20.屍を操り、月を従える
甲板のソラたちに緊張が走る。ソラとオトはスズキさんから降りている。二人を守るようにイルカのスズキさんは前に出る。
その前に人魚の長老が腕組みをして立っている。黒い髪と青い尾びれが波に揺れる。四人の神官が長老を守るように立つ。四人は腰に下げた鞘から刀を抜き構える。
クラゲの赤い光に不気味に輝く刀身を見てソラはおもわず唾をのみこむ。皆が目の前の骸骨の挙動に注視している。
立ち上がった骸骨は静止したまま動かない。肩から胸にボロボロの黒い布を纏っている。それがただの布か衣服だったものかは判断できない。
骸骨は右の手のひらを上にして持ち上がる。一同は、姿勢を変え身構える。甲板を足が滑る音に緊張感が増す。ソラは胸を抑える。心臓の鼓動が息苦しさを助長する。オトの指先が小刻みに震え水を揺らす。
神官たちは刀を構え、骸骨の次の行動を待つ。長老は腕組みしたまま動かない。視線だけが鋭く光る。一瞬、背後のオトたちを心配し首を後ろに回す。しかし、すぐに骸骨に視線を戻す。その一瞬、長老の視界の端に映ったソラ。彼の周囲を漂う一匹のクラゲだけが淡い青色の光を放っていた。
骸骨の手のひらにビー玉のような光の玉があらわれる。それはしだいに大きくなる。ピンポン玉、野球ボール。最後はソフトボールくらいの輝く玉となる。
クラゲの淡い光に比べるとその輝きは鋭い。玉の表面に凹凸があり、まるで小さな月のように見える。
緊張で静寂が訪れる。船の軋む音は先程より大きく響いている。崩れる木片が水の浮力をうけてゆっくりと地上に落ちる。
「跪け」
誰も動けない。空気が硬直する。静寂を割き、骸骨の声が聞こえる。だが、骸骨の口に動きはない。鼓膜を振動させるのではなく、脳に直接語りかけてくる。
船の軋む音が一瞬止む。その瞬間、玉の光が輝きを増し辺り一帯を包んだ。
直後、神官やオト、イルカのスズキさんが地面に倒れる。
神官たちの落とした刀の音が甲板に響く。オトはおもわず悲鳴をあげる。まるで上から何かに押さえつけられるように立ち上がれない。長老も腕組みしたままかろうじて立っているが、表情を歪め歯を食い縛っている。
ソラは動揺する。皆に何が起こったか理解できない。彼だけがあの不思議な能力の影響をうけていない。オトや神官たちの表情から冗談でないことはわかる。心臓が喉まで跳ね上がり、手のひらに冷たい汗が滲む。
音を立て歩きながら骸骨が近づく。ひじをおり腰の位置に手のひらを構える。手のひらの小さな月は照明のように輝く。その美しさが骸骨の容貌をさらに不気味に染める。
神官たちを無視し骸骨は長老の前に立つ。頭一つ分高い骸骨が首を傾げ長老を見る。その眼球の窪みは闇に染まり黒さを増す。長老の頬を汗がつたう。骸骨は左手で自分の顎を撫でる。
「この月の霊力を耐える精神力。こんなちっぽけな都市の長にしておくには惜しいのぉ」
骸骨の声が脳に響く。悪寒が走るほど低く冷徹な声。長老の呼吸が荒くなる。重力に抗うように顎をあげる。口角も少しあげる。そして、口を開く。
「長く生きるものだ。こんな大物に会えるとはな。屍を操り、月を従える。そんなことができるのはこの世界で一人しかない。」
その言葉に骸骨は頭をあげ長老を見下ろす。変化こそ見せないが髑髏が嘲笑しているように見える。再び脳内を言葉が駆ける。
「我は冥界の
冥月王は長老に興味を失くしたように横を通りすぎる。甲板は異様に静かだ。冥月王の足音だけが響く。
ソラは動けない。恐怖がソラを縛る。冥月王は真っ直ぐソラに向かってきている。足音が響くたび心臓が異様に鼓動する。開いた口が渇く。
鋭い月の光が周りの人びとの影を伸ばす。ソラにはそれがまるで自分に迫る怪物の手に見えた。
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