第16話 ピンチ



「おい、須田」


戦闘訓練場につくなり先生はおこ(怒ってる)だった。その理由はもう単純明快で、そこの須田ってやつが遅刻してきたにも関わらず何食わぬ顔でしれっと皆に混じっていたからだ。


「なんですか?先生」

「なんですかじゃないだろ。何かないのか?お前遅刻してきただろ」

「……あー、まあ俺忙しいっすから。昨日も遅くまで動画編集してて。すんません」

「いい加減にしろ。そんなこと理由になるか」

「次から気をつけまーす」


明らかに舐めてるな。一触即発状態の所で、他の先生が仲裁に入ってくれた。


「まあまあ、落ち着いて。今日は日程詰め詰めなんですから、時間勿体ないですよ。さ、すぐに試験を開始しましょう」

「すみません、そうですね。如月先生」


先生たち十数人が試験開始のために最終打ち合わせを始めた。それを見計らって須田はニヤニヤと笑いながら取り巻き達と会話をし始める。


「ったく、俺を誰だと思ってんだよ。黒緑竜を倒した男だぞ?あいつに黒緑竜をソロでやれんのかっつー話だよ。実力もねえくせに」

「確かに!黒緑竜倒せるなんて、C級複数人でもヤバいっていうのに、須田君すげえよな」

「マジそれな。しかも須田君武器無しで勝ってるんでしょう」

「それ、そこ!ありえんくらい強いっしょ!!武器なしなんて!!」

「……え、じゃああの雷の魔法だけで倒したって事?須田君やばぁ」

「はは、だろ?俺様だからな?高火力の『矢雷』で一瞬だったぜ」


……え、そんなにヤバいのかあいつの『矢雷』の破壊力。黒緑竜ってドラゴン系だから魔力攻撃効きにくいはずなんだけど。

魔法のみで倒すって、それBの上級かそれ以上ないと不可能なんだが。これ、確実に盛って話してるな。


しかし実戦経験の浅い生徒たちは須田の話を信じ込んでいるみたいだった。

まあ、無理もないか。あいつは天才のイメージが強いし、確かに周囲とは一線を画す力を持っていた。A級シーカーの両親から生まれた期待のホープ。兄はA級の上位シーカー。


そして無詠唱魔法の雷魔法『矢雷』は、一族が継ぐ高火力スキル。才を継いでいる天才の証。


あの自信満々な態度とその血のブランド力が、ある種のカリスマ性を生み周囲を信じ込ませているんだろう。


「須田くん何級になるんだろう」

「うーん、どのくらいかな」

「三回のあった実戦テストも凄かったしねー」

「みんな余裕そうだったよね!ポケットに手入れたまま雷でどかんって感じで!」

「確か今までの最高記録がC級でしょ?」

「え、でもC級って出たの今までの生徒で一人だったよな?」

「Cの下位だったよね。ギリCみたいな」

「でもすげえぞ。Cになれたら。普通に大手ギルドから勧誘が山ほどくるぜ」


確かにC級は凄い。普通にギルドからお誘いが来てダンジョン探索に混ざれるレベル。強力な戦力として見られるランクだ。

でも、俺が狙っているのはEだ。理由は簡単で、もうこれ以上目立ちたくないから。

ただでさえ世間から注目されてる俺がここで高い等級を出してしまうと、よりその傾向が強まり面倒な事になるはず。故にE狙いだ。

ちなみにその等級でもちゃんと仕事は貰えるくらいのレベルである。というか悪くない評価。運が良ければギルドにも誘ってもらえる。


(……今の俺は魔力量的にはD級シーカーくらい。それが俺のスキル効果だと考慮されるとしても(素の魔力でスキルじゃないけど、スキルが魔力強化って報告してあるので)まあEにはなるだろう)


