知らない、イベントだ。

 エルフの王と演武ねぇ……。


 なんでも大英雄&大聖女即位のお祝いと交流を兼ねて、エルフ王自ら演武のような軽い手合わせをしたいとの打診があった。そのお相手に選ばれたのはもちろん大英雄と大聖女だ。


「なに、所詮はお遊びの延長ですとも。堅苦しく考える必要はありますまい」


 そんなイベントは箱舟になかったけど、先に話が通っている響先輩はこれを快諾したらしい。僕だったら知らないイベントなんて怖くてとても受けられない。さすがに主人公になるような転生者は思い切りがいいよね。


 いや、そもそもこのゲームの知識がない響先輩からすれば全てのイベントが未知なんだから今更なのかな?

 むしろ今はゲーム知識持ちの手下ぼくを獲得した後だから、今までよりも強気なのかも。


 ちなみに本来の箱舟ではエルフ王アグディと対決するのは、ナル男の持ち込んだ国家機密を取り返すミッション時に発生するもので、倒した後は味方ユニットにする事が可能だよ。


 王を仲間にってどうなってんのってツッコミは今更だからなしね。そもそもシエナも姫だし、ゲームじゃ王族を駒として主人公が操作するのなんて、当たり前すぎて誰も驚かないしね。


 まあどちらにせよ響先輩が受けたのなら、スネオポジションである僕に断る権利なんてあるはずもないんだけどね……。


 ただ、一国の王様と英雄聖女の演武だなんて、どう考えてもサブイベントの域じゃないし、これはもう僕の考えが全て正しい証明のようなものじゃないだろうか?


 四回目の転生があったならば、推理ものの世界に転生したら、今度こそ主人公として活躍できるんじゃないかって気がしてきた。


 ――――今の僕は冴えてる。


 つまり今回僕に求められている役回りは、アグディとの対戦で……。



 ――――どうすればいいんだろうか?


「う~~ん」


 前言撤回しておくね。この頭の回転の遅さで推理ものとか無謀でしょ。


 そもそも僕は無能なんだから、そこら辺の指示はちゃんと事前に出してほしい。ゲーム知識がある僕なら当然知ってるイベントだと思われてるのかもしれないけど、イレギュラーだらけなんだよ実際は。


「随分とお悩みですな。まあ人族の大英雄とはいえ、我らが王との演武は荷が重いという事ですかな? それならそれで辞退して頂くのは何の問題もありませんぞ。偉大なるエルフ王が相手となれば、畏怖の念を抱き、逃げ出したくなるのは至って普通の事故に。はっはっはっ」


 まあそれでも響先輩が主人公なのが確定した今、僕の立ち回りはある程度限られてくる。というか勝った場合と負けた場合を考えただけだけど。


 僕が勝って傷付いたアグディを響先輩が癒す事から始まるルートか、僕は噛ませ犬としてサクッと蹴散らされて『では次はわたくしがお相手致しますわ』とか言って出てきた響先輩と戦った後で、負けたアグディが『ふっ、おもしれ―女』とか言いだして惚れられるルートの二種類が大本命じゃないだろうか。


 個別でアグディを選ぶなら前者。逆ハー狙いなら後者ってところかな?



 ただしアグディはレベル45相当だし、前者のルートだとレベルキャップがある僕では勝ち目がない。今持ってる装備で埋まるような差じゃないし、明確な弱点があるわけでもないからね。


 つまり僕にできる事はおもしれ―女ルートである事を祈りつつ、噛ませ犬としてド派手にぶっ飛ばされる事しかない。


 そこら辺のわびさびは僕も心得てるつもりだよ。この噛ませ犬役のキャラってさ、自信満々だったり偉そうであればあるほどいいんだよね。


 どれだけ厭味ったらしいキャラであるか、そして大物オーラを出せるかが、ぶっ飛ばされた時のカタルシスの大きさを決めると言っても過言じゃないからね。


 そして僕が派手にやられればやられる程にその後に勝つ響先輩が持ち上げられる事にもなる。


 ついでに大きな口を叩いた挙句に情けなく惨敗した僕は、無事英雄の座を剥奪された挙句に国外追放と、通常であればざまぁな展開も今の僕からすればご褒美だ。


 なんだ一手に複数の意味を持たせるのって意外と簡単じゃないか。近くに教材となる人物がいるとやっぱり違うね。僕の主人公回もそう遠くはないんじゃないかなこれは。


「そうじゃなくて僕が相手しちゃうと、どんなに手加減しても三分持てば良い方だろうからさ。王様に恥をかかせちゃう事になると可哀想かなって思ってね」


「はっ……はは、た・……これはまた大きく出たものですな。では快諾と受け取らせて頂きます。当日が楽しみですな。今のお言葉、努々お忘れにならぬように」


 ちなみに相当って言った理由は、森妖精エルフ土妖精ドワーフ、所謂妖精族は人族と違って『頭・体・足・腕・アクセサリー』の五か所ある装備スロットのどこにでも大精霊を装備する事ができる。もちろん人以外の他種族もアクセ枠でしか装備できない。


 大精霊はそれぞれがレベル+5と、その他にも大精霊ごとの恩恵があって、アグディ本人は初期レベル30なんだけど、光と風と水の大精霊を装備しているのでレベル45相当って事だね。つまりエルフとドワーフは最大でレベル25相当ドーピングできるわけだけど、デメリットも当然ある。


 光と星、水と火、風と土、それぞれの大精霊は体質的に反発してしまうので、相反する大精霊を同時に装備すると、定期的に自爆魔法が発動するような状態に陥る。


 つまり実質的な運用は妖精族であっても+15が限度で、最大ダメージを出すために全スロットに大精霊を装備してぶっ放してる動画を見たことがあるけど、レベル124の火力は凄かったものの、打った後で次のターンが来る前に自分も死んでた。本来防具用の装備スロットを潰してる分、どうしても防御は貧弱になるしね。


 とにかく響先輩の手下転生者として僕がやれることはひとつだけ。僕自身はアグディに勝てる見込みがないんだから、いかに派手にやられるかに尽きる。そして真打ちとして登場する響先輩のレベリングあるのみだ。


 シエナは多分もう手伝ってくれないだろうし、演武の日程はまだ決まってないみたいだけど、準備は早めに終わらせておかないとね。


 ただし瑞希やシエナも放置するわけにもいかないし、そうなると育成は三日に一度か。全員一緒に育成できるなら70くらまでは割とすぐなのに、PTメンバー同士の仲が悪くて同時育成不可能とかゲームだったらクレームものだよ……。


 三日に一度レベリングしつつ、間の二日はスキル上げをしてもらって……。安全マージンを考えれば50くらいまでは上げたいところ。まあ一週間あればなんとかなるかな。


 大丈夫。僕は効率厨だからね。例えソロだろうと育成スピードだけは自信があるよ。むしろそれを無くしたら僕の存在価値はないまであるしね。

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