第2話 未来知識で村を救え

 翌朝、俺は屋敷の庭に立っていた。

 昨夜の決意は、夢でも妄想でもない。

 俺は本当に戦国時代の小領主、結城晴信として生きている。


「若様、本当にご無事で……」


 昨夜に続いて付き従っている老人――家臣の一人、川田勘解由(かわだかげゆ)と名乗った。

 彼は俺をひどく心配していたが、今の俺はむしろ以前より元気だ。


「勘解由。村の状況を詳しく教えてくれ」


「はっ……。田は荒れ、兵は痩せ細り、年貢を納めるにも足りませぬ。加えて、隣の小豪族どもが田畑を狙っており……」


 聞けば聞くほど、絶望的な状況だ。

 だが俺には、一つだけ確信があった。

 この時代の人々は、まだ知らない。――“未来の知恵”を。


◆ ◆ ◆


 昼下がり。村人を全員呼び集めた。

 土埃の中に並んだのは、痩せこけた男や女、虚ろな目の子どもたち。

 彼らの視線には、不信と諦めが混ざっていた。


「若様が……また、無理なお達しを……」

「年貢を増やすのかもしれん」


 そんな囁きが耳に入る。

 だが俺は堂々と立ち、声を張り上げた。


「年貢は増やさぬ! むしろ収穫を増やす方法を授ける!」


 ざわめきが広がる。

 俺は棒を拾い、地面に図を描き始めた。


「まずは田を休ませる。二年稲を作ったら、三年目は麦を植える。そして麦を刈ったら、大豆を植えよ」


「麦? 豆?」

「田に、そんなものを……?」


 村人たちが首をかしげる。

 俺はうなずいた。


「そうだ。稲ばかり作れば土が痩せる。だが、麦と豆を間に挟めば土は甦る。豆は根に“力”を蓄えてくれるのだ」


 正確には窒素固定だが、そんな説明は不要だ。

 彼らにとっては“田を回復させる不思議な作物”でいい。


「それだけではない。牛馬の糞を畑に入れろ。今はただの汚れだと思っているだろう。だが、あれこそ作物を育てる宝だ」


「糞を……田に……?」

「馬鹿な……」


 不信の声が漏れる。

 だが、俺は口元を引き締めて言った。


「信じられぬなら、試してみればいい。半分はこれまで通り、半分は俺の言う通りにやる。収穫の差はすぐにわかる」


 沈黙が落ちる。

 やがて、一人の若い農夫が口を開いた。


「……若様。もし本当に収穫が増えるなら、俺たちは……従います」


 その声に、周囲がざわついた。

 川田勘解由が俺を見て、微かに目を見開いている。


 俺は静かに頷いた。

「必ずや増える。約束しよう」


◆ ◆ ◆


 夜。屋敷に戻ると、勘解由が口を開いた。


「若様……先ほどのお話、本気で?」


「もちろんだ」


「だが……麦や豆を田に植えるなど、聞いたこともない。村人らは、笑い者にするやもしれませぬ」


「それでもやる」


 俺はきっぱり言った。

 たしかに、初めは誰も信じないだろう。だが実際に成果が出れば、疑いは信頼に変わる。


 そして、それこそが俺に必要な“第一歩”だ。

 領民の信頼。

 それを掴まねば、どんな知識も力も意味を持たない。


 夜空を見上げる。

 満天の星が冴え冴えと輝いていた。

 この星々の下、数十年後に本能寺の変も関ヶ原も待っている。

 だがその未来は、もはや教科書通りではない。


「俺が変える。俺の知識で、この乱世を」


 拳を握りしめた。

 知識だけがチート――だが、それが最強だ。

 そう信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る