神の僕(アグディ&カタリーナ視点)

「よくぞ参られたアグディ殿。此度の演武、余も楽しみにしておった」


 100にも満たぬ短耳の幼君が俺様と同格気取りか。まあ短耳はちょっとした事ですぐに死ぬ儚い生物故、虚勢を張るのは防衛本能のようなものだろう。全てが終わった後の落差を楽しむ為と思えば腹も立たぬわ。


「うむ。人族と我らは隣り合う国。交流は密にあるべきと考えた故な」


 短耳王との会話は退屈だが、端折るわけにもいかぬ。適当に話を合わせながら、じきに俺様の物となる、後ろに控える短耳聖女の身体をじっくり観察し堪能していると、ウィスプが信じられぬ事を言い出した。


《このメスの色が赤に変わってるよ……》


「ハァッ!?」


「ん? どうなされたアグディ殿」


「い、いや。失敬、直前にあったつまらぬ事を思い出してしまってな。気にしないでくれ」


 どういう事だ! 聖女は緑だと言っていただろうがッ!


 人族の最大武力である聖女が緑なのであれば、何をされようとも俺様が負ける可能性はない。故に安心して、こうして仮想敵国に乗り込んできているのだ。聖女が赤であれば全ての前提条件が覆るではないか!


《おかしいなぁ。以前見た時は緑だったのに。まあ今は赤だけど……》


 言い訳がましくぼやいているが、元が黄に限りなく近い緑だったとして、血の滲むような特訓の結果、一段階上がってギリギリ黄になったというのであればまだ理解はできる。それならば同じ黄であっても確実に俺様の方が上だから問題はない。


 だが十日やそこらで緑が突然、三段階も上の赤に変わるなんて事があってたまるか!


 まさかこいつ。見間違えたか?

 たしかにTV画面越しではあったが……。いや、それでもこれまでは同じ状況で間違いなど一度もなかった。


 くそっ。くそっ。クソが! どうなってやがる。それともまさか、嵌められたのか俺様は。となれば英雄とて本当に青なのか知れたものではない。奴も数段階上とみるべきか……。


「アグディ殿は何やら顔色が優れぬ様子。少し休憩されますかな?」


「あ、ああ。そうだな。旅疲れもあるのかもしれぬ。やはり二戦は厳しいやもしれんな。今回は初戦に予定されている演武だけにしておいても良いだろうか?」


 俺様を嵌めたのであれば、英雄の代わりに聖女を初戦に持ってくる形で、何が何でも赤の聖女と戦わせようとしてくるはず。しかしここまできて、戦わず帰れば逃げ帰ったと判断されるのは確実。


 どうすればよいのだ。聖女が赤であるなど想定外も良いところだ。


「そうであったか。アグディ殿も種の未来を背負う大事な身体。無理は禁物。今回は大英雄との演武だけでも余は満足なのでお気になされる必要はないとも」


 受け入れる……だと?


 俺様自ら提案しておいて何だが、これを受けるメリットなど短耳には何ひとつあるまい。無論俺様のように相手の武力を測る方法など、他種族にはないのだから聖女がねじ込んだ英雄を過大評価している可能性はある。


 まて、そもそも本当に英雄は数段階上程度なのか?

 

 物を知らぬ馬鹿が大口を叩きよると笑っておったが、本当にそれだけの自信があるのだとすれば……まさか聖女同様に実際は赤だなんて事も……。


 背筋が寒くなり鳥肌が立つ。まずいまずいまずいまずいまずいまずい。王たる俺様が、こんな所で醜態を晒すなど決してあってはならぬ事だ。英雄の本当の色を知る必要がある。早急にだ。


 いや、現在の英雄の色がわかった所で、ウィスプの目を本当に信用して良いのか?

 十日程度前に緑だと言い切った聖女が、目の前に赤として存在しているのに?


 だが、逆に赤というのが間違いの可能性も……。


「どうかなさいましたか?」


 気取られぬよう聖女を一瞥した瞬間、わかっていますよとでも言いたげに聖女が問い掛けてくる。先ほど舐めまわす程に見ていた時は何の反応も示さなかったくせに、気取られぬよう見た途端にこれだ。完全にわかっててやってやがるぞこれは。どう考えても緑の反応ではない。


 短耳の分際で俺様を嵌めるとは、舐めた真似を! 


