第6話 初陣

 土の道を踏みしめ、十数名の影が近づいてきた。

 槍、刀、棍棒。粗末ながらも武器を手にした男たちだ。

 顔には無精髭、目には獣のような光。村を食い物にしてきた山賊まがいの連中だ。


「へっ……村ひとつ、まるごといただきだな」


 先頭の男が口の端を吊り上げる。

 その声を、草むらに潜む俺たちは息を潜めて聞いていた。


◆ ◆ ◆


「まだだ……」

 俺は囁くようにして合図を送る。


 村人たちは罠の周囲に身を潜め、槍を構えている。

 手に汗を滲ませ、肩を震わせている者もいる。

 それでも誰ひとり逃げ出そうとはしなかった。


 ――あの日から、皆で準備してきたのだ。

 鍬を置き、夜まで槍を突き続けた。

 手の皮が剥けても、声を枯らしても、誰も音を上げなかった。


 だからこそ、この瞬間に賭ける。


◆ ◆ ◆


 敵の一団が村の入口に差しかかった。

 その足元――掘り抜いた落とし穴が口を開けている。


 先頭の男が一歩踏み出した瞬間、地面が崩れた。


「うわああっ!」


 悲鳴が上がり、二人が穴に落ちる。

 底に仕掛けられた木杭が肉を裂き、血が飛び散った。


「なんだ!? 罠か!」


 敵が慌てて立ち止まる。

 その隙を逃さず、俺は声を張り上げた。


「今だ――かかれ!」


◆ ◆ ◆


 草むらから村人たちが飛び出した。

 槍を突き出し、一斉に敵へと押し寄せる。


「うおおおっ!」

「突け、突けぇ!」


 怒号と悲鳴が入り混じる。

 槍の先が敵の腹を抉り、石が頭に命中し、血が飛び散った。


 初めて人を突いた村人の顔は青ざめ、震えている。

 だが隣の仲間が叫ぶ。


「やれ! 俺たちの村を守れ!」


 その声に、男は再び槍を突き出した。


◆ ◆ ◆


 敵は想像以上に混乱していた。

 罠に怯え、槍の壁に押し返され、まとまりを失う。


「畜生、百姓どもが……!」


 刀を振りかざした敵の一人が村人に迫る。

 俺は咄嗟に駆け寄り、長槍でその腕を払った。


「ぎゃあっ!」


 敵が倒れ込む。

 自分の手が血で濡れているのを見て、胃の奥がひっくり返りそうになった。

 だが立ち止まる暇はない。


「怯むな! 押せ! 槍を突け!」


 声を張り上げると、村人たちは必死に前進した。


◆ ◆ ◆


 やがて、敵の一団は耐えきれず、道を転げるようにして逃げ出した。

 穴に落ちた仲間を放置し、罠を恐れて後退する。


「ひ、ひきあげろ! こんな村、割に合わねえ!」


 怒号を残し、敵は森の奥へ消えていった。


◆ ◆ ◆


 静寂が訪れる。

 村人たちは槍を手に立ち尽くし、互いの顔を見合わせた。

 誰もが震えていた。恐怖で、そして……勝利の実感で。


「勝った……のか?」


 誰かが呟く。

 その言葉を合図に、広場に歓声が広がった。


「勝ったぞ!」

「俺たちが追い払ったんだ!」


 皆が槍を掲げ、涙を流し、声を上げて喜ぶ。

 その光景に胸が熱くなり、思わず膝が震えた。


◆ ◆ ◆


 だが同時に、俺は知っている。

 これは始まりに過ぎない。


 敵は必ず報復に来る。

 今日逃げた者たちが、より大きな勢力を呼び寄せるかもしれない。


 村を守るには、もっと強くならねばならない。

 槍だけでは足りない。弓、城、同盟。

 未来知識を総動員して、この村を戦国の荒波に耐える力を与えねばならない。


 村人たちの歓声の中、俺はひとり心に誓った。


――これが、俺たちの初陣だ。

 必ず次へと繋げてみせる。

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