福音(カタリーナ視点)

 わたくしは幼い頃から褒められる事が好きでした。

 ですからまた褒められる為に努力する。ですけど次はそれ以上、また次はそれ以上をと際限なく続くわたくしの欲求は、どこまでも果てがない。


 次第にただ褒められるだけでは満足できなくなり、重視するのは『誰に』褒められるかに変化していきました。


 普通の公務員である父に褒められるよりも、上級魔導師の母に褒められる方が誇らしかったし、母に褒められるよりも騎士団長であった祖父に褒められる方がより一層誇らしかった。


 一度自身の欲求の根源は何なのか、調べてみたことがあります。

 そこに書かれていたのは、過剰な承認欲求、高いプライド、他者との比較癖etcと碌な事は書かれてませんでしたわ。


 ええ、認めますとも。わたくしはとてもプライドが高く、嫉妬心が強い。自身よりも優れた存在が居る事が我慢なりませんし、納得する気も諦めるつもりもありませんもの。


 ですから誰よりも努力してこれたし、それに相応しい結果も手にした。

 ……けれど足りない。ぜんっぜん足りませんわ。


 聖女に認定され、陛下にお褒めの言葉をいただけた時は、まさに天にも昇る気持ちとなり、これこそがわたくしの求めてきたものだと感じました。


 ――その時だけはですけれど。


 その日の夜にはもう納得がいかなくなりましたわ。

 何故このわたくしがそこらの歴代聖女と同列に扱われていますの?

 彼女らは本当にわたくしと同等の努力をしてその地位を得たのですか?

 納得いきません。ですから思い知らせますわ。歴代の聖女とわたくしは違う。わたくしの方が圧倒的に優れている事を。


 さあ、ご覧遊ばせ。


 これまでの聖女はわたくしのように最前線で戦う事ができまして?

 味方を鼓舞し、時には癒し、敵を焼き尽くし、叩き潰す。


 その曇った目をしっかり見開いてわたくしをご覧なさい。これでもわたくしはこれまでの聖女と同列ですの?


 古い考えに固執する愚かな者たちが、わたくしの事を陰でなんと言っているのかよーく知っておりますとも。


 何の問題もありません。それすらもいずれは賛辞に変えてみせますもの。わたくしにはその力がありますし、それを成し得るだけの努力をしておりますから。



 ―――★



「そこの娘、そこで何をしておりますの?」


 新入生が入ってくる入学式の日。2年生となったわたくしは他種族のスパイを警戒し校内近辺を見回りしていました。この学園は人類の未来を担う人材が集う場所。例え今は戦争状態に入っていなくても、仮想敵国として周辺諸国が常に隙を伺い密偵を送り込もうと躍起になっているのですから。


 深く帽子を被った怪しげな娘を発見し、声を掛けたのはそんな時でした。


「……世界が帰って来るのを待っておる」


 不機嫌そうな様子で渋々答えたかと思えば、世界が帰って来るのを待つ?

 なにを言いたいのでしょうかこの娘は……。終末論的なものでしょうか。


 とんでも論争に付き合う気はありませんが、ますますもって怪しいのは確かですわね。


「要領を得ませんね。名を名乗りなさい」


「…………貴様はなぜわらわに命令しておるのだ? そもそもわらわの名が知りたいのであれば貴様が先に名乗るのが礼儀であろう」


 娘の雰囲気が一変した。この重圧はただ者ではありませんわね。やはり密偵のたぐいでしたか。


「この学園を探っておきながら、このわたくしを知らないとでも?」


「貴様ごとき羽虫をわらわが知るはずもなかろう」


 なるほど。目的はわたくしの戦闘力調査といったところでしょう。必死に挑発して、あくまでも個人的な諍いが原因での戦闘といった建前での調査。後々組織や国の争いにまではしたくないとの思惑が透けて見えますわね。


 ならばこれも一興ですわ。わたくしを探ろうとする以上は、それなりの腕の者を送り込んできているはず。その安い挑発に乗った振りをして、逆に密偵のレベルを探らせて頂きますわ。


