私が居るから(瑞希視点)
屋敷が酷い事になってるから早めに帰ってきてほしいってお母さんからメッセージが届いてた。酷い事ってなんだろうと思いつつも、HRも部活も欠席させてもらって急いで戻ると、本当に酷い事になってた。
何があったか聞いてみれば
ママがもうすぐ帰ってくる世界くんの部屋を先に掃除している間に、私は割れた窓ガラスの破片を集めていく。屋敷にある殆どの窓が割られていて、天窓すらも何かを投げつけて割ったようで奥様の怒りの程が見て取れる。
けれど私は奥様にそれほど同情する気にはなれない。
もちろん
ここに住んでもう2年が経つ。その間に奥様が世界くんとまともに会話しているのを見たのは数える程しかない。食事を一緒に摂る事すら稀で、例え食卓を囲んだとしても、一言二言交すだけで終始無言の時すらある。
奥様の関心は宝石や化粧品、自身に関わるものばかり。
家庭を顧みない父親に子供に愛情を与えない母親。こんな両親でよくあんな素敵な人に育ったものだと逆に感心するぐらい。反面教師ってやつなのかな?
あれから世界くんとの距離はまだそれほどは縮まってないけど、最近はお弁当も素直に受け取ってくれるようになったし、間違いなく良い方向には進んでる。
これからもっと頑張らないと。
ガラス片の片付けがようやく終わったあたりで玄関から声が聞こえた。
ママと一緒に出迎えると世界くんは唖然とした表情で立ち尽くしていた。
そりゃそうだよね。私は先にママから聞いてたけど、帰ってきていきなりこの惨状を見たら普通はこうなるよ。
「これはいったい……なにごと?」
「それが……旦那様の妻を名乗る方が現れてね……奥様と話し合いを持たれたんだけど……」
その後ママが私にした説明をもう一度世界くんにしていると、下を向いてくつくつと笑っていて、吹き出すのを堪えているような様子さえ浮かべてた。
奥様が出て行って少なからずショックを受けるんじゃないかって心配してたけど、杞憂だったみたい。そうだよね、普段から母親らしい関わりなんてなかったし、そういった意味ではショックが少なくて不幸中の幸いだったのかも。
私が同じような立場でママにひとりで出て行かれたらって思うと、今回ばかりはあの母親で良かったって思っちゃった。
世界くんはそのまま部屋へ戻って行った。
「それじゃ私は応接間を片付けてくるね」
「ええ、お願い。ガラス片がまだ残ってるかもしれないから気を付けるのよ」
「はーい」
荒れ果てたこの広い屋敷を片付けるのは重労働だ。多くの家具が倒されてるけど、倒すのはてこの原理で簡単でも持ち上げて元に戻すのは凄く力が必要。私もそれなりには力がある方だけど、こういう時はやっぱり男手が欲しいよね。
うん、そうだ。こんな時だもん。世界くんにも手伝ってもらったっていいよね。協力して重い物を一緒に持ち上げるのってなんだか連帯感が生まれそうだし、仲を深めるには良い切っ掛けかも。
そう考えて世界くんの部屋に行ったんだけど彼はいなかった。
「あれっ。部屋に戻ってない?」
世界くんのカバンやコートがいつもの位置に置かれていない。つまり学校から帰ってきた後に部屋に戻っていないって事。自分の部屋に戻ったんじゃないのならどこに向かったんだろう……。
そうだ。もしかしたらトイレに駆け込んでたり?
1階のトイレ、2階のトイレ、来客用、使用人用……いない。
虫の知らせってこういう感覚をいうのかな。なんとなく嫌な予感がした私は屋敷中の部屋を探し始める。どこの部屋もまだ片付けが終わってなくて滅茶苦茶だ。
「ママッ! 世界くん見てない!?」
「えっ。世界さんはお部屋に戻られたんじゃない?」
客間で掃除をしていたママに聞いてみるけどやっぱり見かけてないみたい。
いつの間にか私は屋敷の中を走ってた。ママに怒られるかもなんて考える余裕すら消えて、部屋のドアを開けたまま、閉じる時間も惜しんでそのまま次の部屋を探す。
嫌な予感がピークに達した時、開けた扉の先に世界くんの後ろ姿が目に入る。
なんだ、居たんじゃない。脅かさないでよね。
ほっとすると同時に、また世界くんに振り回されたような気がして、少しばかりムッとした。こんな惨状なんだから自分から手伝いを申し出てくれてもいいんじゃないの? ってちょっと拗ねた感じで言ってみようかな。
そんな事を考えながら声を掛けようとして気付いた。
彼が今いるのはどこ?
散乱してる部屋ばかり見てきてたから気付くのが遅れたけど、彼は今何に囲まれてる?
…………私は何度同じことを繰り返すんだろう。
本当に本当に私は浅はかで馬鹿な女だ。
目に見えているものが全てじゃない。つい最近に学んだことすら何も生かせず、また同じことを繰り返している。
だからッ!!!
今こうして世界くんは、屋敷から出て行ってしまった母親の部屋で!
母親のドレスをかき集めて! そしてそのまま気が抜けてしまったかのように、その場で動けなくなってしまっている……。消えてしまった母親の温もりを必死で求めるように……。
自分の馬鹿さ加減にうんざりする。
普段から母親らしい関わりがないからショックは受けていないはず?
笑ってたぐらいだから大丈夫?
どんな母親であっても世界くんにとってはたった一人の母親だ。その母親が出て行って平気な子供が居るはずがないでしょ。
今の彼は捨てられた子猫も同然だ。
誰よりも助けを必要としているのに、伸ばされた手が怖くて必死で威嚇してしまう。なんて事はないとばかりに虚勢を張って、弱いところを見せないように無理やり笑って……。
その証拠に人前では強がって見せたとしても、こうしてひとりになってしまえば……。
きっと今、私が大丈夫? なんて声を掛けても何でもない振りをして誤魔化してしまうだろう。
なら私は何をすればいい?
……違う、そうじゃない。
ここから先はそんな半端な同情で踏み込んでいいわけがない。
私はこの人の為に何をしたい?
私はこの人とどうなりたい?
…………一緒に居てあげたい。ううん、居たい。
傷付いた時には包み込んで、癒してあげたい。ずっと変わらない愛もあるって教えてあげたい。ただ傍にいたい。寂しいなんて思う暇もないくらい、たくさん子供を産んで、大切に、大切に、一緒に育てて、おじいちゃんおばあちゃんになってもずっと一緒に……。
それでも母親の温もりは与えてあげる事はできない。けれど家族としての愛は与えてあげられる。私も世界くんと家族になりたい。
うん、大丈夫。私にはちゃんと覚悟がある。生涯をかける覚悟が。
ならもうやる事は決まってる。
彼が今どん底に居るのなら、無理矢理にでもそこから掬い上げてしまえばいい。他の事を考えれなくなるくらい、私で埋め尽くしてしまえばいい。
世界くんは私が必ず幸せにしてみせるから。
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