演武
僕にできる事は全てやった。後は手下転生者らしく、噛ませ犬の役割を全うするだけ。そう思っていたのに突然二回戦が中止になった事によって、演武開始直前におもしれー女ルートは破綻した。
つまり僕はまた失敗したわけだね。
ゲームであればロードしてやり直せるのに、リアルではミッション失敗が確定してもそのまま続けるしかないのが辛い。げんなりした気分で、中央に進むと先に待ち構えているアグディが目に映る。
うーん、やっぱりイケメンだね。ちなみに彼は好き嫌いが真っ二つに分かれるユニットだ。僕は嫌い派なので何周もクリアした箱舟だけど、彼をメインユニットとして使った事は一度もない。
というかイケメン俺様キャラを好きな男なんてほぼいないよね。なんなら男キャラってだけでPTに入れないって人だっていくらでも居ると思う。
なんで女の子はこの手のキャラが好きなんだろうか。男からするところの金髪縦ロールの高飛車お嬢様みたいなものなのかな?
ちなみにもう破綻してるんだけど、本当におもしれー女ルートで良いのか、つまり響先輩がアグディをどうしたいかってのは、これまで何度も聞いたんだけどさ……。
いつも答えは同じで『世界様のお望みのままに』って言うんだよ。要は察しろって事なんだけど、自慢じゃないけど僕は察しが悪いんだ。
まあこの辺りはさすがに百戦錬磨の響先輩だよね。絶対に言質は取らせないもん。何か不都合があった場合は、僕が勝手にやった事として切り捨てて処理するつもりなんだろう。
まるで悪徳政治家の保身を思わせる振る舞いだけど、まさか生保ちゃんではなく政保ちゃんだったりするのだろうか。
アグディに関してはそんな感じの返答で、遠回しな要求もしてこない点から考えると本当に興味が薄そうな感じもするから、魔王か元主人公狙いの可能性の方が高いのかもしれない。
ただ原作知識がない響先輩が、登場人物を全て把握してるとも思えないんだよなぁ。
けど実際に僕というカモを見つけ出した実績はあるわけで、その辺りも含めて考えると答えなんて出しようがないんだよね。
『男たちがわたくしに群がってきますが興味がないので無視して魔法を極めます』とかってルートを選択する主人公だって世の中にはいるわけだしさ。
現時点でわかっているのは響先輩は原作同様に努力家で、レベリングやスキル上げはめちゃくちゃガチでやってるって事くらいなんだよね。だから魔法ガチ勢ルートを選択しても驚きはないよ。
なんなら箱舟のルールを飛び越えて、全スキル獲得した挙句に『あら、またわたくしなにかやっちゃいまして?』とか言い出すかもしれない。僕の知らないチートスキルとか当たり前に持ってそうだし。
箱舟は強スキルさえあればレベルは比較的上げやすいから、レベルよりもスキル上げの方が大変なゲームなんだけど、毎回三日後のレベリングまでには、前回指示したスキルを完全に仕上げてくるし、時間が空くとひとりでダンジョンに潜ってしまうくらいにガチ勢だ。
初めて連れて行った時にはシエナの陰に隠れて、あんなにビクビクしていたダンジョンをソロで攻略したと聞いた時にはさすがに驚いた。ソロでのクリア適正となると60オーバーだよあそこ。
ちなみにボスの固定ドロップである妖狐の尾を、一応拾ってきたけど何に使うのかわからず捨てていいか聞いてきたので、それを捨てるだなんてとんでもないと僕が貰っておいた。
妖狐の尾なんて名前が付いてるけど、妖狐ユニットが装備できる物でもなく、単純に換金専用のアイテムなんだけど、これ何気に400万にもなるんだよ。しかも妖狐の国で売ればなんと3倍だ。
そんなわけで当初僕が想定していたレベル50なんて余裕で飛び越え、気付けばシエナのレベルすらも超えていた。才能のあるユニットが努力の天才って、もう主人公感しかなくて笑うしかない。原作知識があったら幼少期にレベルカンストしちゃう系の主人公だね。
―――★
闘技場の中央でアグディと対峙すると、彼は開始の合図も待たず、挨拶も無しにいきなり【精霊顕現】を使用した。ちょっとずるい。攻撃魔法と言えるかは微妙だけど、近接で言えば開始前に敵ユニットの近くに移動するようなものだ。
フライングなんてしなくても、最初から僕に勝ち目なんてないから同じなのにね。
ちなみにこれは大精霊自身に行動を任せるスキルで、自身のレベルは装備解除状態に落ちるけど、単独で動いてくれる分の行動ターンが増えるスキルだよ。
『おおーとっぉ。これは凄まじい。伝説は本物でした! 恐らくは風の大精霊と水の大精霊。それにこれは……とてつもない輝きですが、こちらは火の大精霊なのでしょうか? ともかくアグディ様の頭上に神に最も近いとされる生命体。噂に名高い四大精霊の内なんと三体もが顕現しております。果たしてこれは人たる身で相手取る事が可能なのでしょうか』
しかしこうしてリアルで見ると大精霊ってすっごい神々しいね。ちなみに実況の人、それ火じゃなくて光の大精霊だよ。
ゲームでは喋る以外はただのアクセでしかない大精霊なのに、実際にこうして動き回っているのを見ると、今またゲームをプレイしたとしても+5アクセだなんて失礼な事が言えなくなりそうだ。
『おおおおぉーーー大精霊が3本の光の帯となり、螺旋を描きながら絡み合っていきます!!!』
……これは僕がプレイヤーだったから思うんだろうけど、実況だったらスキル名くらいしっかり正確に伝えてほしいと思う。三精霊の合体スキルである【トリコロールスピン】を発動した精霊たちは一直線に僕に向ってくるかと思いきや、微妙に当たらない軌道を描く。
??
