第23話 田舎の畑は暗いです

 零時を回った田園はひどく暗い。

 足元も見えない……というほどではないが、街灯は数十メートルおき。

 夜空を見上げれば無数の星が瞬いている。山の中などと比べればしょぼいけれども、東京と比べれば遥かに星が多い。


 そういう中途半端な星空の下、わたしはマダムの畑にいた。

 正確には畑の脇の生け垣に身を潜めている。

 隣にはニッセ社長にカッセ君、それからマダムもいる。

 畑泥棒は深夜に現れるというので、張り込んでいるのだ。

 なお業務時間外のわたしはボランティア参加である。

 臨時職員に時間外労働など認められるはずもない。

 まったく、公務員も世知辛いぜ……。


 9月も半ばを過ぎた夜気が思いのほか涼しいのが助かっているが、代わりに虫が多い。

 ぐーわぐーわと身を包むようなウシガエルの合唱に、ぶーんぶーんと不快な羽音が混じる。虫除けスプレーをたっぷりかけていなかったら、今頃は全身蚊にくわれまくっていたことだろう。

 反射的にぱちんと叩きそうになると、ニッセ社長に手で止められる。


 音を立てるのは厳禁だ。

 最初はニッセ社長とカッセ君だけでやると言っていたのだが、証人が必要だと言ってマダムが強引に参加した。

 そして「あてくしだけを泥棒と一緒にさせるつもりざますの」とわたしも無理やりこの張り込みに参加させられたわけである。


「やっぱり警察に相談した方がよかったんじゃ」と小声でぼやくと、

「警察がどうこうする相手じゃねえよ」とニッセ社長が応えた。


 完全な独り言のつもりだったので返事があって少し驚く。

 とても聞こえる声の大きさじゃなかったと思うのだけれど、ハーフフットは五感が鋭いというのはどうやら本当のようだった。


 しかし、警察がどうこうする相手じゃないというのはどういうことだろう。

 犯人は動物だろうか?

 とするとアライグマとかハクビシン?

 そんな深刻にはなっていないけれど、間堺にもこいつらの獣害がある。

 でも……


「アライグマでもハクビシンでもないざますよ。やつらなら乱暴に食い荒らすざます」


 そうなのだ。

 アライグマやハクビシンならわざわざキャベツを持ち去ったりせずその場で食べるし、畔を踏み壊すような力もない。

 マダムもそれくらいのことはわかっているから獣害ではなく畑泥棒を疑っているわけである。

 ぱっと見では世間知らずのわがまま有閑マダムだが、畑仕事はしっかりしており、十分な知識も備えているのだ。


 そこまで確信があるなら警察に相談すれば……と思ったが、当然、警察には通報済みだった。

 しかし、周辺の農家には被害がないこと。

 マダムの畑の被害も軽微なこと。

 最近流行りの野菜窃盗はそれこそ軽トラなどで乗り付けて、作物をごっそり盗んでいくらしい。

 そんなわけで、これは窃盗団の手口ではないと真剣に取り合ってもらえていない。いくら証拠を見せて訴えても、やっぱり獣害ではないかと思われてしまうそうだ。


 そんな状況で現れたのが土手の不審人物――ニッセ社長たちだったわけだ。

 警察ではまともに対応してくれないと思い、役場に相談に来たという経緯だった。

 ニッセ社長たちには災難でしかなかったが、ことの次第を聞けばマダムにも同情してしまう。


「絶対地上げ屋の手先ざますよ」


 おまけに事態をややこしくしているのがこの話だ。

 ある業者がメガソーラー発電所の用地としてマダムが持つ山を買い上げたいと交渉に来ているそうなのだ。

 先祖伝来の土地を手放すつもりのないマダムは交渉をはねつけているのだが、業者はしつこく諦めない。

 この状況を指してマダムは「地上げ屋」と称しているわけだが、表立ってはただの土地売買の交渉なのでこれも警察に相談したところで埒が明かない。

 野菜泥棒は嫌がらせのために雇われたのだろうというのがマダムの見立てだった。


 いくらなんでも考えすぎだ。

 と思ったのだが、業者の名前を聞いたらそんなこともあるかもしれないと思ってしまった。

 メイオーエコライフシステムズ。

 それが業者の社名だ。

 うーん、またしてもメイオーである。

 連中ならそういうろくでもないことをしてもおかしくないんだよなあ。


「お、ぼちぼちお客さんが来たようだぜ」


 ニッセ社長の言葉に、はっと我に返る。

 いかんいかん、何もすることがないから物思いにふけってしまった。

 改めて身を低くし、生け垣の隙間から闇に目を凝らす。

 畑を囲む畔に伸びた雑草が揺れる。

 草むらを割って、音もなく何かが姿を表す。

 月光に照らされる黒い人影が数体。

 背の高さは小学生の子どもくらい。


 ……あれ? ひょっとしてハーフフット?


 思わず横目でニッセ社長を見てしまう。

 闇に沈むその口元には、にやりと不敵な笑みが浮かんでいた。

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