人々が小さく見える。幽霊船とも距離がある。ソラはその非現実的な光景に夢を見ているような気がしてくる。
だが、オトや街の人々の不安や緊張感が現実だと告げるようにソラの心臓を叩く。船はゆっくりと都市中心の大神殿を目指しているようである。
オトはイルカの背びれを強く握る。ソラにはそれがオトが安心感を求めているように感じられた。オトとイルカのスズキさんには絆のようなものがあるように感じられた。
神殿の方が騒がしくなる。神官が何人か出てきて幽霊船を見ながらなにやら話し合っている。オトはそれを見て、スズキさんに神殿に向かうように指示する。尾びれが水面を叩く。
スズキさんが神殿に近づく前に中から女性の人魚が出てくる。
「長老…」
オトが思わず口に出す。ソラは空耳かと疑う。長老?あれが?ソラの目は細かくその人魚の姿を観察する。
オトと同じくらいの肩を覆う長い髪。毛色は黒。その容姿はどう見ても20代。オトよりも落ち着きがあり、大人びて見えるのを考慮しても30代前半。とても長老と云われる年齢とは思えない。〝ちょうろう〟。ソラは自分が思い描いたのとは別の意味の言葉かと思案する。
「あれでも90代なのよ。人魚はある年齢から不老になる。だから人魚の血を飲めば不老不死が手に入るなんて言われるの。
実際、不老なのは自分たちだけで不死でもないけど」
ソラの疑問を察してかオトが答える。90代⁉ソラの混乱が増す。そして、目の前のオトの横顔をのぞく。
「私はまだ不老になってない。17歳。君と同い年くらいでしょ?」
「うん。俺は16歳。」
二人をのせたイルカのスズキさんは長老の元にたどり着く。オトは焦りが混じる声で長老に問いかける。
「あれはなんですか?
普通の船には見えませんが?
見張り番も船の発着の予定は無いと…。」
オトの問いに長老の顔が曇る。
「わからん。これから私が直接様子を伺いにいく。」
「危険ですっ。」
長老の答えにおもわずオトは声をあらげる。しかし、長老はオトの顔を見て微笑むと警護に数人神官をつけ幽霊船へと泳いでいく。
あわててスズキさんに指示をだし、泳いでいく長老の横に並ぶ。オトが何か言い出す前に長老が説明する。
「街の上空にあの船が来てしまった以上、傍観するわけにはいかん。
では誰が様子を見に行くかになれば当然私だ。私にはこの街の人々の安全を守る責任がある。」
オトは言い返さない。声から長老の覚悟が伝わってくる。そして、長老に向けていた視線を幽霊船に向ける。静かに口を開く。
「お供します。」
長老も何も言わない。黙って軽く頷く。一行は徐々に幽霊船に近づく。逃げ惑う地上の人々はそれに気付き様子を伺う者もいる。皆一様に不安が顔に出ている。
ゆったりと進む幽霊船から船の軋む音が辺りに響く。ソラたちは幽霊船の船首までたどり着く。船の甲板には誰もいない。異様な静けさに恐怖が増す。
帆のマストの下に、座りこむ人影が見えた。一同はそれに気付き息をのむ。ドクロ。白骨化した人間だ。それを見てソラはこの船はやはり死んでいるようだと感じる。
一通り目視で甲板を見渡して、長老は船全体に響くように問いかける。
「私はこの海底都市を守る者。
連絡をうけていない船の航行は住人の不安を煽る。
誰かいるのなら理由を聞かせてもらおう。」
船は静まりかえっている。傷んだ船の悲鳴だけが耳に届く。微かな物音がした。ソラはそれに気付き音の方に目を向ける。
帆のマストに、背をもたれた骸骨がわずかに姿勢を変えたように見えた。船の揺れか波の影響だろうと思う。だが、ソラの目はその髑髏から離れない。ほかの者たちは辺りを見回し警戒している。ソラの視線は動かない。
長老の呼び掛けは続いていた。返答のない問いが船にこだまする。オトや神官たちは船内の様子を見に行くか相談している。
そのとき、異変がソラの視界に入ってくる。ソラは目を剥く。間違いない。動いた。肉のない屍の足の指が確かに動いた。揺れでもない、波でもない、確かな意思によって動いていたのだ。
骸骨の足が地面を捕らえ微かに音を鳴らす。しかし、船の軋みに隠れ皆は気づかない。ソラだけが骨の擦れる音を聞いているように感じる。
「みんなっ。あれっ!」
おもわずソラは声をだし目に映る異常を指差す。一同はその指の先に視線を映す。長老は表情を変えず視線を移す。オトは異常に気付き開いた口元に手を当てる。
屍はゆっくりと立ち上がりこちらを見ていた。眼球の無いその窪みからは鋭い視線が向けられていた。クラゲたちの赤い光が骸骨を照らし異様な不気味さを演出していた。
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