第2話 潜む術者と、義眼の見立て

「生きてる人間の仕業……ですか、主様あるじさま?」


肩の上で、鈴々りんりんが小声で尋ねる。


「ああ。ありゃ、死人の魂なんざどこにもねえ。呪いを込めた泥と、屋敷の影を集めて作った、精巧な泥人形どろにんぎょう……式神の一種だ。こいつを操ってる術師が、この屋敷の中にいる」


波金は、姿を隠したまま、泥人形の動きを観察する。


人形は、家宝の茶入れをわざとらしく棚から落とすと


再び闇の中へと溶けるように消えていった。


翌朝、波金は再び近江屋の一同を集めた。


「昨夜、亡霊とやらに会いましたぜ。なんでも、播州ばんしゅう伝来の古い呪術を使う、腕の立つ術師のようでしたな」


波金が、わざとらしくそう言うと、次男・浩二の眉が


ほんのわずかにピクリと動いたのを、彼は見逃さなかった。


「鈴々、あの次男坊の部屋を探れ。何か隠してるはずだ」


「お任せを」


黒猫の姿をした鈴々は、誰にも気づかれることなく


するりと浩二の部屋へと忍び込んだ。


その間、波金は蔵の調査を続けていた。


泥人形が消えた床板を剥がすと


そこには微かに呪符の燃えカスが残っている。


その灰に指で触れ、匂いを嗅ぐ。


(……やはりな。播州の黒土と、まじないに使う特別な香だ。ご丁寧にどうも)


そこへ、鈴々が戻ってきた。


「主様、ありました。文箱の底に隠された、神棚が。播州の土と、蔵にあったのと同じ香の匂いがします」


役者は、揃った。


波金は、再び一同を広間に集めさせると


浩二の前に、蔵で見つけた燃えカスを突きつけた。


「浩二さん。あんた、ひと月ほど前に、播州へ湯治に行っていたそうじゃねえか。ずいぶんと、良い土産話を持ち帰ってきたようで」


浩二の顔色が変わる。


「な、何のことだか……」


「とぼけるな。あんた、兄貴の正太郎を衰弱させて、この近江屋を乗っ取るつもりだろう」


波金の鋭い指摘に、正太郎や継母が息を呑む。


「播州でかじった付け焼き刃の呪術で、先代の亡霊に化けた泥人形を操り、兄貴を精神的に追い詰めた。……蔵の燃えカスと、あんたの部屋から見つかった呪いの道具が、何よりの証拠だ」


全てを暴かれ、浩二は観念したように俯いた。


だが、次の瞬間、その顔は憎悪に歪み


彼は懐から一枚の呪符を取り出した!


「こうなれば、もう容赦はしない! 僕の全てを懸けて、お前たちを呪い殺してやる!」


浩二が呪符を床に叩きつけると


屋敷全体が激しく揺れ、庭の土が盛り上がる!


土中から現れたのは、先ほどの泥人形ではない。


数倍もの大きさに膨れ上がった、巨大な土の塊――


もはや、それは一体のゴーレムだった。


「主様!」


「やれやれ……。素人の逆恨みほど、手に負えねえもんはねえな」


波金は、面倒くさそうに頭を掻くと


巨大なゴーレムを、その冷め切った義眼で見据えた。


「少しは、楽しませてくれるんだろうな?」

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