さいきょうのせいじょ(カタリーナ視点)

「いくらなんでもこれを独断で受諾するなど、如何いかな大聖女様といえど断じて容認できませんぞ!」


 世界様の指導の下で更なる研鑽を積み自宅に戻ったところ、王宮からの呼び出しがありました。理由は元より想像がついておりましたわ。以前にわたくしと世界様が快諾した演武の件です。


 建前上は演武となっておりましたけれど『互いに実力者なので寸止めは不要であろう』と実戦形式を求めてきた時点で、暴圧によって人類の勢いを削ぎたいとの意図は見え見えですものね。


 以前のわたくしであればそもそも独断で即決などしませんし、国から打診されたとしても相手の武力が未知数である以上は、大局的な視点からむしろ反対に回ったでしょう。ましてやエルフ王は大精霊を使役するとの噂のある相手。重鎮たちが危惧するのももちろん理解できます。


 そんな事は百も承知で受けたのはそれなりの理由があります。

 単純な話、負ける可能性がないからです。確実に勝てる上に、勝てば人類の地位が向上するのですから受けない理由がありませんもの。


「問題ありませんわ。それが証拠に世界様も快諾されたではありませんか」


「そちらも当然大問題ッ! だとッ! 言っておるのだ!!! 言うに事欠いて手加減しても三分持てば良い方だなどとのたまったとの話なのだぞ、大英雄は!」


 聖女が敗れる事は国が敗れるも同然。軍隊の駒としての戦いの中での撤退と違い、一対一で敗れる事があれば、大英雄と大聖女誕生で沸き上がった国民の期待感は地に落ちるでしょう。それは当然大英雄の地位に就かれた世界様も同様です。


「カタリーナ。余も反対だ。あまりにもリスクが大きすぎる故、今からでも辞退すべきと考える。大口を叩くのも良いが大英雄はあくまでも、其方そなたが強く希望した故に褒美として与えた称号に過ぎぬ。あやつはまだ何も成してはおらぬのだ」


 ですから当然国の重鎮たちは猛反対。そして陛下も。

 独断で快諾した演武の日程等、詳細部分を正式に詰める為に送られてきた外交官に、寝耳に水だった国政を担う者たちが慌てふためいているところです。


「……」


 まだです。まだ我慢しませんとね……。いずれ世界様の子を宿し、大々的に発表するまでは、あくまでわたくしは大聖女でしかないのです。では一応は陛下が上なのですから。


 神の未来の配偶者たるわたくしの子は、御伽噺として語られている過去の事例から考えれば、天使と呼ばれる存在になりますわ。


 神たる世界様への暴言に加え、天使の母となるわたくしを、世界様と家族以外が呼び捨てにするなど許される事ではないのですが、神族たる世界様が転生なさって下界に降臨なされている事を話すわけにはまいりませんので、今はまだこらえる他ありません。


「とにかく此度は大英雄及び大聖女様の独断であった旨説明し、特に大言壮語を吐いた大英雄には正式な謝罪をさせた上で辞退する。それでよろしいですな?」


 ???今なんと???



 謝罪?




 謝罪をッ!?



「……………グ……………..」



 神たる世界様が、たかだがエルフの愚王に謝罪???




 何を言われたのか理解した途端、頭が沸騰するかと思うほどの怒りが沸き出したかと思えば急速に冷えていく。


 怒りも頂点を超えると逆に少し冷静になるとは新しい発見ですわね。それにしても100回地獄に落とされても償いきれない罪をどうやってこの愚物に償わせれば良いのでしょうか。


 世界様が何者であるのかを知らない者たちの、無知故の反応なのはわかっておりますが……。それでも神への侮辱とも取れる言動を許す事などできるはずもありません。


 できるものなら今すぐに全てを話して断罪したいのですが、わたくしだけが知るソレを世界様の許可なく話すわけにもいかないのがもどかしいですわ。


 いえ、それよりも今はまず、演武を辞退する必要がない事を理解させるのが先でしたわね。


「ではこう致しましょう。今からわたくしと手合わせする者を選抜してくださいませ。そこでわたくしが敗れるような事があったのであれば、辞退も受け入れましょう。人数に制限は設けませんわ」


 世界様かみに導かれ研鑽を重ねているわたくしが不覚を取るなどあり得ません。それをどんな愚物でも理解できるよう、見せて差し上げましょう。


 今回の演武を受けた後、更にわたくしを上のステージに引き上げてくださったところからみて、エルフ王も弱くはないのでしょう。


 初戦に世界様を指名してきたあたり、頭の方はかなり弱いみたいですけれど。


「……ではすぐに呼び出せる暗部七名と魔導師二名、それに騎士もひとり。人数に制限は設けないなどと大口を叩いたのです。十人で否とは言いませんな?」


「ええ、もちろん構いませんわ」



 ―――★



「騎士と魔導師の時点で予想はしておりましたけど……」


 思わず苦笑が漏れる。

 おじいさまと母上それに暗部。大半が顔見知りなんですもの。それにしたって引退したおじいさままで引っ張り出してくるなんて、人材難にも程がありますわね。


 或いはわたくしの手の内を知る者を集めたつもりなのかもしれませんわね。


 まったく意味はありませんけど。

 世界様に導かれる前のわたくしと今のわたくしでは、もはや別人と言っても過言ではありませんもの。


「陛下の命でここに立った以上、例えリナが相手でも手は抜かぬぞ」


「ごめんねリーナ。今回ばかりは負けてもらうわよ」


「おじいさまや母上とのお手合わせも久しいですわね。どうぞ遠慮なく全力でいらしてください」





 開始の合図と同時に【ライトウォール】と【リジェネート】を発動。


 距離を詰めてくる六人に先行する形で母上が【フレイムウォール】を合わせてくる。


 ですが、わたくしの発動した【ライトウォール】に重なると同時に瞬時に蒸発。同レベル帯のスキルがぶつかれば当然込められた力の総量で勝負は決まりますわ。


 魔法勝負であればまだわたくしを上回っていると考えていたようですわね。母上の顔が驚愕に染まってますもの。もっとも数週間前であればそれは正しい認識でしたけど。


 炎の壁を煙幕に飛ばされていた【ウィンドカッター】と弓矢も光の壁に傷一つ付ける様子はない。こちらは単純に火力が低すぎますわね。木の棒で鉄が切れないのと同様に、無謀な挑戦というものです。


 ……それから接近速度も遅すぎます。


 【ライトウォール】を避けるため120度以上回り込む必要があるとはいえ、ここまで遅いと戦いになどなりません。これでは魔獅子の子供以下です。


 これがほんの数週間前にわたくしが頂点に近いと確信し立っていたステージ、下手をすればそれより上なのですから、とんだお笑いぐさですわね。


 これだけの猶予がありながら距離を詰めきれていない暗部とおじいさまに落胆しつつ、【ライトニングレーザー】で複数巻き込める相手から順次撃ち抜いていけば、一発食らうだけでパタパタと倒れていきます。


 脆い……。魔獅子ですら二発は耐えますわよ。


 ……いえ、感覚が麻痺していますわね。そもそも魔獅子は人が挑んではならぬ魔物。ひとりで楽に倒せるようになったわたくしの方が本来おかしいのですから。


 合間に母上もようやく【フレイムスピア】を撃ち込んできますが、未だ【ライトウォール】の防御を貫くことはできず、僅かな痕跡を残しただけで消滅。【リジェネート】は不要でしたわね。


 相手方はこちらに対し何の脅威も与える事ができない以上、只の的当てとなった戦闘は、結局接近を許すことなく四発目の【ライトニングレーザー】を撃ち込んだところで前衛が全員倒れました。母上を含む後衛はそこでうな垂れ降参の意を示します。


「ご満足いただけましたか?」


 ニコリと微笑んで陛下と重鎮たちを見れば、その顔は完全に引き攣っていました。気持ちはわかりますわ。わたくしも初めてのステージの相手と戦った時はそうでしたもの。


 今回のこれも、あの時のあれも、戦いなどと呼べるような代物ではなく、ただただ圧倒的強者に弄ばれているだけ。倒れた相手に向ける感情は無関心か憐憫となるのは仕方のない事なのです。


 そういえば鬼の娘、シエナに対する雪辱の気持ちはいつの間にか消えていましたわね。まあ彼女は世界様の下僕のようなものでしょうし、今更あの件に関しては思うところはありません。


 それよりもカモフラージュの為とはいえ、世界様を呼び捨てにさせていた事の方がどうかと思いますわ。いずれ折を見て諫言するべきかもしれませんわね。


「あ、ああ、カタリーナに関しては何の心配も要らぬ事はわかった……。だが大英雄の実力も見せてもらわぬうちは――」


せかいさまを疑うのですか?」



 自分でも驚くほど底冷えのするような冷たい声が出た。



 神を雑に扱い、神に謝罪を要求し、神を疑う。

 果たしてこの愚物共に今ここで鉄槌を下すのは間違いなのでしょうか。


 …………いけませんわ。


 彼らは知らないだけなのですから。わたくしとて最初から分かっていた訳ではないのです、これを責めるのは余りに酷でしょう。


 コホンとひとつ咳を入れる。


「……世界様はわたくしごときでは足元にも及びません。100万回戦ったとて勝ちの目はありませんわ。そもそもわたくしの師でもあるのですから当然でしょう」


 話しながらおじいさまに【フルリカバリー】を掛ける。他の有象無象はあちらで勝手に回復させるでしょう。戦闘でそれなりに魔力を消耗したこともあって、そこまで面倒は見切れません。


 と思っていましたけど、ちょうど目に付いたカレンに思うところがあり【リカバリー】を二回掛け、意識と体力を回復させるといつもの頭痛が襲ってきました。相変わらず慣れる事はありませんけど、この感覚も久しぶりですわ。


「カレン。ちょっと試したいので以前のアレやってくださる?」


 成長したのはわかりきってますけど、以前は殆ど反応できなかった暗器に今のわたくしはどの程度余裕をもって対処できるのか確かめたくなったのです。


「では遠慮なくッ…………って……冗談でしょ……」


 なるほど、確かにこれはです。それによーく見えますわ。指で刃先を掴めるほどに。


「強うなったとは思っておったが、まさかここまでとはな……。いつぞやに聞いたセリフだが、もはや人の理解を超えておるわ。我が孫ながら末恐ろしいものよ」


 その後はもう演武を辞退しろと言い出す者はおりませんでした。

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