第9話 鉄と火の工房

 柵と堀を築き、村の防備を固め始めてから一週間が経った。

 村の空気は以前よりも引き締まり、人々の目に活気が宿り始めていた。


 だが、それでも俺の胸には焦燥があった。

 槍はあっても、刃が鈍い。農具を削っただけの武器では、いずれ限界が来る。

 鉄を打ち直し、槍先を鋭くする必要がある。


「鍛冶が欲しい……」


 呟いた俺に、側にいた古老が頷いた。


「実は、隣村に腕の立つ鍛冶がいると聞き及んでおります」


 その名を「勘兵衛」と言った。

 普段は鍬や鎌を作るが、戦が続く昨今は槍や刀の修繕も請け負うらしい。


「勘兵衛か……。よし、迎えに行こう」


◆ ◆ ◆


 数日後、俺は若者二人を連れ、隣村へ向かった。

 道は細く、人の背丈ほどの草に覆われている。

 時折、戦で荒れた跡が目につき、焼け落ちた家の黒い柱が痛々しく立っていた。


 隣村に入ると、鍛冶場の前で逞しい男が鉄槌を振るっていた。

 汗に濡れた体、腕の筋肉は丸太のように盛り上がっている。

 これが勘兵衛だろう。


「おう、旅の衆か?」


 彼は槌を止め、こちらを振り向いた。

 鋭い目つきだったが、その奥には誠実さが見えた。


「俺は、この村の領主――いや、まとめ役をしている者だ。名を……」


 一瞬、名をどう名乗るか迷った。

 前世の名を出すわけにはいかない。

 結局、村で呼ばれているままに「宗一郎」とだけ伝えた。


「宗一郎殿か。で、俺に何の用だ?」


「お主の腕を借りたい。我が村に工房を築き、鉄を打ってほしい」


 勘兵衛は目を細めた。

 周囲の村人がざわめく。


「……あんたの村、戦で揉めたと聞いたが」


「ああ。だが退けた。次が来る前に備えたい。そのためには武器が要る」


 俺の言葉に、勘兵衛はしばし考え込んだ。

 やがて大きく息を吐き、槌を肩に担いだ。


「面白ぇ。いいだろう、宗一郎殿。俺の槌、預けてやる」


◆ ◆ ◆


 勘兵衛を連れて村へ戻ると、人々は大きな歓声で迎えた。

 彼は早速、川辺に工房を設ける場所を選び始めた。


「風の通りがよく、炭を焚きやすい。水場が近けりゃ鉄も冷やせる」


 その言葉に従い、皆で木材を運び、炉の基礎を組んだ。

 やがて村に「カンッ、カンッ」と鉄槌の音が響き渡る。

 その音は、まるで村の心臓の鼓動のように感じられた。


◆ ◆ ◆


 勘兵衛は早速、農具を槍へと打ち直した。

 これまでの鈍い先端が、鋭く光る穂先に変わっていく。

 村人たちはそれを見て、感嘆の声を上げた。


「すげぇ……! これなら敵を突き破れる!」


 さらに彼は短刀を作り、若者に握らせた。


「槍を失えば丸腰だ。腰に差す刃も要る。忘れるな」


 その実用的な助言に、俺は内心で深く頷いた。

 未来の戦国大名が強かったのも、こうした細部を整えていたからだ。


◆ ◆ ◆


 夜、工房の火が赤々と燃える中、勘兵衛が俺の側に腰を下ろした。


「宗一郎殿、あんた……ただの村人じゃねぇな」


 低い声でそう言われ、思わず肩が跳ねた。


「何故そう思う」


「普通の百姓なら、堀だの柵だの、槍の訓練だの思いつかねぇ。……戦の理を知ってる」


 勘兵衛の目が鋭く光る。

 この男にはごまかしは通じない。


 俺は少し考えた末、苦笑を浮かべた。


「……まあ、戦の理に少し詳しいだけだ」


「ふん、言えねぇ事情があるってことか」


 勘兵衛はそれ以上追及せず、笑って肩を叩いた。


「だが、俺はそういう男が嫌いじゃねぇ。村を守るために槌を振るうのなら、俺は喜んで協力するぜ」


 その言葉に、心の奥が温かくなった。

 信頼できる仲間がまた一人増えた。


◆ ◆ ◆


 数日後、訓練中の若者たちに新たな槍が渡された。

 槍先が光り、列を組んだ姿は以前とは比べものにならないほど精強に見えた。


「突けぇっ!」


 俺の号令で、一斉に槍が前に突き出される。

 鋭い穂先が夕陽を反射してきらめいた。


 その光景に、胸が熱くなる。

 この村は、確かに強くなっている。


――鉄と火。

 それが俺たちを次の段階へ押し上げる。


 戦国の荒波を渡るための礎が、ここに築かれた。

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