精霊マウント(カタリーナ視点)

 世界様より下賜された光の大精霊がわたくしの傍に侍るようになって以降、明らかにコンディションがよくなった感覚があります。これが神の加護というものなのでしょうか?


 以前はモドキだなんて失礼な事を考えた事もありましたけど、世界様から下賜されたは神と人の狭間に存在する生命体であり、これから生まれる世界様とわたくしの子供に近しい立場の存在ですわ。


 そんな子がわたくしの傍に侍っているのですから、ある意味近い将来のシミュレートをしている気持ちになってきます。


 大精霊でこれならば、実際にわたくしのお腹を痛めて産む天使はどれほど愛くるしい存在なのでしょうか。今でさえついつい必要もないのに【精霊顕現】状態を維持してしまうくらいには愛おしいというのに。


 ですがこの子を手にして一番変わった事はそれではありませんでした。


「まぁ……見て。大聖女様が大精霊を使役していらっしゃるわ……」

「なんと神々しいお姿か。もはや同じ人類なのが信じられない程だ」


 クラス内で唯一、わたくしへの敵愾心を隠そうともしていなかった、序列八位の茅小路ちがやこうじ家の長男あととりまでもが手放しでわたくしを褒め称える。


 茅小路家は家のみならず、その派閥に至るまで強い前例主義者の集まりであり、わたくしが前線に出る度に『聖女とは後方で味方を支援するものなり』と声高に異を唱え続けてきました。


 それが先日彼の親も含めた重鎮及び陛下の前での手合わせ、そしておそらく今回の件が決定打だったのでしょう。今ではわたくしを目にしただけで跪き、祈りを捧げているのですから。


 正直悪くありませんわね。今となっては少しでもわたくしの陰口を叩こうものなら、それを聞いた周囲の人々から総叩きに合うような状態ですもの。


 これまでの反聖女の代表格であった茅小路家がこれですから、そもそも陰口自体が聞こえてこなくなりましたけれど。


 聞こえてくる話といえば、わたくしや世界様への賛美、それから……。


「それにしても凄いよなぁ。大聖女にBクラスの瑞希さん、それにいつも帰りを待ってるあの子も含めて、大英雄になった常坂院の周りにいる子って皆とんでもない美人ばかりじゃねーか。やっぱ英雄色を好むってやつなのかな」



 世界様の女性関係の話。



 Bクラスの瑞希……。おそらくあの栗毛のポニーテールの娘ですわね。

 わたくしの気を引こうとした際に世界様が相手に選んだだけとはいえ、今となっては世界様もこれだけ名声を得ましたし、放置しておけばゴシップ好きの庶民は無駄に騒ぎ立てるでしょう。


 それでその気になった本人が擦り寄って来る可能性がないとも限りません。


 今のうちに少し釘を刺しておきましょうか。



 ―――★



「瑞希さん、でよろしかったかしら?」


「あっ……。……私に何かご用でしょうか?」


 言葉使いこそ丁寧ですが、敵愾心を隠す様子もなく正面から強い視線で堂々と目を合わせてくる。


 少し遅かったようですわね。彼女からしてみればわたくしは、自分の好きな男が夢中になってしまった女という認識なのでしょう。


 あれはわたくしの気を引く為の行動なので、本気にならないようにと遠回しに優しく忠告するつもりだったのですけど、既にこの状態であれば仕方がありませんわ。


 わたくしの周囲を飛び回る精霊を指し示し、彼女が耳を塞ぎたくなるであろう現実を知らしめる。


「TVでご覧になられていればご存知かもしれませんが、この光の大精霊は世界様よりプレゼントされたものですわ。世界様はわたくしに持っていてほしいと仰られました。世界様にとってわたくしはなのです。わかってくださいますね?」


「…………普段からそうして出してるんですか? あまり見せびらかすようなものじゃないと思いますけど。世界くんも要らないから軽い気持ちで渡しただけだろうし」


 あら、これでも引きませんか。それにしても軽い気持ちで渡したは無理がありますわね。仮にも大精霊ですわよ。その価値すらも理解できない人間が、この学園に在籍しているとは思えないのですけれど。


 まあ認めたくない気持ちはわかりますわ。彼女から見たわたくしと世界様は共に主席で学園に合格したAクラスのエリート、そしてなにより大聖女と大英雄です。誰がどう見てもお似合いのカップルですものね。


 とても間に入っていけるような気はしないでしょう。それに加えて大精霊をプレゼントするほどの仲となれば、もう現実から目を背ける他ないのも理解できますわ。


「残酷かもしれませんけど、これは貴女の事を思っての忠告ですので、はっきり申し上げますわね。世界様の事は諦めなさい。叶わぬ想いはいつか断ち切らねばなりませんわ。そしてそれは早いほど傷が浅く済みますもの」


「……私も世界くんから貰ってるんだけど?」


 そう言って彼女は――






 ――――――――大精霊を顕現させた。


《やぁ、シルフィー。そっちは説得できそうかい?》

《魔族が怖いからやだって》

《やっぱり僕への返答と同じかぁ。まあ世界君は青だしね》

《僕たちの使用者は強いんだから、守ってもらえば行けるのに》

《直接交渉しようにも、彼女たちは僕たちの声が聞こえないからねぇ……》


 それを確認したわたくしは無言で踵を返し、思考に耽ける。


 ……あれは明らかにあの時の風の大精霊ですわね。


 さすがに想定外でしたわ……。これはどう捉えるべきでしょうか。神界しんかいが一夫多妻制なのかどうかで話は変わりますが。


 いえ、それよりも重要なのは……。少なくとも世界様が神族である事を知るのは間違いなくわたくしだけという事。


 彼女が畏れ多くも世界様をくん付けで呼んでいるところからして、それは確実でしょう。ならば王族がお忍びで町娘と恋愛ごっこを楽しんでいるようなものでしょうか?


 そもそも彼女は同じと認識しているようですが、これまでも存在が知られていた四大精霊のひとつである風の大精霊と、あの瞬間まで誰も知らなかったこの子の格が同じなわけがありませんもの。


 そして世界様はわたくしにどの大精霊でも渡せる状態から、光を選ばれ下賜してくださいましたわ。を下賜された貴女あなたとわたくしが同列に立ったなどと考えるのは傲慢というものでしょう。


 まあわたくしにも責任の一端がある事は認めましょう。ついつい鍛錬に時間を取られ過ぎて、恋人としての時間を疎かにしておりましたが、世界様も仮の姿とはいえ、今は人としての男の身。当然そういった欲求はあってもおかしくありませんもの。


 これからは他の女に目移りせずに済むよう、しっかりとそちらのお世話もして差し上げるべきですわよね。


 ですが、睦事をわたくしの方から匂わせるのは少々はしたない気も致します。さしあたっては自然な形で事に至れるよう、同棲する為の屋敷を早急に建てていただきましょう。


 愛し合う二人が共に暮らしていれば、言葉などなくとも自然とそういう雰囲気になるでしょうし。


 それから入籍後に住む宮殿も同時進行で建築させるべきですわね。

 本来であれば王宮より大きなものが妥当なのですが、現段階でそれをすれば軋轢を生みます。いずれ天使が生まれた際に増築という形が落としどころでしょうか。

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