サブイベント
「探知能力は認めてやる。だがプロ5人を相手にして戦いにすらならない、軽い運動程度の認識とはな。主席合格で己が最強とでも勘違いしたか? 学生風情が舐めてくれたもんだ」
「羽虫は仲間の数を数える事もできぬのか?」
……なにこれ、どういうことなの?
急に人がわらわら湧き出してきたかと思ったら、意味の分からない事を言って絡んでくるし、シエナはシエナでなんかひとりボコっちゃってるし。
「なっ!? いきなりやってくれるじゃねえか。囲めッ!」
僕が制止する間もなく戦闘が始まってしまった。街中で突然襲われるイベントを必死に思い起こしてみるけど、当該イベントは思い浮かばない。
さすがの僕も細かなサブイベントまで全て網羅したわけではないし、発生条件が複雑なものも多いからね箱舟は。
今回のイベントの発生条件はわからないけど、少なくとも人族の国の中での襲撃イベントとなると妖狐の学園襲撃以外はメインストーリーにはない。
つまりサブイベントなのは確定なわけだけど、これはちょっと嬉しいサプライズだよね。ようやく金策の目途も立って極貧状態は脱したわけだけど、余裕があるかと言われれば全然そんな事もない。
ゲームと違ってドロップを僕が独り占めできるわけじゃないし、国外生活になった時の為に蓄えてる宝石もまだまだ全然足りない。だからこそ今回の突発イベントは嬉しいし、イベントクリア報酬に期待してしまう。
そんな事を考えている間にリーダー格の男の指示通りに、シエナを四方向から4人で囲む。
あ~、これは終わったね。
完全に勝確だ。1ユニットを皆で集中攻撃するのはシミュレーションRPGでは基本戦略ではあるものの、対シエナでは絶対やっちゃいけないんだよそれ。
シエナはパッシブスキルで【劣勢憤怒】を持ってるんだけど、これは自身の周囲8マスに敵が多ければ多いほど攻撃力が1.25倍ずつ跳ね上がっていくスキル。4人なら約2倍で、倒れてる人もまだアクティブ判定だったら約2.5倍。最大人数の8人で囲んだりすればなんと約5倍だ。
加えて【振回し】で最大HPの20%と引き換えに、生命力を集め一時的に伸ばした角を鞭のようにしならせ周辺を薙ぎ払う範囲攻撃持ち。多ユニット相手にこれが決まると気持ちいいんだよなぁ。
シエナが近接最強ユニットたる所以はこの2つのスキルに加えて、今はまだ獲得前だけど自分の食らったダメージをそのまま相手に返す【相討ち】スキルまであるからなんだ。つまり多対一も一対一もどっちも強い。
けどまあそんなスキル云々以前に今のシエナはレベル50弱なわけで、これは物語でいうと国内はおろか、周辺国もいくつか制覇していてもおかしくない時のレベルなんだよね。
このイベントで出てきた敵のレベルは不明だけど、国内のサブイベントの敵レベルだと多分まともな勝負にならないと思―――ほらね、やっぱりワンパンだった。
「世界。終わりました」
「シエナは強いなぁ」
さてと、お楽しみのドロップとクリア報酬は……。
…………そういやこれまで基本的にダンジョンで魔物しか狩ってこなかったから、撃破と同時に光の粒子になって、その場にアイテムや宝石が落ちるシーンしか見てこなかったんだけどさ、相手が魔物以外だとどうやってドロップ確保するの?
倒されるとそのまま消える魔物を除けば、基本的に戦闘不能=瀕死であって、完全消滅となる死亡は瀕死状態のユニットに意図的な追撃を行わない限りは発生しない。
瀕死状態で追撃を受けると80%の確率でレッドステータス付与。20%の確率でユニット消滅となるから、普通は瀕死になった時点ですぐに下げる。
一度下げるとその戦場にはもう参戦できなくなるので、どうしてもその戦場で必要なユニットであれば追撃のリスクを受け入れた上で、気付け薬で瀕死を回復させて、更にHP回復の二工程を経て復帰させる感じだよ。
魔物みたいにHP0=消滅にしちゃうと味方ユニットも簡単に死んでしまうからね。そこを味方だけはそうそう死なないようなバランス調整で回避しようとするとヌルゲー化してしまうし。
そんなわけでゲームではテロップで〇〇を獲得。ってだけだったから魔物だろうと人だろうと変わりなかったけど、ちょっと困ったぞこれは。
ドロップはまあ今回は落ちなかったものとして納得はできる。けどサブイベをクリアしたのに報酬無しはさすがにおかしい。
既に敵ユニットは全員戦闘不能状態なのは間違いない。だけど気を失ってる相手を叩き起こして、あの~クリア報酬どうなってるんですかって聞くのもなんだか変な話だよね。
う~ん。となれば勝手に懐をまさぐるしかないんだろうか。
けどなんだかそれって、知らない人から見るとまるで僕が強盗してるみたいにならない?
