聖女編

第二部プロローグ

 時の流れは早いもので、気付けば僕は中学を卒業し、国中からエリートが集まる人類防衛学園へと入学していた。


 この学園は通常の高校とは違い、他種族に対抗する人類の英雄を育てるべく設立されたもので『高い戦闘力、創造力を培い、人類こそが至高の種族であるとの矜持を持ち、悪辣種族の侵略を挫き、劣等種族を守り導き、社会に主体的に貢献できる能力の素地を育む』なんて理念を大真面目に実践しているんだよね。


 クラス分けはA、B、Cの三クラスで、合格者は入学直前にここで更に対人実践テストを行う。これは直前に実力を測る事で替え玉入学を防ぐ為。


 その結果を経て配属されるクラスが決定するんだけど、大抵がCクラスとなり、入学時からBクラスであれば、かなりの有望株とされている。つまり原作の僕は雑魚キャラ扱いされがちだけど腐っても中ボスだし、この時点ではそれなりに有望株ではあったって事だね。


 ちなみにAクラス入りは新入生で一人だけとの制限があるので、A入り=主席となる。また模擬戦や入れ替え戦などを経て上級生下級生関係なく随時完全実力主義でクラス替えは行われるよ。


 定員はAクラスが20名、Bクラスが50名、Cクラスが100名となっている。

 毎年50+前年度卒業者数の入学者を新たに入学させると共にCクラス下位50名がところてん方式で押し出され退学処分となる。

 卒業資格はAクラス在籍3年で獲得できるけど、本人が希望すれば在籍延長も可能。


 人類防衛学園卒業者は将来が約束されたも同然で、軍部、官庁、民間問わず引く手あまただ。


 僕はここでBクラスに配属され、瑞希はCクラスに配属される……のが原作の設定だったけど、検証も兼ねて可能な限りレベリングをした結果、僕はAクラスで瑞希はBクラスとなった。


 レベルの上がらない僕が何故Aクラス入りしたかといえば、シエナが40中盤のレベル帯ダンジョンでドロップした装備を僕に貢いでくれたからだ。要するに装備の力だね。


 ちなみにその過程で僕はスキルも上がらない事が確定してるよ。はいクソゲー乙。


 そうそう、検証の結果なんだけど、……まあもう答えを言ったも同然だけどシエナも瑞希も無事経験値やアイテム類のドロップが発生した。瑞希のおかげで低レベル帯で序盤の金策ができたのも大きかった。


 とはいえ既にその瑞希も僕よりレベルが上なんだけどね……。

 シエナから貰った装備がなければ、瑞希がAクラス入りしてたのは確実だね。


 武器のドロップは実は1級宝石以上にレアで、雑魚から落ちる確率は運で上昇するけど基本値0.003%。自分が装備したい系統の武器が出るとも限らないので、かなりのマゾ仕様。


 だから普通は固定ドロップする敵でリセマラするのが当たり前なんだけど、リアルになったこの世界じゃできないなぁ。


 アクセ系だけはそれなりに落ちやすいけど、今回僕がシエナから貰った防具であっても1級宝石と同等確率。


 だから基本的には店売りの武器防具を、宝石を使って強化していく。宝石の等級が低いほど成功率は下がるから堅実派とギャンブル派で求める宝石が違うのも面白いところ。最終装備には結局全部ぶち込むんだけどね。


 もちろん僕は貯蓄最優先なので強化に使う余裕はない。


 それにどんなに強化したところで装備で誤魔化せるレベル差にも限度があるから、近いうちに瑞希に対しても逆立ちしても勝てなくなるのは間違いない。


 あとこれは敵を倒すのに必要なアタック回数からの予測だけど、現在のレベルはシエナが47か8で瑞希が30ちょいってとこだと思う。



 今回こうしてAクラス入りできた事で主人公のメインヒロイン(強制)との距離が早期に近付いたのはラッキーだった。原作まで残り1年と少し。しっかりと主人公との出会いを演出しないとね。


 そんな主人公のメインヒロイン(強制)はAクラス内でも常にクラスの中心で、ひと際目立つ存在である聖女、響・セヴィニェ・カタリーナ。


 金糸を集めたような細く美しいストレートの髪をハーフアップで纏め、まるで騎士のような凛とした雰囲気を醸し出している。実際彼女は騎士としても優秀であり、遠近に加え回復まで兼ね備えたオールラウンダーだ。


 戦闘の特徴は【ヒーリング】の上位魔法となる【リカバリー】という聖女のみが使える強力な回復手段を奥の手とし、上級魔導師である母親直伝の【フレイム】と、元近衛騎士団長である祖父の指導の下獲得したランスを用いた多彩な近接戦闘技術で、エリートの集まる学園内の上澄みであるAクラスにおいても頭一つ飛び抜けている。


 昨年の主席合格者であり、入学後は無敗のまま頂点へ。1年生としては学園史上初の快挙となるAクラスの序列一位の座に君臨している才女である。


 ここまで聞くとゲームを知らない人はめちゃくちゃ強そうって印象になると思うけど、今の彼女ははっきり言って雑魚なんだよね。


 攻略法は明確だし、彼女本来のポテンシャルをまったく引き出せていない。典型的な器用貧乏。


 さあメインヒロインになるために、彼女には敗北の味を知ってもらうとしよう。



 ―――★



「そんなわけでですね。聖女様の近衛ファンクラブを設立したいって考えてて」


「さすがに近衛ファンクラブはなぁ。まあ気持ちはわからんでもないが……」


「いやいや、ライリー先輩は同じクラスで1年過ごしたせいで、感覚がマヒしてますよ。響先輩のを考えれば全然おかしくありませんって」


 学園生活も数日が過ぎ、上級生しかいないAクラスで少し浮いていた僕だけど、ようやくクラスメイトとも少しは交流が出てきた。


 このタイミングで、放課後に僕が何をしているのかといえば、要は布教活動ってやつなんだ。


 聖女のファンクラブはとっくに存在しているけど、それをクラス内でも作り上げて、近衛ファンクラブを結成するべきだと主張しているわけだ。


 そしてファンクラブ設立の理由が何より重要で、それは彼女が聖女だからでもなく、クラスで誰よりも強いからでもなく、ただ『美しい』から。僕は彼女の外見をこれでもかとばかりに褒め称える。


