想定通り
そんな訳で毎週末に開催されている闇市にやってきたよ。
ここでは強力だけど副作用も強いドーピングアイテムや奴隷等々、表では販売できない非合法な物が盛沢山だ。
資金に余裕があれば買いたい物はたくさんあるんだけど、先日父親から振り込まれた今月のお小遣いのを合わせても今の手持ちは240万程。これは安い奴隷なら買えるかなって金額。鬼族は基本1千万以上はするから本来であれば到底足りない。
ただしシエナに関しては特殊な事情があるので、原作では10万Gで買えるんだけど現時点でもそれが通用するかは不明。
先日孤児院に隠しておいた宝石2つも念の為持ってきたけど無駄使いはできないね。
あれもいいなこれもいいなと横眼で見ながらも、誘惑に負けず一直線に奴隷商の店へと向かう。
――――居た。
多くの奴隷が並ぶ檻の中、端の方の目立たぬ位置に、根元からポッキリと角の折れた鬼族の女が居る。間違いない、シエナだ。年のころは見た目的には60歳ぐらい。原作ではよぼよぼでガリガリの老婆だったけど、2年前という事もあって現在は普通のおばあちゃんって感じかな。
本来人族の2倍程度の寿命を持つ鬼族が何故2年でそこまで老化するのかといえば、鬼族の生命の源は角であり、それが折れるとそこから際限なく生命力が零れ落ちる為、角が折れた鬼族の寿命は5年以下となる為だ。
シエナは原作開始時点で33歳。つまり現在は31歳なので人族に換算すれば15、6歳程度なのだがご覧のあり様だ。
シエナ。鬼族の姫にして箱舟最強の近接特化ユニット。切れ長の目に赤ワインを彷彿とさせる 深く濃い赤紫色のミディアムヘア。派手な見た目に反してあまり表情は動かず口数は少な目。その尊大な態度も相まって、冷徹な印象を受ける全盛期のシエナだけど、今も若干その面影は残っている。
髪こそ色が抜け艶も消えているけど、鋭い目つきは健在で原作のような全てを諦めた印象には程遠い。ただ結構な歳に見える女性が目つきだけは妙にギラギラしているのってちょっと怖い。
それに原作では服もボロ布一枚だったのが、今のシエナは孫が居ても不思議ではない見た目だというのに、着ている衣装はまるで娼婦のように露出度が高い。
元の髪色と同じ赤紫で統一された衣装は、背中が大きく開き下部が網目状になったトップスに、黒のベルトが巻かれたショートパンツで肌を惜しげもなく晒している。公式のキャラクター紹介時の戦闘衣装そのままだ。
こんな衣装で戦えるかとツッコミたいところだけど、そこはまあ女の子が戦うゲームはどれも似たようなものだし今更だよね。
残念ながら今のシエナはシミと皴が目立っているのでまったく煽情的には感じないどころか、そこもまた妙な怖さがある。
主人公が買うまで売れなかったのはこの辺が原因なのかもね。
というかネットの検証班が買った後に回復させた情報とそのビジュアルが広まるまでは、殆ど誰も買わなかったからこその隠しキャラだしね。
公式には味方ユニットとして載ってるのに、シエナがどうやっても仲間にならないって騒がれてたし。特にゲーム内で檻の外から見える範囲では、髪で折れた角が隠れていたから尚更ね。
ちなみに敵として戦うには回復させずに鬼族に突撃させるか、2年生終了時まで購入をしなければいい。そうすればいずれ完全回復したとシエナと戦える。
敵として現れたシエナはそれはもう鬼神のごとき強さで、対処法が確立されるまでは凶悪過ぎる範囲攻撃にどれほどのプレイヤーが泣かされたことか。
そんな理由もあって主人公は完全に老婆になって、服すらも取り上げられたであろうシエナを捨て値で手に入れたわけだけど、扱いを見る限りまだ投げ売り状態ではないようだ。果たして今のシエナは僕の手持ちのお金で買えるのだろうか。
基本的に闇市は交渉次第で値段が変動するんだけど、今回の交渉相手は手ごわい奴隷商。ちょっとした小物を買う時のようにはいかないし、交渉術で勝る事は難しい。まずは素直に相手の提示金額を聞いてみるしかないけど、それすら簡単じゃないんだよね。
「すみませーん。この角の折れた鬼族の女の子、おいくらですか?」
一応の交渉術として傷ものだし安いよねってニュアンスを含めてみた。僕がそう声を上げると、自身を買おうとしている事に気付いたシエナは眉を顰めながらこちらを一瞥する。
「いらっしゃいませ、お客様。こちら貴重な鬼族ですので価格は時価となっております。すぐに調べてまいりますが……ちなみにご予算はいかほどでしょうか?」
う~ん、やっぱり素直に価格提示はしてくれないか。予想はしてたけど、今の段階ではそこまで売り急いでるわけでもないのかもしれない。
誰の目にも死にかけの老婆だった原作のように、売れるものならすぐにでも売り払いたいって程の雰囲気は感じない。仕方がないな……。
「240万。これ以上は持ち合わせがない」
今現在のシエナの価値がまったくわからない以上、下手な駆け引きをすると本当はもっと出せるだろうと勘繰られて逆効果になりかねない。
