想定外

 さて、今回僕が訪れた場所。つまり孤児院についてなんだけど、実はここ、孤児院とは名のばかりで実際は傭兵の出荷場なんだ。戦闘に秀でてそうな孤児を引き取って戦闘のノウハウを叩き込み傭兵として出荷している。


 孤児なのは事実だし別に騙して連れてきているわけでもない。生きる術を与えるという意味では、ゲーム内が戦国時代という事も加味すれば一概に非難はできないんだけどちょっと業が深いよね。


 まあ保護者の名称が神父でも牧師でもなく教官って時点でね……。

 そういった背景もあり、ここの子供たちは完全実力主義の下、徹底した序列が形成されている。


 そのトップに君臨するのがここの教官。名を袖下そでしたさんという。名は体を表すを字で行く彼は賄賂に非常に弱く、お金を握らせておくと僕のような子供相手ですら実に従順だった。


 実際ゲームでも良い傭兵を得ようと思えば袖下さんの協力は不可欠だった為、今後とも良い関係を築いていきたい。


 そんな袖下さんに必要経費だと割り切り10万Gを握らせて、暫く部屋に入ってこないでくれと頼むと何も詮索せず、律儀にそれを守ってくれた。


 そしてトップである教官に逆らってオイタをするような普通の子供はここには居ない。おかげで僕は無事に孤児院の秘密の小部屋を発見するに至った。


 本来ならこの秘密の小部屋は物語終盤、孤児院を建て替える際に発見されるものだ。

 建て替えのメリットは傭兵の初期レベル底上げと、仲間内での模擬戦闘ができる施設の増設。ちなみにこの模擬戦闘の初回は強制イベント且つ、必ずPT内から大怪我人が発生する。


 そのイベント後、聖女が仲間になってない場合はエリクサー以外ではレッドステータスが解除できないので、救済の意味も込めて直前に手に入る仕様だね。


 ネットでは流石にゆとりすぎると馬鹿にされてたけど、こまめににセーブしない人ってのは一定数いて、メインキャラが怪我をしたら必ずガタガタ抜かすボケが出るからしゃーないんやって、広報担当キャラの九ちゃんがコメントしてたのを思い出した。


 そんな裏話がある秘密の小部屋だけど、実は存在さえ知ってさえいればゲーム開始時から発見可能で、単に調べるを101回選択すれば序盤にエリクサーを獲得する事ができる。


 そのエリクサーを使えばこれまた序盤に強ユニットのシエナを回復させられるので、強くてニューゲームを楽しみたい時の王道コースだね。今回僕がやろうとしてる事でもあるんだけど、原作開始前なのでそもそも現時点でシエナが奴隷化しているかどうかまではわからない。最長で2年待つ事になるけど、さてどうなることやら。


 ゲームでは調べるを連打するだけでよかった単純作業も、リアルでは壁や床を総当たりしたりしてなかなかに苦労したけど、なんとか無事見つけ出す事ができた。予定通り宝石を移しつつ、そこに隠されていたエリクサーも手に入れた。


 これで週末の闇市でシエナを手に入れる下準備は完了。

 全て順調だ。



 そう油断していたのが悪かったのか、直後に孤児院の入口で瑞希と鉢合わせてしまった。



 ―――★



 ゲーム内ではそんな描写は見たことがなかったので、瑞希が孤児院に現れるなんて想定してなかったけど、母性の強い彼女の事だ。きっと孤児院の実態なんか知らずに純粋な気持ちで孤児たちと遊んであげたり、自身も裕福ではないのに少ないお金をやりくりして寄付とかしているのかもしれないね。

 寄付金は教官の酒とタバコ代になっていると知ったら怒り狂いそうだ。


 まさに正統派ヒロインらしい行動ではあるものの、今の僕からすれば疫病神のようなものだ。万が一にも秘密の小部屋の存在を知られるわけにはいかないし、そもそも孤児院の実態を知られるのもちょっと怖い。


 ゲームでは町パートで傭兵や奴隷を獲得するのは主人公の仕事で他キャラが絡む事はなかったけど、その辺の扱いもPTメンバーの性格次第で面倒になりそうだけど実際どうなんだろうか?


