第5話 戦支度
夜が明けると同時に、村の広場には男たちが集められていた。
十数人。皆、粗末な衣を着て、農具を片手に立っている。
鍬、鎌、木槌。中には竹を削っただけの棒を持ってきた者もいた。
「……これで、戦になるんでしょうか」
誰かが不安げに呟いた。
その声はすぐに広がり、場の空気が沈む。
俺は一歩前に出て、村人たちの顔を順に見渡した。
皺だらけの老人もいれば、まだ髭の生え揃わぬ若者もいる。
戦など縁のなかった者たちだ。だが彼らにしか、この村を守る術はない。
「みんな、聞いてくれ」
声を張ると、ざわめきが収まった。
俺は胸を張り、言葉を続ける。
「俺たちが相手にするのは大軍ではない。岡部領から流れてきた山賊まがいの連中だ。数も多くて二十、三十ほどだろう」
村人たちの間に小さなどよめきが起きる。
数を聞いて安心した者もいれば、逆に震えを強める者もいる。
「確かに、俺たちは武士ではない。だが戦う術はある。知恵を使えば、農具だって武器になる」
そう言って俺は、足元に置いていた竹槍を持ち上げた。
先を火で炙り、硬くした簡易槍だ。
「この槍を突き出すだけで、人は近づけない。並んで構えれば、敵は恐れて足を止める」
俺の言葉に、村人たちは槍を手に取って構えてみる。
ぎこちないが、それでも何かを掴もうとする目の色が見えた。
◆ ◆ ◆
その日から、村は一変した。
昼は畑を耕し、夜は訓練。
槍を突き出す練習、石を投げる練習、罠を仕掛ける作業。
「もっと腰を落とせ! 突きは真っ直ぐだ!」
俺は声を張り上げ、村人の動きを正す。
最初は笑っていた子どもたちも、やがて真剣な表情で見守るようになった。
村の女たちは食事を用意し、子どもたちは石を集めてきた。
老いた者は木を削って槍の柄を作る。
誰もが役目を持ち、村全体がひとつの軍のように動き出していた。
「若様、落とし穴が出来ましたぞ!」
勘解由が誇らしげに報告してきた。
村の入口に掘った穴の底には尖らせた木杭を立ててある。
簡単な罠だが、敵にとっては十分な脅威となるだろう。
「よし、あとは草で覆っておけ。夜になれば見えん」
俺の指示に、村人たちは大きく頷いた。
◆ ◆ ◆
夜、囲炉裏端で一人になった時、俺はふと己に問いかける。
本当に、この人たちを守れるのか、と。
俺は未来から来た知識を持っている。
だが知識だけで戦が勝てるとは限らない。
相手が予想以上の兵を連れてきたら?
武装した武士が混じっていたら?
考えれば考えるほど、不安が胸を締め付ける。
だが同時に、昼間の光景が脳裏に浮かぶ。
子どもが笑いながら石を集める姿。
女たちが疲れた男に握り飯を差し出す姿。
老いた勘解由が、自ら穴を掘って汗を流す姿。
――守りたい。
心の底からそう思った。
それだけで、俺は再び拳を握ることができた。
◆ ◆ ◆
数日後、見張りに立っていた若者が血相を変えて駆け込んできた。
「若様! 東の道に、武装した連中が見えました! 十人以上はおります!」
広場がざわめきに包まれる。
村人たちは顔を見合わせ、不安げに槍を握った。
俺は深く息を吸い、声を張り上げた。
「皆、落ち着け! 俺たちは準備してきたはずだ!」
村人たちの目が俺に集まる。
恐怖に揺れるその瞳を、俺は力強く見返した。
「この村は俺たちの家だ! 誰にも奪わせはしない! ――立て、戦の時だ!」
その声に応えるように、村人たちが一斉に槍を掲げた。
刹那、胸の奥で鼓動が高鳴る。
初めての戦。未来知識を背に、俺たちは試されようとしていた。
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