『ブルーサファイヤも霞む美しい目』

『光の束を集めて作ったような眩い髪』

『陶器のように美しくシミ一つない肌』

『それらが完璧なバランスで調和された、神ですら創り出せぬ奇跡』


 そんな美辞麗句を並べ立てるAクラスに入ってきたばかりの新参者。これを数日続ければ、我慢の限界となった響先輩が――


「ちょっとよろしいかしら?」


 こうして接触してくるんだよね。というか早っ!? 毎日毎日恥ずかしげもなく~なんてセリフがあったはずだから、ここまで早く釣れるとは思ってなかったよ。僕が工作を始めてまだ5分だよ?


 ちなみに今まで僕が喋っていた内容は、本来年末にAクラスに上がってくるモブのセリフなので、半年ほど早かった事でタイミングが狂ったのかもしれない。

 まあ早いに越したことはないのでいいんだけどね。


「はははははい! なんでしょうか聖女様!」


 そして響・S・カタリーナという女は、実は自身の外見を褒め称えられるのが『大嫌い』なんだよね。なにせ彼女は努力の人。誰よりも努力して今の地位を獲得した自負がある。


 それなのに歴代聖女で最高の美しさとの評判もあったが故に「美貌で陛下に取り入った偽聖女」だの「見た目だけで聖女となった女」などど揶揄されてきた。


 本来聖女認定を受けた者はその癒しの力を最大限生かすべく、他の道は全て切り捨て回復のスペシャリストとして後方支援に徹するのが常だった。だが響先輩はただの聖女では満足しなかった。


 初代聖女且つ歴代最高の聖女と名高い大聖女マリアンヌ以降、歴代の聖女がずっと受け継いできたスタイル。そんな慣例を破り近接も取り入れ、所謂殴り聖女という、これまでの常識からすれば異端とも言える聖女となる。革新的な彼女のスタイルには当然反発する者も多く、先述の揶揄へと繋がるんだよね。


 そんな彼女が同じクラス内で自身の外見を褒め称える男を目にすればどうなるか。


「随分とわたくしに傾倒されているようですわね」


 続くセリフももちろん覚えている。

 『それほどわたくしに興味がおありでしたら、これから模擬戦でお相手して差し上げますわ。まさかこの栄誉を断りはしませんわよね?』だ。


 この防衛学園には2つの競争システムがある。模擬戦と入れ替え戦だ。

 模擬戦とはクラス内での序列対決で、入れ替え戦は他クラスとの対決となる。今回は関係ないので入れ替え戦については割愛するけど、模擬戦は基本的に下位の序列の者が上位に挑む為のもの。


 勝てば相手の序列を奪えるし、負ければ序列は10下がる。つまり序列11以下の者が上位者に挑戦して負ければクラス落ちする。ついでに挑戦した側が負けると次の戦い(挑戦されるか入れ替え戦)で勝つまで挑戦資格を失う。


 上位者はこの挑戦を基本的に拒否する事はできず、正当な理由(病気や二週間以内に挑戦を受け防衛に成功している等)なく拒否した場合は不戦敗。逆に上位者から下位の者に模擬戦を申し出た場合は、下位の者はノーリスクで拒否可能。


 もちろん受ける事も可能だし、勝てば相手の序列を奪えるのも同じ。違うのは申し込んだ上位者側には勝ってもメリットはなく、負けた場合は序列が70下がる。つまり問答無用でCクラス落ちが確定する。


 こんなハイリスクノーリターンを犯す物好きは普通いないんだけど、響先輩だけは違う。過去にも目障りと感じた上級生を、下位クラスへ叩き落とした実績がある。自分に絶対の自信があり、負ける事なんて一切想定していないからこその行動だね。


 そんな彼女は今日僕にボコボコにされてC落ちするわけなんだけど、何故C落ちさせるのかというと、来年の5月に編入してくる主人公がCクラスに入るからだよ。


 落とすタイミングが早すぎると、来年までにクラスを上げそうなのがネックではあるけど、その場合は瑞希をぶつけて再度C落ちさせればいい。


 本来Cクラスで出会う最初のヒロインが瑞希なんだけど今回瑞希はBクラスだし、ここで響先輩をCに落とせば、主人公が最初に出会うヒロインが響先輩に入れ替わるって寸法なんだよ。


 結局初回プレイ時に多くの人が瑞希ルートに入った最大の理由は『最初に出会ったヒロインだから』なんて身も蓋もない理由な訳で、それだけ出会う時期ってのは大事なんだ。


 最初に出会い、頑張って好感度を高めて仲良くなったヒロインは最後まで推したくなるのが男のさがってやつなんだよね。


 さて響先輩、君は僕をB落ちさせる気満々だろうが、残念ながらしっかりと聖女対策を立ててきている僕に隙はない。君にはCクラスで主人公くんのメインヒロインをしっかりこなしてもらおうじゃないか。




「それほどわたくしに興味がおありでしたら、お試しで付き合って差し上げてもよろしくてよ。ええ、当然健全なお付き合いですが。まずは帰宅を共にするところからでいかがかしら?」


「ほへ?」

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