そのまま当てれば間違いなく僕程度はワンパンなんだけど、大技だから自慢したいのかな?
実際凄い迫力だよね。僕はスキル自慢が終わり次第、突っ込んでくるであろう大精霊たちに惜しみない賛辞を贈った。
褒めておけばちょっと手加減してくれるかななんて下心もあったけど。
「凄い。ウィスプもシルフィーもウンディーもマジでかっこいい」
《えっ、ちょっと待って。なんで僕たちの名前を知ってるの?》
《……?》
《人族に僕たちの声は届かないよ》
「いや、普通に聞こえてるけど」
《ウソォ!?》《ッッ!?》《!!!!!》
そういやゲームでは妖精族の王にしか聞こえない設定だったっけ。けど王を操作する事もあるプレイヤーには当たり前に聞こえてた。そもそもせっかく新人声優さんがひとり七役で熱演してるのに、声が聞こえなきゃ意味なくない?
いや、けどこれ言わない方がよかったのかな?
本来聞こえないはずの声が聞こえるとか、バレたら不都合が起きるだろうか?
……う~ん、特に問題はないように思う。
まあそれでも僕は少しばかり迂闊なのかもしれないな。絶対に言質を取らせない慎重な響先輩を見習わないと、何度転生しても主人公にはなれそうにない。
今更かもしれないけど、一応適当に誤魔化しておこう。
「いやほら、僕って昔から七大精霊の事をよく調べてたからね。そのせいかも」
《妖精族ですら知ってるのは六大精霊までなんだけど?》《何者?》《ー…ー…》
そういや本来隠し要素だったっけ。何周もクリアしてるとその辺曖昧になっちゃうよね。まあ別に隠す程の事でもないので、魔族国で星の大精霊が封印されてる場所を教えてあげたら精霊たちは興味津々だったよ。ちなみに闇の大精霊は魔王と一体化してるから回収不可能だよ。
攻略情報ってネタバレを嫌う人からしたら聞きたくないけど、知ってる方はついつい語りたくなっちゃうんだよね。精霊たちはそんな僕の話を嫌な顔ひとつせずに聞いてくれるし、少し饒舌になっちゃうのも仕方ないよね。結果的にちょっと仲良くなれた感じもするから手加減してくれるかも。
ちなみに魔族国は他種族を全て統一した後に、物語の終盤で訪れる国だから、僕なんかが足を踏み入れたら、その辺の雑魚ユニットにすら瞬殺されるから立ち入る気はさらさらないよ。
そんなに強いのにさっさと他を攻め滅ぼさない理由?
ざっくり言うと魔族側も同族同志で国の中での争いがあって、主人公が他種族を従えた後に、魔族を統一して魔王になったラスボスとの決戦って感じだからだよ。
まあそんなわけで早々取りに行けるような場所でもないんだけど、リスクがあろうとなかろうと、僕が手に入れる意味は薄いから安全に取りに行けるとしてもわざわざ行かないけどね。
いや、もちろん精霊自体はめちゃくちゃ有用なんだよ?
光系統のスキル効果が10%向上する光の大精霊は響先輩のアクセとして定番だし、風に至っては瑞希の最終装備だ。軌道を変えて敵の回避率を激減させる効果があるから、命中率が重要な銃や弓と風精霊は相性が良すぎるからね。
で、星が誰に最も適してるかというと元主人公なんだよ。他ユニットが装備しても+5以外の恩恵が薄いから、星を装備するくらいなら他の大精霊の方がマシなんだけど、元主人公の場合はぶっ壊れ性能が付いてくる。
この辺は主人公の生い立ちとかが関係してくるクリア後のアフターストーリーで語られてるけど、長くなるから割愛しとく。それを見て二週目以降に手に入れる感じだね。
《決めた。僕この人と契約する》《あっ、ずるい!》《……も》
えっ……なんで?
