ラブトリガー作戦

maru.

ラブトリガー作戦

「今日からこのクラスに転入する生徒を紹介する」


高校2年の秋のこと。教室に、銀髪の美少女が現れた。

中学生にも見える華奢な体に、あどけなさの残る笑顔。


彼女は俺の目の前に立つと、にこりと微笑んだ。

「間宮ユリカです。……初めまして、パパ!」


……は?


「……あっ、ごめんなさい間違えました!」

「いや、間違えたってレベルじゃないよね!?」


教室中が爆笑に包まれた。先生は「帰国子女らしいからな。海外式のジョークだろう」と訳の分からない解釈をして出席簿をめくった。


「席は……間宮ミナトの隣だな」

「俺!?」


まじかよ。よりにもよって、俺の隣席。

そしてその“パパ呼び転校生”は当然のように俺の隣に座る。


「……おはよう、パパ」

「やめろ!名前で呼べ!あとお前誰だよ!」

「ふふっ、怒ってるところもおんなじだ」


何なんだこの子は。

呆気に囚われて固まっていたら、ホームルームは終わっていた。


昼休み。俺は意を決して問いただした。


「マジで誰? なんで俺パパなの?」

「私の名前は間宮ユリカ。あなたとヒナちゃんの娘です」

「いやいやいやいやいやいやいや」


あまりにも自然に、とんでもないことを言いやがった。

しかもヒナちゃんって、羽月ヒナか!?

学校イチの陽キャ女子、クラスメイトの……

ってか、俺の幼なじみ!!

ついでに言うと、初恋の相手じゃねーか!!


「え、なに? ドッキリ? 隠しカメラは?」

「落ち着いてください。ただの事実です。私は未来から来ました!」

「いや全然落ち着ける要素ないけど!?」


ユリカは弁当箱をぱかっと開け、タコさんウインナーをつまんでにこりと笑った。

急なSF展開に絶句している俺をよそに、彼女はさらっと言う。


「パパとママがくっつかないと、私、消えちゃうんです」

「消えちゃうって……どういう意味だよ」

「パパとママがくっつかなかった未来では、私は生まれません」

「……は?」

「だってパパ、ずっとママに告白しないんですよ? このままだと、一生しないまま終わっちゃう世界線もあって……」


ユリカの声が、少しだけ沈んだ。

「だから来ました。未来から」


箸をくるりと回し、ユリカは宣言するように言った。

「ミッションはひとつ。パパとママを、恋人にすること!」


「なんだそれ!」

「だいじょーぶ。わたし、超能力者なので」

「いやどういうこと!?」


俺が叫ぶと、ユリカは嬉しそうに胸を張った。

まるで、「待ってました」と言わんばかりに。


「能力名は《ラブトリガー》。風をそよがせたり、物を落としたり、タイミングをちょっとズラしたり。偶然の出会いや、ドキッとする展開を、いい感じに引き寄せる力です!」

「しょっぼい名前と能力だなあ! ご都合主義もいいとこだぞ!」

「ついでに時間も飛べます。時空間ジャンプ、みたいな」

「それが一番ヤバいだろ!!」


あっけらかんと続けるユリカに対して、俺の心はすでにパンク寸前だった。でも彼女は胸に手を当て、まっすぐこう言った。


「ただし、感情はいじれません! 心は、ふたりに任せます!」

……意外と筋は通ってるな。いや、通ってない!


「……で、俺にどうしろと」

「ママと付き合ってください!」

「簡単に言うな!」

「付き合いたくないんですか?」

「……付き合いたくないとは、言ってない」

「じゃあ決まりです。一緒にママを落としましょう!」


こうして俺は、謎の転校生と羽月ヒナを落とすミッションに巻き込まれた。


「ミナトー!」


不意に、教室の出入口から明るい声が飛んだ。

クラスの陽キャ代表・羽月ヒナ。

俺の初恋の人。ユリカ曰く、未来のママ。


「隣の席の……ユリカちゃんだっけ。めっちゃかわいいね!ミナトと早速仲良さそうじゃん!」

「どうも〜、お二人の娘です!」

「違う違う違う!!お前は黙っとけ!!」


ヒナは一瞬、ぽかんと口を開け、それから困ったように笑った。


「……へ? どゆこと?」

「ただの冗談!こいつ帰国子女で海外式のジョーク!」

「え〜おもろ〜!」


ヒナは無邪気に笑って、ユリカと握手をする。


「よろしくね、ユリカちゃん! ミナトはこう見えて優しいから、どんどん頼っていいよ!」

「はい、ママ!」

「やめて!? お願いだから!」


ヒナは「なんのコント?」と首をかしげながら、席へと戻っていった。


──ああ、心臓に悪い。


その日から、ユリカのラブトリガー作戦が始まった。


放課後、俺が教室を出ようとしたそのとき。

「パパ、ミッションタイムですよ!」

びくっとして見回すと、ユリカがなぜか教卓の陰からぴょこんと顔を出していた。


「なんで隠れてんだよ!? ホラーか!」

「恋愛には、奇襲が必要ですからね!」


そう言って彼女はくるっと回り、片手をピストルの形にして俺に向けた。

「ラブトリガー!《黒板消しイベント》──バンっ!」


直後、教室を出ようとしたヒナの頭上めがけて黒板消しが落下。

「わっぶなっ!」

俺はとっさにヒナを抱き寄せ、黒板消しは俺の肩に直撃。

ふわっとチョークの粉が舞う。


「ご、ごめん……だ、大丈夫?」

「え、うん、全然! てか今のちょっとキュンときたんだけど?」

「えっ」

「いや、冗談冗談! ……ありがとね」


ほんのり赤くなったヒナが、照れ隠しの笑顔で笑った。

俺の心拍数は限界突破寸前だった。

そんな中、ユリカだけが満足げに頷く。


「よし、成功っと」

……お前が仕組んだのかよ!