ちなみに凄い奴はだいたいD級の下くらいの評価になる。それも一人二人出れば豊作。

今の俺はスキル切ってるし、そこまでの等級にはならないはず……ってかなったら困る。その為にもスキルをオフにしてるんだし。Dもかなり目立つからな。


「――でも、さ……やっぱり佐藤はF級かな?」


お?なんか今俺の名前が聞こえた気が。


「佐藤ってスキル無しだろ?ならFの下狙えんじゃねえか?」

「何それ、そんなシーカー最弱じゃんウケる」

「はははは、ヤバいじゃんFってだけでも落ちこぼれなのにFの下って!」

「おい、やめろって!聞こえるって佐藤に!ぷぷ、くく」


え、なにそれ内緒話のつもりだったの?なら声のトーンもっと下げてくれない?余裕できこえてるんですけど。

声大きすぎて俺の横にいる女子が無駄に気まずそうにしてるんだけど。ごめんね、なんかあいつらが気まずくしちゃって。


「あれ、でも佐藤って確かスキル発現したんじゃなかった?」

「そうなん!?やばー」

「でも佐藤だしFっしょ」

「ぶふーっ!あはは!!」

「つうかなんのスキル?」

「魔法系じゃね?しらんけど」


いや適当すぎるだろ!


「けど、須田くんと同学年なんてかわいそうになってくるよな。歳も同じなんだろ」

「天才と落ちこぼれ」


……天才と落ちこぼれか。前の俺ならそのワードに気が滅入っていたはずだが、今となっては都合がいいまである。

須田が目立てば目立つ程俺の影は薄れるからな。だから頑張ってほしい、応援してるまである。


(っていうか、先生たち遅くないか。まだ話し合いしてる……どうしたんだろう)


その時、ひときわ須田の取り巻きが沸いた。


「さすが須田くんだなー」

「C級を超える宣言痺れるー!!」

「ははは、俺様ならやれるだろ。なんつったって、黒緑竜を倒した男だぜ?C級が束になっても難しい魔物をソロで倒したんだ、そりゃC級超えるだろ!!」


そりゃまあ、そうなんだけど。でも君絶対ソロじゃないし。

ってかソロでやれるって、B級になっちゃう……。


「つーか本気出してB級になっちまおうっかなー!!?」


B級になっちゃった!!おいおい、いくらなんでも、流石に取り巻きもこの発言で目がさめちゃうんじゃ……こいつ頭大丈夫かってなるだろこれは。


「スゲ……」

「かっこいい、須田くん」

「ヤバいな、伝説なるじゃんBとか」

「やべー」

「はっはっは!!だろ?見てろって、この俺様がサクッと伝説作ってやっからよ!!」


……もう、色んな意味で伝説的な存在ではあるな。


俺があの界隈にドン引きしていると、やっとこ先生たちの話が終わり、こちらへ来た。


「待たせてすまんな。それじゃあこれから順次身体能力のテストを受けてもらう。そんで最後に対人での戦闘力をみて終了。その総合値でシーカーランクが決まる」


先生が上の方に手を向けた。訓練施設の二階にはスーツ姿の人間が十数人立ってこちらを見ていた。


「例によって、ギルド関係の方々も見ている。スカウト貰えるように気張れよー」


その言葉に生徒たちの目の色が変わる。ここにいる者たちは目的は違えど、ギルドに入りたいという思いは同じだ。そのチャンスがあるこのテストは真剣でないものは一人としていない。


「……ふぁ~あ。ねみ」


須田以外。……いや、っていうか、なんであんなやる気ないの?

そういえば前の、俺が遭難した時のダンジョン訓練ではスカウトされなかったのか?

あ、そうか。多分、実家のギルドに入ることが決まっているからやる気ないのか……。


そうして始まったテスト。まずは筋力測定。魔力有りの状態と無しの状態を測った。


「……」「……」


測定者の先生と俺は出た数値を眺め真顔になる。そこには平均的なシーカーの二倍の数値が出ていた。魔力ありなしのどちらも。

俺の後ろに並んでいた女子が凄い顔してて気まずくなっちゃう。


「先生、やり直して良いですか?」「なんで!?」


不具合かとも思ったが何度やり直しても同じだった。頑張って加減しようとすると、極端に数値が小さくなったりブレまくったので、結局最初に出た数字での登録となった。


平均値の二倍ってやばいだろ。……妙だぞ。スキル切ってるのになんで?