「どうやら必要があるようですわ。まあ心配なさらずとも全て吐き出した後でなら態度次第で【リカバリー】を掛けて差し上げましょう」


 わたくしに挑む愚かさを知らしめ、どこの手の者かしっかり吐き出させますわ。背後関係まではっきりさせれば、陛下もまたわたくしを褒め称える事でしょう。



 ―――★



 案の定娘の正体は人ではなく鬼族でしたわ。けれど問題なのは……。


「ばか、な……」


 あまりにも次元の違う強さ。Aクラス序列一位のこのわたくしが、何もできず転がされている。


 近接では地力が違い過ぎて相手にならず、距離を取って戦おうにも、猪突猛進の鬼族は生半可な魔法では怯みもしない。挙句【リカバリー】での莫大な回復量が素手での打撃をひとつ食らうだけであっさり消し飛ぶ。


 やっている事は力任せのゴリ押し戦法。なのにそれがどこまでも重く、そして硬い。まるで鉄の塊を相手にしているようでした。


 生物としての格が違い過ぎる。そう感じずには要られないほどの圧倒的強者。まさかここまでの者が鬼族に存在していただなんて……。



 ですがわたくしが許せないのはそんな事ではない。

 魔力も尽き、割れそうなほどの頭痛と指一本動かせなくなった身体。


 もはやこれまでかと死を覚悟すらしたわたくしに、あの鬼の娘は心底面倒そうな表情で「そろそろ世界が帰ってくる時間だ。わらわはこれ以上くだらぬ児戯に付き合う暇はない」と宣言し、わたくしにトドメを刺さず立ち去った事。


 あのわたくしには何の興味も示していない無関心さ。挑発でもなんでもなく、本当に絡んできた羽虫を払い落としただけだと言わんばかりのあの態度。遥かな高みからどこまでもどこまでも人を見下したあの視線。


 許せない。許せるわけがありませんわ。


 確かに今すぐにはとても敵う相手ではありません。ですが必ず、必ず超えてみせますわ。勝ち逃げなんて絶対にさせません。そしてその時が来た際には、路傍の石のように扱って差し上げますとも。


 ただし、あれはただの偵察などではなく、鬼族でも間違いなく名の知れた者でしょう。そんな鬼が人の国に住んでいるとも思えませんし、そうそう次の機会は訪れないはず。


 いずれ折を見てあの鬼の娘の正体をお祖父じいさまの伝手に頼って調べようと思っていたのですが……。


 予想に反して次の日も、またその次の日も、鬼の娘は校門付近に現れました。


 その様子を観察していてわかった事がありましたわ。世界とは、単に今年の新入生主席の常坂院世界の名前だったという事。そして鬼の娘は明らかに常坂院世界を懸想しておりましたわ。


 そういうことでしたか。


 あれほどの武力を持ちながら、自国で軍に属する事もなく他種族の国をうろうろしているのは違和感がありましたが、理由は男でしたか。でしたらまずはAクラスに新たに入ってきた新入生、常坂院世界を調べ上げるのが先ですわね。と……そう考えていたのですが……。


 驚いた事になんとこの常坂院世界という男、どうやらわたくしの熱烈なファンのようでしたのです。


 聖女に認定されて以降は煩わしいとしか感じなかった、わたくしの容姿を称える美辞麗句が、今この時ばかりは福音に聞こえる。


 鬼の娘が欲して止まないであろう常坂院世界の心は、あの娘ではなくわたくしに向いている?


 わたくしと同じ主席合格とはいえ、どことなくぽけーとした気の抜けた感じのする男ですし、到底わたくしの隣に並び立てる器には見えませんがこの際それは構いませんわ。


 そんな事より羽虫のように扱った相手に、自分が懸想している男が夢中と知ればあの娘はどんな顔をしますの?


 ――――自然と口角が吊り上がる。


 ましてや、その相手と付き合った場合は?


 そして、女としてだけでなく武でもわたくしがあの娘を上回った際には、これはもう要りませんわとばかりに、目の前で下賜するかの如く譲って差し上げたら……。


 ――――身体が歓喜でぶるっと震える。


 そうすればあの娘は、もう生涯わたくしをあんな目で見る事はできなくなるでしょう。


 あれだけの屈辱を受けたのです。倍以上にして返さねばわたくしの誇りは取り戻せない。

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