その翌日。

図書室。静寂の中、俺は推薦図書を探していた。

(これかな……)

目当ての本に手を伸ばすと、同時に別の手が触れた。

「……っ」

指先が、ヒナのものだった。


「うわ、ごめん! ミナト!」

「い、いや、こっちこそ!」

「あー、なんかさ……漫画とかだったら、ここで恋に落ちるやつじゃない?」

「え、そ、そうか……?」

「ま、あたしたちは幼なじみだから、今さらか~?」


ヒナはそう言って、ふふっと笑った。

俺は真っ赤になって俯くしかなかった。

そのとき、後ろの棚からひそひそと声が聞こえる。


「《図書室で手が触れるイベント》、大成功ですね……ふふふ」

……ユリカ、お前か!


こんな風に、ユリカのラブトリガー作戦は続く。


《放課後、偶然二人きりで帰るイベント》。

《文化祭準備で手が触れるイベント》。

《掃除当番でバケツ水ドバァイベント》。

《うっかり間接キスイベント》。


ラブコメのテンプレみたいな超能力が、マシンガンのように毎日炸裂した。

最初は巻き込まれるばかりだった俺も、だんだん慣れてきて、気づけばヒナとユリカと三人で一緒にいるのが当たり前になっていた。


そんなある日のこと。

「ねえ、ちょっと寄り道しない?」


ヒナの一言で、俺とユリカは彼女に連れられた。

商店街のはずれにある、小さなアイスクリーム屋。

「ここのチョコミント、昔から好きなんだよね」


ヒナは嬉しそうにアイスを頬張る。

その笑顔は、太陽みたいにまぶしかった。


「チョコミント食べてるママ……ヒナちゃん、超かわいいです!」


ユリカがスマホを取り出し、俺たちの写真を撮る。


その声に、ヒナと顔を見合わせて思わず笑った。

ユリカも、いつもの無邪気な笑顔でシャッターを押す。


ふざけて、はしゃいで、ちょっとだけ照れて。

あの日の写真には、三人の笑顔が並んでいた。


「……ふふっ。なんか楽しかったなあ」


帰り道の途中、ユリカがポツリと呟いた。


「パパとママが、一緒に笑ってくれて……それだけで、よかったなって」


その横顔は、どこか遠くを見ていた。

俺は何かを問いかけそうになって──やめた。


そのときふと感じた。

この時間が、永遠じゃないこと。

区切りをつけるのは、俺なんだろうってこと。



それから数日後のことだった。

俺とヒナ、そしてユリカの三人は、並んで歩いていた。


文化祭の準備も本格化してきて、放課後の空気に少しだけ高揚感が漂っている。


そんな中、ヒナがぽつりとつぶやいた。


「……ユリカちゃんって、面白い子だね」

「うん、まあ、そうだな」

「ねえ、ミナト」

「ん?」

「……ユリカちゃんのこと、好きなの?」

「……は?」


なんでそうなる!? とツッコミかけたが、ヒナは真剣な顔をしていた。


「すごく仲良さそうだし……ずっと“パパ”って呼んでるし……」

「いやいや、あれはこっちが困ってるんだって! 俺は──」

「……そっか」


ヒナは少しだけ寂しそうに笑って、前を向こうとした。

でもその足が、ほんのわずかに止まっていた。


そのときだった。後ろを歩いていたユリカが、ふと立ち止まっていた。


口元は笑っていたけど、その瞳は少し揺れていた。


「……そっかぁ。タイムリミット、ですね。えへへ」

「え?」

「“役目”、終わっちゃいましたから」


あっけらかんとした口調。でも、どこか寂しそうで。

その場の空気が、一瞬静かになった。


そして。


「──違う!」


声が出た。思わず出ていた。


「……好きなのは、ヒナだ」


ヒナが、びくりと振り向く。


「ずっと、好きだった! 子どもの頃から、今も……ずっと!」


ヒナは目を見開いて、なにか言いかけたけど──

その代わりに、ぽろりと涙がこぼれた。


「……バカ」


代わりに、ユリカがにっこりと笑った。

「──やっと、言えましたね」



翌朝。教室にユリカの姿はなかった。


「ユリカちゃん、急な転校だってさー」

「えー! そんなことある!? 可愛かったのに〜!」


クラスメイトの声を聞きながら、俺は自分の席に座る。

どこか落ち着かない気持ちで、机の引き出しを開けると、

そこには、一通の手紙が入っていた。


『仲良くしてね。未来で待ってます。

パパ、ママ、大好き! ──ユリカより』


その文字は、まるで“またね”って言ってるように、やさしく笑っていた。

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