本当の世界くん(瑞希視点)
最近
あれだけ懲りずに毎日毎日付きまとってきていたストーカーもどきのナルシストが、数日前からパタリと姿を見せなくなった。
より正確には私を避けているようにすら感じる。さっきだってそう。学校から帰ってきた私を一瞥すると、あからさまに視線を逸らし、気付いてませんよと言わんばかりに足早にその場を後にした。
一瞬とはいえ完全に目が合ったし、本当に気付かなかったなんて事はあり得ない。
「何か良からぬことを企んでるんじゃ……」
単に私への興味を無くしてくれたのであれば嬉しいけれど、今までの言動を考えれば楽観視するべきじゃないわよね。
ママに見つかったら絶対に怒られるけど、屋敷の窓を乗り越え中履きのまま中庭へと出て、書斎の窓から確認できないかこっそり回り込んでみた。
そこから目に映ったのはちょうど金庫を閉じようとしている瞬間の
「……ほんとにクズね。あれだけお小遣いを貰ってるくせにまだ足りないの?」
ついてないな。もう少し早かったら写真に撮っておけたのに。
せめて盗んだお金で何を買うのかぐらいは確認しておくべきよね。ママが
そう思って
父親のお金を盗んだ
「うそでしょ……」
あり得ない……。けどお金を持って孤児院に行くだなんて寄付以外にないのも事実。親のお金を盗んでいた
馬鹿ね。私は何を考えているのよ。親から盗んだお金をちょっとした気まぐれで寄付したからってそれがどうしたっていうの? だいたい本当に孤児を思って寄付するなら自分のお小遣いから寄付するべきでしょ。盗んだお金を寄付って義賊でもあるまいし。
ああ、もしかしてそういう『ごっこ遊び』でもしてるのかな。
なんだかバカバカしくなって私はクルリと踵を返した。お夕飯の支度のお手伝いしなきゃ。
―――★
「なんてことがあったのよ。何かの真似事だと思うけど。それとも鬼の霍乱ってやつかしら? それでもママが疑われたら大変だと思って――ど、どうしたのママッ!」
今日の出来事を話していると突然ママが両手で顔を覆って泣き出してしまった。もしかしてあのクズに何かされたんじゃ……。
「どうしたのママ!? もしかしてあのクズに何かされたの?」
「瑞希ッ!」
――――パンッと乾いた音が響く。
「えっ…………なん……で」
衝撃だった。生まれて初めてママから叩かれた。力の弱いママの平手打ちはちっとも痛くなかったけど、叩かれた事が信じられず固まってしまう。
「瑞希。よく聞きなさい。今後二度と世界さんの事をクズだなんて呼んでは駄目。世界さんは自分がどう思われるかなんて微塵も気にされてないわ。けれど本当のあの方は誰よりも優しく、心から尊敬できるお方なの。本当は……本当はね、瑞希には話さないよう口止めされていたけれど……」
それからママが語った内容は俄には信じ難いものだった。ママが私の学費のせいで
頭がおかしくなりそうだった。あんなに嫌な奴だと思っていたのに、私はこれまでずっと
けれどその前提の元、今までの行動を振り返ってみると「俺と付き合えるなんてとても光栄な事なんだって本当はわかってるんだろ? いつまでも恥ずかしがってないで、いい加減素直になったらどうだ?」なんて馬鹿な口説き文句にも理由があったんだ。
あんなアプローチで靡く女なんて、お金目当てくらいしかないでしょって思って内心馬鹿にしてたけど、そもそも最初から口説くつもりなんかなかったのだとしたら妙に納得がいく。私を本当に狙っていたのは実は
じゃあ最近急に距離を取り始めたのは、私たち親子をここから解放する目処が立ったから?
