第22話 ハーフフットを見たら盗賊と思うのは偏見です

 土手に現れたマダムは、たるんだ巨体をぽんぽんと弾ませながらこちらに駆け下りてきた。

 その姿はさながら人間ビーチボール……!

 見た目からは想像もつかない軽快な動きだ。

 ひょっとして、このマダムも肉属性魔法の使い手なのでは!?

 いや、使い手だったとしてだからどうだという話なのだが。


「知っているざますよ。ハーフフットといえば、異世界では盗賊シーフをしている種族だとワイドショーで見ましたわ!」


 瞬く間に目の前までやってきたマダムは、銀縁眼鏡をくいっと持ち上げ、フンと胸を張った。

 マダムの言う話は確かに聞いたことがある。

 わたしの場合はアニメやゲームでだけど。

 ハーフフットという種族は素早さと器用さが高く、パーティの中ではだいたい盗賊のジョブに就くのだ。


「ああー、またそれかよ。ったく、常識で考えろよ。盗賊シーフなんてもんが職業として成り立つわけがねえだろうが」

「俺も学校でさあ、物がなくなるとすぐ俺のせいにされるからまいったぜ」


 ニッセ社長は片頬を歪め、カッセ君は肩をすくめた。

 言われてみれば、「盗賊」なんてものが職業として成立するわけがない。

 それはただの犯罪者だ。

 たとえ異世界であっても、社会に受け入れられる存在ではないだろう。


「俺たちは小柄で手先が器用だからな。それに狩りの経験で五感も鋭い。ダンジョンの斥候や罠外しにはぴったりなんだよ。宝箱の解錠もお手のもんだしな。まあ、そういう技能のせいで盗賊シーフなんてイメージがつけられちまったわけだ」


 なるほど、隠密行動や解錠が得意だから、それが泥棒のイメージに結びついちゃったってわけか。

 つか、ダンジョンは存在するのね。

 異世界の異世界具合い、正直よくわからない。

 いつか旅行に行ってみたいけど、最安のパックでも南極旅行より高いらしいからなあ。宝くじでも当たらない限りは夢のまた夢だ。


「ふん、口先だけならなんとでも言えるざますよ。実際、あてくしの畑はここ数日何度も盗賊に荒らされているざます。犯人はこのハーフフットたちに違いないざます!」


 しかし、マダムは納得しなかった。

 犯人はともかく、畑泥棒が出ているのなら大問題だ。


「ちっ、また泥棒扱いかよ。小学校のときの先公を思い出すわ。あんま舐めてっと、ッすっぞこの野郎」


 カッセ君が肩を怒らせ、下からねめつけるようなメンチを切りつつマダムににじり寄っていく。

 マダムは「ひっ」と悲鳴を漏らして二、三歩後ずさりした。

 おおう、カッセ君、完全にヤンキー仕草だ。


「ちょ、ちょっとカッセ君!? いきなりそういうのはよくないよ!?」


 さすがに暴力沙汰は見過ごせない。

 二人の間に慌てて割って入った。

 男の人とはいえ体格は小学生程度だ。

 今や肉属性魔法の使い手となったわたしなら、物理的に止めることは可能だろう、という目算もある。

 ……いや、そんな荒事はしたくもないけど。


「カッセ、やめろ。傷害事件なんざ洒落にならねえぞ。異世界人の在留ビザなんざ吹けば飛ぶようなもんなんだからな」

「親父……」


 幸い、そういうことにはならなかった。

 ニッセ社長の言葉に、カッセ君は唇を尖らせながらも足を止めてくれた。


「ふ、ふんっ。やっぱり異世界の蛮族なんてろくなものではないざます。何かあればすぐに腕力に訴えて脅そうとして……。どうせ畑泥棒も、あてくしの土地を狙った嫌がらせざますよ。メガソーラーなんて絶対に作らせないざます」

「メガソーラー?」


 唐突に出てきた単語に思わず聞き返してしまう。

 メガソーラー? なんでこの話で急にメガソーラーなんて話が出てきたんだろう?


「まあ、知らないんざますか? あてくしは間山まやまの家の者ざますよ。近頃は役場の人間まで物知らずで本当に困ったものざますわ」

「はあ、間山さんですか……」


 そういえば役場では一方的にまくし立てられたせいで名前を聞いていなかった。

 いや間山と言われてもやっぱりピンとこないんだが。

 わたしは間堺で生まれ育ったが、生粋の地元組とは微妙に文化圏が違う。

 実家がある住宅街はよそから引っ越してきた人ばかりで、先祖代々間堺に住む農家さんたちとは微妙に距離があるのだ。

 小中学校は地元で農家出身の同級生もたくさんいたけれど、子どもが家業や町の伝統について話題にすることなんてない。

 まあ、物言いから察するに、マダムはいわゆる地主さんというやつなのだろう。


「マヤマだかなんだか知らないが、こっちも難癖つけられたままただ黙ってるってのは間尺に合わないぜ。だいたい、その畑泥棒ってのも本当なのか? 俺たちに文句を言うために適当ぶっこいてるんじゃないだろうな?」


 今度はカッセ君の代わりにニッセ社長が前に出てきた。

 カッセ君のような剣呑さはないが、その表情は嫌に冷たく何を考えているのか読めない。

 あー、こういう怒り方する人いるなあ。

 あからさまに怒りをあらわにする人よりずっと怖いやつだ。


 だが、今度はマダムも負けていなかった。

 ハンドバッグからスマートフォンを取り出し、画面をこちらに突き出す。

 画面にはキャベツ畑の姿が映っていた。

 キャベツの外葉があちこちに散らばり、畝が踏み壊された畑は見るも無惨だ。

 事前にこんな画像まで用意はしないだろう。

 畑泥棒が出ているというのは本当らしい。


「ほうほう、こいつは……」


 だが、言いがかりをつけた本人であるニッセ社長は動揺も見せず、スマホの写真を食い入るように観察している。

 顎をさすりながら「ふむ……なるほど……」などと呟く姿は、まるでフィクションの名探偵のようだった。


「おう、おばさん。要するに、畑泥棒が俺たちじゃないってわかれば妙な難癖をつけるのをやめてくれるんだよな?」

「そ、そうざます! でも口先だけじゃ納得しないざますよ!」

「へいへい、わかってるよ。それならこういうのはどうだい?」


 ニッセ社長は、カーキのチョッキの襟をわざとらしく正し、不敵な笑みを浮かべて言った。


「真犯人、俺たちが捕まえてやるよ」


 突如として始まったミステリドラマのワンシーンのような展開に、わたしはただただ流されることしかできなかった。

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