人目が一切無いのならそれでもいいんだけど、街中だったせいで野次馬の視線も一定数あるしちょっと躊躇するよね。
仕方ない。一応気付け薬もあるし、とりあえずシエナが最初にボコったお姉さんを起こして交渉してみるか。
なんでこのお姉さんを選んだかって?
だって他はいきなり因縁付けてきたリーダー格と、厳つい筋肉ダルマと、今にもナイフを舐めだしそうな薬でもやってそうな男と、ハゲなんだもん。消去法だよ。
「うぅ……」
「大丈夫ですか~?」
僕が優しく声掛けすると、お姉さんは額に手を当てながらゆっくりと目を開いていく。そして身体を起こしゆっくり周辺を確認すると、その目は驚愕で見開かれた。
まあ最初にいきなりボコられて意識を失って、気が付いた時には自分のPTが全滅してるんだもん。驚きもするよね。
さて、問題はここからだ。クリア報酬の交渉なんてゲームになかったから経験なんて当然ないけれど、国内でのサブイベ、それも原作開始前という時期も考えれば最大でも3等級宝石が数個くらいだろうか。
問題は目の前のお姉さんにどうやってそれを要求するかなんだけど…………。想像以上に言い難いよこれ。
結局のところどんなに取り繕った言い方をしても、最終的には『金を出せ』に直結するわけで、見方によっては恐喝だもん。もちろんこれは正当な権利の主張なんだけどね。
「…………」
それに、そもそも論になるんだけど、なんで僕の方から要求しなきゃならないの?
やられ役ならやられ役らしく、ちゃんと報酬までそっちで用意するべきでしょ。
…………まさかだけど。
僕にはイベントクリア報酬すらなかったりする?
あり得る……。これまでレベルもドロップもスキル上げも結局全部駄目だった。唯一の希望はPTメンバーのドロップ乞食が可能な事と、その装備アイテムがしっかり機能する事だけ。
となれば、せっかくイベントをクリアしても今後ずっと僕のせいで報酬は無しって事になるよね。クソゲー過ぎない?
まあ僕からすればクソゲー仕様なんだけど、主人公の立場で考えれば自分がクリアしてないのに『敵役が先にこのイベントはクリアしてるから報酬無しね』なんて言われても納得できない事はわかるよ?
「…………」
だからこそ『瑞希はナル男に惚れたので、主人公の幼馴染兼ヒロインはもういません』って事にブチ切れられないよう、ヒロインを強制変更しようと今まさに頑張ってるわけだし。
ならこのお姉さんに交渉しても無駄だろうか?
それともダメ元でチャレンジはするべき?
そんな風に悩んでて僕は気付いてしまった。
さっきからずっとお姉さんが僕を凝視している事に。
あーー。考えることが多くて完全に忘れてたよ……。こんな距離でずっと女性の近くにいたら、僕のフェロモンチートで惚れられてしまうに決まっているじゃないか。
とりあえず距離を空けないと告白お断りイベントがまた一つ追加されてしまう。
「…………ウソッ」
大急ぎでその場から飛びのいてみると、お姉さんはこちらに向かって手を伸ばしていた。それはまるで別れ話をする恋人に必死で縋る姿を連想させる。
「ははっ、ちょっと遅かったかな……」
いやもうここまでくると笑うしかない。こんな一瞬で、しかもモブ敵ユニットのお姉さんまで惚れさせるとか、『僕のフェロモンチートが最強すぎて逆に使い勝手が悪いまである』とかいうラノベタイトルの主人公になれそうなレベルだ。
ドロップは何も落ちず、クリア報酬はもらえない。挙句にまた一人僕に夢中な女の人を生み出してしまった。これじゃーサブイベントやり損だよ……。
まあ愚痴ったところで仕様が変わるわけでもないし、これ以上この場に留まるとこの人も確実にストーカー化するだろう。
色々納得いかないけど、諦めてさっさと離脱するとしよう。
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