あっ……そっか、だからお金……。
何が……何が自分のお小遣いから寄付するべきよ……。自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。その自分のお金は私たちの為に使ってしまったから無かったんじゃない。
きっとこれまでも
もちろんどんな理由があったってアレが悪い事なのは間違いない。けれどきっと世界くんにとっても苦渋の選択だったんだよね。
本当に私は浅はかで馬鹿な女だ。
何も見えていなかった。
何も気付いていなかった。
返しきれないぐらいの恩がある事すら知らないままに恩人をクズ扱い。
ママに叩かれるのも当然だ。
けど、……けど気に入らない。
なによそれッ!
勝手に守ってッ!
恩を感じさせないよう嫌われてッ!
挙句にここから出て行って自由に暮らせ?
冗談じゃない。私を掌の上で転がしてるつもりなの? そっちがその気ならこっちにだって考えがあるんだから。
「ママ、ごめん。今日のお夕飯お手伝いできないッ! あと引っ越しは絶対無しねッ!」
言うと同時に飛び出した。
世界くんはまだ孤児院に居るかな?
なんでこんなに必死に走っているんだろう。あそこにまだ彼が居たとして、私は何を言うつもり? どんな顔をして会えばいいの?
わからない。何もわからないけどとにかく会わなきゃ。
そんな思いで全力疾走した甲斐あってか、ちょうど孤児院入口前で息を整えている時に正面の扉が開いた。
今まで誰よりも会いたくなかった人。
そして今、誰よりも会いたかった人がそこに居た。
世界くんは私を見ると一瞬のけぞりながらギョッとした顔になったけど、すぐに取り繕うように話しかけてきた。
「やあ、瑞希じゃないか。トイレを借りて出てきたら君が居てビックリしたよ。こんなところで出会うなんて奇遇だな。俺は良くこの辺りを散歩するんだが瑞希もそうなのか? だとすればやはり俺たちは運命の赤い糸で結ばれているんだな。週末にでも今日の奇跡を祝う為デートでもしようじゃないか。どうだ? 君も嬉しいだろう?」
随分長いトイレだったね。それに散歩ね。次にまた見つかっても言い訳できるようにしてるのかな。やっぱり定期的に寄付にきてるんだね。
今日世界くんの行動は全部見てたよって言ったらどんな顔をするんだろう。
それにしても以前の私はこんなにわかりやすく『演じている』軽薄でナルシストなキャラすら見抜けなかったなんて節穴にも程があるでしょ……。
もうね、全部知ってるの。
世界くんが私たちを、私を守ってくれてた事。自分がどう思われるかなんて関係なく、人の為に動く人だって事。
恩を感じられるのが嫌なの?
それとも本当は善い人だってバレるのが恥ずかしいの?
まだ知らない世界くんの事をもっと知りたい。
だけどそんな事素直に伝えたりしない。これまで良いように踊らされてきたんだもの。ちょっとした意趣返しくらいさせてもらうから。
「うん。嬉しいな。じゃあ今週末に世界くんとデートするってママに伝えておくね。その日だけはおうちの手伝い休ませてもらうから」
「えっ……あ、いや。えっ!? あ、ちがっ。そう、そうだった。今週末は用事がね、用事があるのを忘れてたッ! 誘っておいてごめんね、また今度にしよ。それじゃ、僕急ぐから」
ふふっ、ビックリしてる。こんな誘われ方したら今までの私だったら部活なんかを理由にして、遠回しに断ってたもんね。強引に誘っておきながら私がお誘いを受けるのは想定外だったなんて、ちょっとおかしな人みたいになっててなんだか面白い。口調も完全に崩れちゃってるよ?
素だとそんな話し方なんだ。でもそうだね。世界くんは『僕』の方が似合うかも。
なんかこの数時間で全部ひっくり返っちゃった。
慌てて走り去る世界くんを見て、なんだかカワイイなって思うだなんて、少し前の私に教えたら頭がおかしくなったって思うよね。
焦る必要はない。これからゆっくり本当の世界くんを知っていけばいい。
だって私たちは一つ屋根の下で一緒に暮らしているんだから。
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