『まさか……まさか、これはいったい何が起こっているのか……。螺旋を描き大英雄様に向っていた大精霊が急停止したかと思えば、突如反転! そしてそのままアグディ様を攻撃!!!』
なんかいきなり僕と契約するとか言い出したかと思ったら、そのままアグディに突撃して行ったんだけど……。
突然反旗を翻した大精霊の攻撃の前に、アグディがあっさりと沈みそのまま演武は終わった。いや、ナニコレ、どういう事なの?
闘技場はざわめきが収まらないし、突然フレンドリーファイアーをかました精霊たちは、おまわりさんこの人ですと言わんばかりに、僕の傍をくるくると旋回しているし。
これ傍から見たら絶対僕が指示したと思われるやつでしょ……。
『えっ、あの人演武なのに仲間割れ狙いで勝ったの?』とか思われてるんじゃ……。
「世界様。お見事でしたわ」
どう収拾を付ければいいのかわからず困っていると、貴賓席から響先輩が颯爽と降りてきた。褒められたって事はまさかこれでよかったの?
響先輩はそのまま僕の腕を掴み天に向け掲げる。
それだけで会場のざわめきが歓声へと変わり爆発した。人々は狂ったように叫び狂い、人類最強ー。大英雄万歳。などと大合唱している。
さすがは響先輩だ。あの微妙な空気を一瞬で変えてしまった。これが主人公補正ってやつか。
その後響先輩は瀕死状態のアグディに【フルリカバリー】を掛け回復させた。
あっ、もしやこれは怪我の功名で癒しルートに行ける流れなのかな?
「……ヒッ、赤女……ッ。せ、精霊共。俺様を守れ!!!」
ん? なんか違うっぽいぞ……。
アグディは何故だか響先輩を見て怯えてる。
僕の知らないところで確実に何かしてるねこれは。
わかるよ。僕も陰で弱味を握られてその人に逆らえなくなった口だし。
ちょっと黒いなこの主人公……。
やっぱり絶対に敵にしちゃダメなタイプだ。
「オイッ! ウィスプ! 早く俺様を守れ! 返事をしろっ!!!」
「ふふ、大精霊は既に世界様の
アグディはもう完全に響先輩にブルってる状態だというのに、それでも僕を前に出すのか……。ほんとブレないなこの人は。
あっ、待てよ。まさか僕の勝ちになるなんて想定すらしてなかったから忘れそうになってたけど、このまま僕が勝ったことになっちゃうと、英雄の座を剥奪される予定までなくなるじゃないか。
演武でボコられる事によって、スケープゴートとしての価値は無くなるし、英雄から転落すればいずれは人々の記憶からも自然と消えていく。
例え国外追放されなかったとしても、後々逃亡生活になった場合も目立たず静かに暮らせるだろう。
しかも実戦形式だから怪我ぐらいはするだろうけど、演武だから命の心配もないわけでしょ。ここまでの条件は今後そうそう整わない。
この際響先輩のルート選択は置いておいて、僕としては絶対に負けておくべきだ。
幸い僕はまだ戦ってない。精霊の反逆でアグディが勝手に自爆しただけみたいなものなんだからやり直せばいい。
精霊がアグディから離れたとしても、彼の素レベルは30で僕は25以下。相性的にも変に手を抜かなくても勝てる要素なんてないから、全力でやって負ければいい。それなら響先輩に八百長を疑われる事もないはずだ。
「うん、納得いかないよね。今のは単なる精霊の暴走だもんね。わかるよ! それじゃ今度は精霊無しで戦おうじゃないか。僕も次こそは全力でやるからさ。ね!」
さあ遠慮なく僕をぶっ飛ばしてくれと、満面の笑みでアグディに再戦の握手をするべく手を差し伸べた。
「ゼ、ゼンブバレテ……」
けどアグディは僕の手を取る事無く、何か呟きながら
えっ……。なんで?
それを冷めた表情で見つめる響先輩。
ああ、隣に響先輩が居る状態じゃ無理か……。怖くて聞けないけど、ほんと何されたんだろ。
それにしてもやっぱりアグディにはあんまり興味なさそうだったよね。なら結局響先輩がこのイベントを受けた目的は何だったんだろうか。
そう思っていると響先輩は、僕の周囲を飛び回っている精霊に熱い視線を送っていた。あ~、なるほどね。これか。
うん、あくまで僕が無理矢理押し付けるだけだからね。響先輩は仕方なく受け取るだけ。もちろん心得てるよ。
「カタリーナ。光の大精霊は君に持っていてほしいんだ。受け取ってくれるかな?」
僕はスッと光の精霊を差し出した。ちなみに響先輩はこの呼び方以外をすると、ぷくーと頬を膨らませて『カタリーナとお呼びくださいませッ!』と訂正するまで何度でもやり直しを要求してくるので、最近はもう諦めた。
「えっ……光? いえ、それよりも大精霊をわたくしに!? よ、よろしいのでしょうか……?」
響先輩はぷるぷると震える手で受け取ったけど、吹き出しで心の声が見えたのならきっと『計画通り』ってデカデカと表示されてるんだろうなぁ……。
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