第3話 初めての実践

数日後。

 俺は村はずれの畑に立っていた。


 村人たちが集まり、俺の指示で区画を分ける。

 一方には従来通り稲を植える準備を。

 もう一方には、麦と豆を植えるための整備を。


「麦は……旅の商人から種を買い集めました。ですが、豆は……」


 川田勘解由が困ったように眉をひそめる。

 だが俺はにやりと笑った。


「心配するな。俺の蔵に少し残っていた大豆がある。食うには足りんが、種にするなら十分だ」


 村人たちの間にざわめきが走る。

「若様、豆を植えても腹は膨れませぬ……」

「年貢を納められなければ、打ち首だぞ」


 疑いと不安。

 当然だ。人間は目に見えぬ未来を信じられない。


 俺は彼らの視線を正面から受け止めた。

「だからこそ、試すんだ。半分は従来通り、半分は俺の方法。失敗すれば俺が責任を取る」


 静まり返る空気。

 やがて一人の老婆が口を開いた。


「……なら、やってみましょうや。若様の目は、昔の殿様とは違う」


 老婆の声に、村人たちがわずかにうなずいた。

 ――小さな信頼の芽が生まれた瞬間だった。


◆ ◆ ◆


 作業は汗と泥の連続だった。

 俺も鍬を手に取り、村人たちと共に畑を耕す。


 彼らが驚いたのは、そのやり方だ。

 まず深く掘り、牛馬の糞を混ぜ込む。

 「こんな汚れを……」と顔をしかめる者もいたが、俺は笑って言った。


「これが肥やしだ。作物の餌になる」


 種を植える際も、俺は列を揃えて間隔を保たせた。

 「無駄に空けては勿体ない」と不満を漏らす男もいたが、俺は首を振った。


「狭すぎれば育たぬ。広すぎれば数が減る。適度な間隔こそ収穫を増やす秘訣だ」


 ひとつひとつの説明に、村人たちの表情が少しずつ変わっていく。

 やがて彼らは黙々と手を動かし始めた。


◆ ◆ ◆


 数週間後。

 麦の芽が、畑に青々と顔を出した。


「おおっ……!」

「芽が揃っておる……!」


 村人たちの間から歓声が上がる。

 これまでの雑然とした畑と違い、整列した苗が一面に並ぶ光景は圧巻だった。


 俺は胸の奥に熱いものを感じた。

 まだ小さな成功だ。

 だが、人々の心に「変化への期待」が生まれた。


「見ろ。これが俺の知識の力だ。必ずや収穫は増える」


 村人たちが頷き、子どもたちまで目を輝かせている。

 その様子を見て、勘解由が小さく笑った。


「若様……。ひょっとすると、本当にこの地を立て直せるやもしれませぬな」


 俺は拳を握った。

 そうだ。これが始まりだ。

 やがて俺は、戦乱の世すらも変えていく。


 知識だけがチート――だが、それが最強だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る