14.私の特別な才能。
海面に泡の道ができる。尾びれから立つ泡は飛行機雲のように伸びていく。
ソラはイルカの背びれを掴み、先導する人魚の少女オトを追っていた。
オトは時々、潜水したかと思うと、楽しそうに水面を跳ねる。イルカがそれをまねる。ソラはその度に、爽快感と興奮を覚えた。
海面から見る景色は変わらない。どこまでも続く青い空。流れる雲だけがその景色が静止画でないことを告げる。
海上に見えるは、二人と一匹だけ。海中ではソラとオトの周りを魚たちが取り巻く。色とりどりの魚たち、銀色の魚群は海中に射す光を反射し輝いた。
先刻の不安と恐怖、混乱を忘れたようにソラの目は輝きを取り戻した。思わず、興奮で叫びだしたくなる。
だが、心の隅には不安が残っている。先程、少女と二人で海中を泳いだ。優雅な散歩ではない。あの穴、井戸へと続くあの穴が本当に消えてしまったのか探したのだ。
どこまでも続く珊瑚礁の森を見渡したが、穴らしきものは見当たらない。
オトの周りに小魚たちが寄ってくる。オトは魚たちの語りに耳を傾けるようなポーズをとり、頷きを返す。
「この辺りだって。ソラが出てきた穴があったのは。
君が首長竜に釣られて飛び出して海面に跳ねあがってからすぐに穴は消えたんだって。」
オトは穴のあったであろう海底を指差して言った。そして魚たちに、ありがとね、と言うように手を振った。美しい人魚の少女。年は17か18歳、ソラより少し大人びて見えた。
ソラは思ってた疑問を口にした。少しの不信感と興奮を混ぜて。
「魚の言葉がわかるの?」
オトは前髪をかきあげながら、ふふと微笑む。「そうよ。」と返事がくる。
「でも、この世界の誰もが魚と会話できるわけじゃない。
私の特別な才能。
まあ、他人からは幽霊が見えるみたいなものだから信じなかったり、不気味に思う人もいるけどね。」
オトはそう言ってイタズラっぽく笑う。たが、その目はどこか切なさを帯びていた。ソラは思わず口を開いた。
「素敵だよ。その能力。全然、不気味じゃない。
この海の中じゃ、友達にも困らないし。うん。素敵だよ。」
オトはソラを見つめた。吸い込まれるような美しい瞳で。それから、顔中に花を咲かせるように笑った。
「ありがとう、ソラ。」
感謝の言葉にその笑みが自分に向けられたものだと理解しソラはうつむき、赤面する。オトは穏やかな表情でソラを見つめている。
オトは指笛を鳴らした。海中に笛の音が響く。一瞬間があり、遠くから一匹の魚の影が近づいてくる。その魚はオトの前に現れると尾びれで水を叩き、器用に立つ。
イルカだ。ソラはこんな至近距離でイルカを見るのは初めてだった。思わず笑みがこぼれ、鼻が鳴る。オトはソラにイルカの背に乗るように促す。イルカもソラの足元にすり寄ってくる。
そして、イルカとソラ、双方を紹介する。
「ソラ。このイルカは〝スズキさん〟。
スズキさん、この子は、ソラ。私の新しいお友達。」
ソラはそのイルカの名に少し戸惑うがどうもと軽く会釈する。スズキさんは嬉しそうに鳴いている。よろしくだってとオトが通訳する。
水しぶきが頬を叩いた。イルカの背に乗るソラは思わず目を閉じる。握っている背びれの固さが安心感をくれる。
スズキさんが徐々に速度を緩めているのがわかる。目を開けると前方でオトが海上で手を振っている。花の咲くような笑顔で語りかける。
「ソラ。もうすぐ目的地だよ。これから、一気に潜るからスズキさんから離れないようにしてね。」
うん。とソラは答える。穏やかに揺れる波、その下には深い青が続いている。スズキさんの背からは海底の様子はわからない。
オトが潜り、しぶきがあがる。スズキさんがそれに続く。オトとスズキさんは尾びれを揺らしながらどんどん海底にもぐっていく。
潜るほど辺りは暗くなり、海中の青さが増したように感じる。目指す先の海底が、淡く光っていることにソラは気づく。
そして、いくつかの建物の影が水中に現れた。神殿のような建物。藻に覆われた四角い小さな家々も見える。ソラの胸が脈打つ。胸いっぱいに息を吸う。
海底都市。目的地が見えてきた。
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