 業腹ではあるがこうなっては短耳聖女を飼うのは無理だ。方針転換するしかあるまい。それに真の力がわからぬ英雄と戦うのも避けるべきだ。


 この際、開始直後に客席に大精霊を突っ込ませ、暴走した事にして演武自体をうやむやにしてしまうのが一番安全かもしれん。


 多少の見舞金はくれてやる。いずれは国ごと俺様の物になるのだから貸し付けていると思えば良いだけだ。



 ―――★



『さあ、いよいよ人類が誇る大英雄、常坂院世界様と、エルフの王であらせられるアグディ様との演武が開催されます。なお二戦目に予定されておりました大聖女、響・セヴィニェ・カタリーナ様とアグディ様の演武は都合により中止となりましたのでチケット代は払い戻しとなります。予めご了承ください』


 元よりこれが終わった後には二戦目に挑めるような状態とは思えませんから、わたくしの出番は無いものと考えておりました。


 つまり予定は何も変わりません。

 よりにもよって世界様に挑む選択をするなど愚の骨頂ですもの。無知より恐ろしいものはありませんわね。


 それよりも事前顔合わせでのあの纏わりつくような遠慮のない、わたくしの身体を舐めまわすかのような汚らわしい視線。高々エルフの愚王ごときが一体の女にその視線を向けたのか、すぐに思い知ることになりますわよ。


 まあ突然顔色が変わりビクビクしだしたので、何か察するものがあったのでしょうが。


 あの視線が世界様の逆鱗に触れたのかもしれませんわね。あの場に世界様はいらっしゃらなかったとはいえ、万象を見渡す世界様であれば、自身の女が汚らわしい視線を受けた事など容易に察する事でしょう。


 神の怒りに触れた事で魂レベルでの恐怖を感じたのだとすれば、あの突然の態度の変化も頷けますわ。



『おおーとっぉ。これは凄まじい。伝説は本物でした! 恐らくは風の大精霊と水の大精霊。それにこれは……とてつもない輝きですが、こちらは火の大精霊なのでしょうか? ともかくアグディ様の頭上に神に最も近いとされる生命体。噂に名高い四大精霊の内なんと三体もが顕現しております。果たしてこれは人たる身で相手取る事が可能なのでしょうか』


「大精霊の噂は事実であったか……カタリーナ。大英雄は本当に大丈夫なのだろうな? 相手は神に最も近しいと謳われる四大精霊。しかもそれが三体であるぞ……」


「ふふ、心配性ですね陛下は。神に近しいとは逆に言えば神ではないという事ですわ。そんなものが何体顕れようと世界様の敵になるはずがありません」


 なにせ相手として立つ世界様は本物の神なのですから。それを知った上で見れば神気取りのが神の前に立つのはもはや喜劇ですわね。


『おおおおぉーーー大精霊が3本の光の帯となり、螺旋を描きながら絡み合っていきます!!!』


 派手な見た目にただの演武と認識している観客は沸き立ちますが、隣の陛下は本当に大丈夫なのか、負けた場合はどう責任を取るつもりだと、繰り返しつまらない質問ばかりしてきます。


 ……本当に面倒な方ですね。


 エルフの愚王の大道芸に青ざめてる場合ではありませんわよ。何度も何度もわたくしを呼び捨てにしてる事といい、世界様に対する態度といい、わたくしが控えめながらも不快感を示している事にはお気付きでしょうに。いずれは自身の言動にこそ青ざめる事になりますわよ。


『まさか……まさか、これはいったい何が起こっているのか……。螺旋を描き大英雄様に向っていた大精霊が急停止したかと思えば、突如反転! そしてそのままアグディ様を攻撃!!!』


 訂正いたしますわ。これはエルフの愚王にとっての悲劇だったようです。

 この展開はわたくしも考えておりませんでしたわ。けれど別段何も不思議な事ではありませんわね。大精霊はそもそも神のしもべなのですから。


「ご理解頂けましたかしら陛下。これが世界様のお力ですわ。自らは手を下さず、相手の自慢の大精霊ぶきを使って倒すだなんて、なんとも憎らしい演出ではありませんか。ところで事前に仰られていた通り、手加減しましたのに三分持ちませんでしたわね?」


「…………これまでの疑うような言動を謝罪する。そして大英雄殿には祝いの言葉を。くれぐれも、よろしく伝えてもらいたい」


 ようやく少しばかり目が覚めてきたようですわね。


「お伝えしておきましょう。ではエルフの愚王を治療してまいりますわ」


「カタリーナ……殿、その呼び方はさすがに……」


 あら、わたくしにも敬称を付けることにしたのですね。判断の早さはさすが国のトップだけの事はありますわ。ただしその敬称ではまだ不敬なのですけれど。まあいずれ嫌でも自覚するでしょうから今は許して差し上げますとも。


「ご心配には及びません。TPOは弁えております」


 現に今、我慢していますでしょう?

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