常坂院の実力(カタリーナ視点)
「わたくしの聞き間違いでしょうか……ちょっと意味がわからないのですけれど」
どれほどの武を見せつけられたのかと思えば、そもそも戦ってすらいない?
それなのに常坂院を人の理解を超えた英雄候補と評するだなんて、いったいどういう了見ですの……。
「お嬢様の仰りたいことはわかります。理由はいくつかありますが一番わかりやすいのは、鬼の娘の常坂院に対しての態度が上位者に対してのそれだったからです」
鬼の国への密偵経験が豊富なクロヴィス隊長曰く、鬼族は力こそパワーを信条とする種族であり、例え家族であろうともはっきりとした上下関係が存在し、自分より弱い相手には決してそのような態度は取らないらしく、鬼の娘の態度そのものが常坂院の武力を裏付けるものであるとの事。
なるほど、鬼の娘よりも強い可能性がある事は理解しましたが、それにしたってあくまで一般的な鬼族に当てはめた場合での指標であり、それが絶対的な指標とも言えない気がしますわ。そもそも人族の男を懸想している時点で普通の鬼族ではないわけですし。
鬼の娘の想像を絶する武力に怯んだせいで、戦ってもいない相手を過大評価しすぎなのでは……。
「次に俺の隠蔽術を完璧に見破った事です。相手が張り詰めている戦場ですら、あそこまで完璧に見破られた事はありません。常坂院は我らが何者なのか、そして
それは確かに凄い能力ですけれど、だからといってイコール武力に繋がるものでもありませんわよね……。と訝しむわたくしに、隊員のひとりであるカレンが近付いてきました。
「まだ納得されていないようですが、これが最後の理由です。……お嬢様。集中して私を見ていていただけますか?」
何をする気かと見ていれば……。
気付いた時には首の横に袖から飛び出した暗器が添えられていましたわ。恐ろしく細く薄い医療用のメスを思わせるその
「……なんの真似ですのこれは」
確かに速かった。暗器使いと知らなければ初見での反応は難しいでしょう。ですがたとえこのまま薙ぎ払われても首が落ちる程の刀身はありませんし、そもそも致命的なダメージが入る前に【リカバリー】を発動できる。この程度でわたくしを
「常坂院は何故か私を回復させた
なるほど、それの再現というわけでしたか。
つまり常坂院はこれを防いだという事ですか……。まあ自分から誘っているわけですし、攻撃が来るとわかっていれば、さっきのわたくしも少しは反応できたはずですからガードが不可能とまでは思えませんけど。
「常坂院はこちらに視線を向ける事すらせずに軽々と躱し、挙句笑いながら『ちょっと遅かったかな』と……。今よりも確実に必殺のタイミングでした。100回
「そういう事ですか……」
確かに全神経を集中させ、初動を見極めた上で防御や回避するならまだしも、視線すら向けずに軽々と躱すのは、普通じゃありませんわね……。
「カレンの暗器は威力こそ大した事はないが、その奇襲性はうちの中でも群を抜いています。持続ダメージ目的だからこその速度特化。それを事もなく躱す俊敏性、そしてこの俺の隠蔽術を完璧に見破る洞察力。何かひとつが特別優れた人間というのはどこにでも……は言い過ぎにしても間違いなく居ます。ですが常坂院は、力が全ての、しかもあれだけの武力を誇る鬼族が従っているという事実も含め、あまりに底が見えないのです。人の理解を超えていると判断したのもこの為です。そして上層部が今回の結論に至ったのもそこが原因かと」
普段のぽけーとした雰囲気に惑わされていましたが、報告を聞く限り常坂院が常識で測れない力を持っているのは疑いようのない事実のようですわね。
それに今にして思えば、常坂院よりあの娘の方が強いとしたら、猪突猛進な鬼族の事です。懸想した相手が他種族であったのなら、鬼の国へ攫ってしまうなんて選択肢が一番に出てきそうな気もしますわね。
主席合格、そしてあの娘が懸想している。この時点でその可能性に思い至るべきだったのかもしれませんわ。
「あいわかった。今回は手をかけさせたな。いずれ借りは返す」
「はっ。お力になれず申し訳ございませんでした」
いいでしょう。認めて差し上げますわ、常坂院世界。貴方はあの鬼の娘と同様に、今のわたくしでは何をしたところで太刀打ちできないほどの高みにいる存在なのだと。
ですがこんな事は今まで幾度となくあった事。母上と初めて手合わせした時もそう。おじいさまに指導して頂いた時だってそうでしたわ。
当たり前のように何も出来ずに負けたわたくしを、気にする必要はない。あんな化け物に勝てるわけがないんだから。皆がそう言って慰めた。
絶対的な相手に敗れた時、多くの者は自分の力では決して届かぬ相手と納得し、諦め、そこで足を止める。そんな姿は嫌というほど見てきましたわ。ですがわたくしは止まらなかった。必ず乗り越えられると信じていたし、実際に乗り越えてきました。
今ではわたくしの武力は既に母上を上回り、全盛期のおじいさまに肉薄しているところまで来ているつもりです。ですからこれは僥倖ですわ。
遥かな高みに居る相手に立ち向かう方法。わたくしは経験則から、それを誰よりもよく知っているのですから。そしてわたくしは更に上のステージへ立ってみせますわ。
―――★
「常坂院さん。ちょっとよろしいかしら」
「あっ、はい……」
翌日。教室で声を掛けると常坂院はビクっと身体を震わせました。駆け引きをしているつもりでも、実際にわたくしを眼前にすれば硬直してしまう辺りはまだ可愛げがありますわね。
ただし今回の目的はまったく別ですから、緊張する必要などないのですけど。むしろ結果的には常坂院にとって幸甚の極みとなるのですから。
「常坂院さんにわたくしの師となって頂きたいのです。もちろん
遥かな高みに居る相手に立ち向かう方法。それはその高みに居る存在に師事する事。母上、おじいさま、そして今回は常坂院だっただけの事。
わたくしはプライドが高いと自負しておりますけど、必要とあらばそれを捨てる事を躊躇ったりはしませんわ。
「……ん? 今何でもするって言った?」
「ええ、何でもですわ」
当然食いつくに決まってますわよね。このわたくしを好きにしていいと言っているに等しいのですから。当然そういった行為を求めてくるでしょう。いえ、計算高い常坂院の事ですし、将来の伴侶となる約束まで求めてきても不思議ではありませんわね。
構いませんわ。いずれは望む望まないに関わらず、婿を迎えねばならぬ身ですもの。そこらの凡俗を宛がわれるくらいであれば、少しぽけーとしている程度の短所は許容範囲でしょう。
何よりわたくしの容姿にあれほど惹かれているのであれば浮気の心配はないでしょうし、こと武に置いてはわたくしの隣に並び立つのに不足が無いのは明らかです。
後はわたくしとの駆け引きを試みたり、暗部に対して遊び半分で挑発したりといった性格面だけが問題ですけど、そこはわたくしが時間を掛けて矯正していく他ありませんわね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます