第7話 血の重さ

 勝利の歓声が、ようやく収まった。

 村の広場には、疲れ果てた男たちがへたり込み、肩で息をしている。

 槍を握る手は血に濡れ、震えていた。


 敵は退いた。確かに、俺たちは勝った。

 だが地面に転がる死体が、その事実の重さを突きつけていた。


◆ ◆ ◆


「……藤吉が……」


 誰かの掠れた声が耳に入った。

 振り返ると、まだ若い村人が槍を抱え、呆然と立ち尽くしていた。

 その足元には、胸を深々と刀に切られた男が横たわっている。


 藤吉。

 鍬を担いで畑を耕し、訓練のときには笑って「槍は重えな」とぼやいていた。

 その彼が、もう動かない。


「う、うそだろ……おい、起きろよ……」


 隣にいた仲間が必死に肩を揺さぶる。

 だが、藤吉の目は閉じたまま、二度と開くことはなかった。


 その場に嗚咽が広がり、周囲の村人も黙り込んだ。

 歓声は消え、重苦しい沈黙だけが残った。


◆ ◆ ◆


 俺は深く息を吸い、膝をついて藤吉の亡骸に手を添えた。

 冷たい。ほんの数刻前まで生きていたはずなのに。


 ――これが戦だ。


 頭のどこかで冷静に理解していた。

 敵を殺すということは、味方もまた死ぬということだ。

 それでも、実際に仲間の死を目の当たりにすると、理屈は霞んでいく。


 喉の奥に鉄の味が広がり、胃がひっくり返りそうになった。

 俺は必死に堪え、藤吉の瞼をそっと閉じた。


「……すまない」


 それが誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


◆ ◆ ◆


 戦の後、村人たちは黙々と働いた。

 傷を負った者を運び、井戸水で血を洗い、倒れた者を板に乗せて運び出す。


 女や子供も駆けつけ、泣きながら手を貸した。

 子を亡くした母が声を張り上げて泣き叫び、その姿に胸が締め付けられる。


 勝利は確かに得た。

 だが、それは失われた命と引き換えだった。


◆ ◆ ◆


 夜。

 村の広場に、火が焚かれた。

 藤吉を含め、戦で倒れた三人の亡骸が並べられる。


 村の古老が、低く祈りを捧げた。

 焚き火の炎が揺れ、泣き声とすすり泣きが夜に溶ける。


「……戦なんぞ、するもんじゃねえ……」


 誰かが呟いた。

 その声に、俺は返す言葉を持たなかった。


◆ ◆ ◆


 夜が更け、焚き火が小さくなった頃。

 俺はひとり、村の端に立っていた。

 風に血の匂いが混じり、遠く犬の遠吠えが聞こえる。


 胸の奥に渦巻く思いが収まらない。

 藤吉の笑顔、母の泣き声、血に濡れた槍。


 ――これが戦国の現実だ。


 歴史を知っていたはずなのに、俺は甘く見ていたのかもしれない。

 勝てば喜びがある。だが、それ以上に「重さ」がのしかかる。


 それでも。


 逃げるわけにはいかない。

 村を守らねばならない。

 藤吉たちが死んだ意味を無駄にしないために。


◆ ◆ ◆


 俺は空を仰いだ。

 戦国の夜空は、星が手に届きそうなほど鮮やかに瞬いている。

 その光を見ながら、心に誓った。


 もっと強くなる。

 村を守れるだけの力を手に入れる。

 未来の知識を使い尽くして、戦に勝つ仕組みを作り上げる。


 藤吉の死を無駄にしないために。

 誰もが生き残れるようにするために。


 焚き火の光が最後に揺れ、消えた。

 夜の静寂の中で、俺は静かに拳を握った。


――血の重さを忘れるな。

 それが俺の戦の始まりなのだから。

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