手持ちの金で買えるならそれで良しと、素直に全財産を提示した。本来もっと安く買える場合にでもギリギリまで吹っ掛けられる可能性は高くなるけど仕方ないね。とにかく僕は早急に肉壁が欲しいんだ。
可能なら強ユニットのシエナがいいけど、手持ちのお金で買えない場合は他の奴隷も選択肢に入れる。リザードマンなんかは単体攻撃力は低いし、それこそ肉壁以外の使い道がない分安いしね。
「調べてまいりましたがこちらの奴隷は現在300万となっております。――ですが! お客様は随分とこちらの奴隷をお気に召したご様子。そこでご提案なのですが、身なりからしてお客様は高貴なお方なのは想像に難くありません。ここはお客様を信用して、残り60万Gを後払いでの契約も可能ですがいかがでしょうか?」
一度奥に引っ込んだ奴隷商がシエナの契約書を片手に戻ってきた。にしても60万Gの後払い契約ねぇ。払えなかった場合は契約者自身が奴隷になるって落とし穴と、金利が馬鹿高いってリスクがあるんだよね。ゲーム内で購入した奴隷がそのせいで奴隷落ちしたって言ってたし。
未成年にそんな危ない契約をしれっと持ちかけるなんて、やっぱり闇市はやばいね。けど60万か……持ってきてて正解だった。
「それなら宝石込みで支払うよ」
宝石の価値は1等級が1千万で等級が下がるごとに500万、100万、50万、25万、10万、1万と落ちていく。これはゲーム内どこであっても固定でGであってもKであってもギニーであっても変わらない。
7等級が一番安い宝石でこのレベルだと狩りをしてればそれなりの頻度で落ちる。まあ僕には落としてくれないけど。
そんなわけで僕が今持ってる4等級と5等級なら価値は合わせて75万。なんとかなってよかった。
宝石の買取や通貨代わりの使用は、商売人であればどこの国のどんな商人でも受けてくれる。なんなら現金より喜ばれる。だからこそ僕も宝石を集めようとしてるんだしね。
そしてその場で宝石と共に225万を支払い無事シエナは僕の所有物となった。
「僕の名前は常坂院世界。これからよろしくねシエナ」
「……何故わらわの名を知っておられるのですか」
そういや名乗る前だった。まあシエナは鬼姫の通り名が浸透するぐらいには戦場で大暴れしてたキャラだしなんとでも言い訳はできる。
けどゲーム知識とリアルを混同しないよう次からは気を付けよう。
「君は有名だからね。そんな事よりまずはこれを飲んでくれるかな」
ジト目でこちらを伺うおばあちゃんシエナに誤魔化すようにエリクサーを手渡す。
「これは?」
「エリクサーだよ」
シエナのジト目は更に細くなり、もともと切れ長の目のせいもあって最早睨んでるるまである。
「奴隷に拒否権はありませぬ。飲めと仰られるなら飲みますが……」
「いや、僕は君を奴隷として買ったわけじゃないよ。隣で守ってほしいんだ」
限界まで細くなっていたジト目が大きく見開かれる。闇市で売られた奴隷の扱いなんて碌なもんじゃないもんね。
傭兵と違って死んでも保証金も取られないし、危険な戦場で最前線や偵察として使い捨て感覚で放り込むのが当たり前。
単に護衛としての役割だと知って驚いているのかもしれない。
後は戦闘&検証用ユニットとしても活躍してほしい。
まあ主人公に襲撃された際の肉壁が一番の目的だから実は戦場の最前線なんかよりよっぽど危険なんだけどね。
ただし、やってもらう事は同じであっても奴隷として肉壁お願いねなんて事はもちろん言わない。
相手にもきちんと心はあるんだって当たり前の事を二度目の転生で僕は学んだ。同じ事をしても相手にどう伝わるかで結果が180度変わる事もある。僕は無能だが同じ失敗を繰り返さないよう心掛けるくらいはするよ。
シエナは訝しげにしながらも、無色透明の液体をグイッと喉に流し込む。効果はすぐに表れた。
「あっ……あっ、うぐぅ……う、そ……あぅぁぁ!?」
折れた角の中から新しい角が、まるでタケノコが生えてくるようにメリメリと音を立てて伸びてくる。お腹を押さえるような形で膝をつき、苦しそうに蹲るシエナの額からは立派な一本角が生えており、突き破られた影響から古い折れた角は真っ二つに割れて地面に落ちていた。
「まさか、先ほどの液体は本当にエリクサー……」
そう言ってこちらを凝視するシエナの肌は瑞々しさを取り戻しており、大部分が白く色が抜け落ちていた髪も、艶のある赤紫色へと変貌を遂げていた。
こうして完全体のシエナが完成した。
ふふふ、今回は想定通り上手くやれたよね。
肉壁ゲットだぜ。
「これから末永くよろしくお願いします。世界」
ん?
シエナってこんなキャラだったっけ? いきなり腕を組んで名前呼びとか。なんか距離の詰め方半端ないし、聖女以外の人に対してはもっと当たりがきつかったはずだけど……。
いや、名前に関しては僕もシエナって呼んでたけど鬼族はラストネームがそもそもないよね?
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