(……おかしい、おかしいぞ)


確かに向こうで鍛えてはいたから、少しは力も増してはいるとは思う。けど、流石に二倍はあり得ないだろ。

俺は目を閉じスキルの確認を行う。ちゃんとオフになっているのを見て、再び首を傾げた。


「はは、どーしなんだよ佐藤。結果がしょぼくて青ざめてんのか?」

「……え?あ、いや別に」

「はっ。強がってんじゃねえよ。ほら、どけ」


俺を押し退ける須田。……どうでもいいけど今度ダンジョン一緒にいくんだよな?その相手である俺とは仲良くしといた方がよくないか?こういう奴ってなんでわざわざ波風たてちゃうんだろう。取り巻きが観てるからか?

こんな感じだといつか痛い眼見そうだなぁ。……どうでもいいけど。


俺がその場から去ろうとした時、須田の測定を見ていた生徒たちがざわついた。

魔力はアレだけど、筋力はそれなりにあるんだろうな。


「……え、須田くん測定値平均の三分の一?ガチ?」

「測定器故障してんじゃ……」

「さすがにそれは、非力過ぎんじゃんね?」


須田の顔が真顔になり、故障かもという事で別の測定器が登場。須田の顔は明るくなったが、すぐにまた真顔になる。いや、ちょっと……青ざめてるな。

俺は絡まれると面倒なので背を向け次の測定場所へ向かう。このテストは訓練室の各所で様々な測定を順次行っていく形式だ。次は投擲……距離と精度。


「まあ、本気出して測定器壊しちまったら困るからな」などと須田の虚勢がきこえたが悲しいので聞かなかったことにした。


そして様々な測定を一時間かけ終えた。マジで疲れた。

何が疲れたって、いい具合の結果を残すのに気を遣ったのが精神的に。

投擲の精度を測るテストは、的当てでうまい具合に外せたけど(ちゃんとやればほぼ100%で当てられる)飛距離は加減が上手くできなかった。そんな感じで色々なテストでは意味不明なほど好記録なものとしょぼいモノに二分され、先生たちが困惑していた。

……こんな事ならちゃんと事前に平均値をとる練習しておけばよかった。


(大丈夫かな。バランスとろうとして、あえてしょぼい結果のやつも沢山作っちゃったけど、これミスってFの下とかになってないよな……)


これこそまさに後の祭りという奴である。これまでテスト前には必ず予習したりして人一倍努力はしてきたつもりの俺だったが、まさかこんな感じの予習が必要になる日が来るとは思いもしなかった。

けど、まだ測定は完全に終わったわけではない。さいごにある対人戦で少し良い感じのとこ見せて終わろう。それなら……Fの上かDの下くらいには行けるだろ。


(……しかし)


俺は自分の手の平を見つめた。ここまで行ってきた測定で分かったことがある。

それは、俺が普通じゃないということ。あのスキル『スキルポイント+』はいうまでもなく、それをオフにした俺自身も。

おそらく、あのスキルを発動していた時の力に俺の肉体が引っ張られ強化されていたんだろうな。

筋力養成ギプスみたいな感じだろうか。それとも、負荷がかけられた筋肉や骨が壊れ、より強く強靭なモノになるような感じかな。


ふよふよ浮きながら眠るアリスに目をやる。


(そういえば彼女も言ってたな)


強い魔法を使うにはその大元である魔力を鍛える事。魔力をもつモノの体内には魔力回路という、魔力が通る血管のようなものがあって、それに負荷を掛ければ壊れより多くの魔力を引き出せるようになる。


スキルはたくさんの魔力を消費する。その際、魔力回路に負荷がかかり強化されていく。

スキルの無かった俺にはそれが出来なかった。皆のように魔力を強化する術を持たず、だからこそ魔力量も少なかった。


(でも、あの世界で俺はスキルを手に入れた)


なんだか生まれ変わったような気分だ。ダンジョンで遭難する前と今では見える景色が全く違う。


クラスでの立ち位置も扱いも同じはずなのに、全然違う。

陰口一つで悩んでいたのが不思議なくらい、心に余裕がある。


「……強くなったんだな、俺」


改めてそう思った。


***


「――……というわけで、最終テスト。対人戦を行うぞ。第一試合は、須田と佐藤。そこに置いてある自分に合う訓練用の武器を持って中央へ来てくれ」


いいいいいいやあああああーーーー!!!!!!!


禍々しい笑みを浮かべる須田の顔を見て、俺は心の中で悲鳴を上げた。



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