 まあ苦労するのは主人公であって僕ではないのでどうでもいいか。


 そんなわけで僕が普段からこの辺りをうろついている事を匂わせつつ、いつものナル男のように上から目線で口説いておく。こうすればナル男と接触したくない瑞希は極力孤児院に近づくのを避けてくれるだろう。


 そう思っていたのに……。


「うん。嬉しいな。じゃあ今週末に世界くんとデートするってママに伝えておくね。その日だけはおうちの手伝い休ませてもらうから」


 返ってきた言葉は想像もつかないものだった。


 まてまてまてまて、いったい何が起こっているのこれ。

 なんで瑞希がナル男の誘いに乗っちゃうの? おかしいでしょ。


 僕は何かやらかしてしまったの?

 ここまで何もミスはしていない完璧な動きだと思っていた。でも結局それは僕の自己採点に過ぎない。結局のところ僕は僕自身の自己採点をそれほど信用していない。


 とにかくヒロインとのデートはまずい。そんなのもう完全に死亡フラグじゃないか。

 撤回だ、今すぐ撤回しないと。


 大丈夫、まだだ。デートはまだ不成立! ノーカウント、ノーカウントなんだ。ノーカン、ノーカンと頭の中で心の班長が叫び狂うが、どうやって撤回するか何も思い浮かばない。何か、何か言わないと……。


「えっ……あ、いや。えっ!? あ、ちがっ。そう、そうだった。今週末は用事がね、用事があるのを忘れてたッ! 誘っておいてごめんね、また今度にしよ。それじゃ、僕急ぐから」


 ようやく絞り出したたどたどしい言い訳と共に、その場から走って逃げだすしかなかった。



 ―――★



 それから暫く僕は部屋に籠りっきりだった。

 時が全てを解決してくれると信じていたからね。


 瑞希が何故突然ナル男の誘いに乗ろうとしたのか、その理由は不明だったけど所詮は瑞希もまだ15歳の子供。緑さんが部屋を借りれば一緒にここを出て行く事になるのは間違いない。


 だけどそんな僕をあざ笑うかのように、三日が過ぎ、一週間が過ぎ、十日が過ぎても一向に出て行く様子をみせない二人。挙句に暇さえあれば僕に構い、世話を焼こうとしてくるようになる始末。ここまでくるとさすがに僕だって察するよね。


 つまり緑さんは思ったんだ。



 あっ、このガキちょろいぞってね。



 あぶく銭の2000万Gを手にした事できっと緑さんに欲が出たんだろう。借金を返済したら手元に残るのは500万G。それでも十分大金だけど、直前まで2000万持ってた人からすれば、新たに部屋を借り、仕事を探す事まで考えれば心持たない額に感じるだろう。


 実際僕も貯金を緑さんに渡した後は150万がとても少なく感じられた。心情的には元の額に戻したいと感じるのは自然な事だよね。


 もちろん緑さんは本来そんなキャラではないんだけど、お金は人を変えるしね。ここで働いてるからこそ僕がいくらお小遣いを貰っているかも当然把握されてるし、今後も定期的に搾り取れると判断したからこその行動だろう。


 そう考えると屋敷を出て行かない事も辻褄が合うし、瑞希にも「あのガキはちょろいから適当にデートでもしてやればもっと金を引っ張れる」とでも言って指令を出しているのかもしれない。


 そうでもなければ瑞希がナル男とデートしようとするはずがないし、親子二人して事あるごとに僕に構おうとするはずがないしね。


 なんてことだ。正統派ヒロインはお金の魔力でダークサイドに堕ちてしまったんだ。清廉潔白だった幼馴染がナル男のせいで悪女化……ん?? もしかしてこれ僕主人公敵対ルートに入ってない?


 はっ!? まさかこれが物語の強制力ッ!?


 まずい、これは本当にまずい。本当に強制力が発生するなんて……。こうなると引き籠ってる場合じゃない。さっさと肉壁を探しに行かないと、夜もおちおち寝ていられない。


 身の危険を感じた僕は週末に闇市に行くことを決意した。

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