第21話 ハーフフットの伝統継承

「ひゃあっ!?」


 草むらから現れた人影に、思わず悲鳴を上げて尻もちをついてしまった。

 視線を上げると、カーキ色のチョッキを着た少年が訝しげな目でこちらを見ていた。

 身長は100センチ前後、茶色がかったナチュラルマッシュがさらさらしてる。年齢は10歳くらいだろうか。

 その手には、先端に分銅のようなものがついた紐がぶら下がっている。


「あんた誰だ?」


 少年は眉間にしわを寄せている。

 その細い眉の下にある三白眼には、年格好に似つかわしくない妙な迫力があった。


「わ、わたしは役所の者で、水崎と申しますっ!」


 情けないが、気圧されて声がうわずってしまった。


「役所の人ぉ? ああ、またどっかのうるせえやつが通報したのかよ」


 立ち上がって挨拶すると、少年は忌々しげに唾を吐いた。

 か、感じ悪いな。なんだろう、ヤンキーってわけじゃないけど、不良少年ってやつか?


「ええっと、きみ学校は?」

「学校だぁ?」


 腰をかがめて視線を合わせて尋ねると、また嫌な顔をされた。

 うちはあまり親戚づきあいもなかったからなあ。

 これくらいの齢の子どもの相手の仕方なんてわからんぞ……。


「ったく、お前、俺のことガキだと思ってるだろう」


 少年がため息をつく。

 肩を落としてげんなりした様子だ。


「ほら、在留カードと名刺だ」


 差し出された免許書みたいなカードには、〈ニッセ・パット〉という名前の横に生年月日が記載されていた。年齢は32歳……えっ、32歳!?


「驚いてんじゃねえよ、成人のハーフフットだ。そこに種族も書いてあんだろ」

「え、ええ、はい……」


 ハーフフット。人間の子供みたいな見た目の少数種族。

 知識として存在は知っていたが、実際に会うのは初めてだ。

 ちなみに、異世界人の在留カードを目にするのも実は初めてである。

 警察じゃあるまいし、身分証の提示なんて求める機会がないんだよね。


「ちゃんと定職にも就いてる。不審人物じゃねえってのはわかったか?」


 名刺には〈鍵開け本舗〉というロゴが大きく印字されている。

 チラシや駅の広告で何度か見たことがある気がする。

 証券コードも書かれており、どうやら上場も果たしている大手企業のようだ。

 そしてニッセ・パットという名前の上には……


「だ、代表取締役社長!?」

「ああ、社長だ。何か問題あるか」


 河川敷で出会った不審な少年の正体は上場企業の社長でした。

 ちょっと意味不明すぎて、口をパクパクさせてしまう。


「親父ぃー、どうした。って、誰この人?」

「役所の人だとさ」


 そこに草むらをかき分けて、さらに少年が追加された。

 片手にはクロスボウと思しき木製の器具を持っている。

 いよいよわけがわからなくない。

 少年Bは少年A……もといニッセ・パット社長とそっくりだ。

 親父ってことは、この子は息子?


「あー、こっちの人間はいちいちめんどくせえなあ。息子のカッセだ。ほら、挨拶」

「あ、どうも。自分はカッセ・パットっす。で、なに? お姉さん何しに来たの?」


 カッセは片手に提げていたクロスボウで肩をぽんぽん叩きながら言った。

 つか、なんでクロスボウなんて持ってるのよ。怖いんですけど。


「周辺住民からの苦情とかだろ。ったく、しちめんどくせえ」

「じ、実はその通りでして……」


 若干パニックになりつつも、マダムの苦情をオブラートに包んで伝える。


「それで、ここで何をされてるんでしょう……?」

「あー、なんつうかね。伝統の継承ってやつだ」


 河原で引き継ぐ伝統?

 さっぱり話が読めてこない。


「狩りだよ、狩り。狩りをしてんの。なんで親父はまどろっこしいことを言うかなあ」

「こら、説明にはダンドリってもんがあるんだよ。お前は口を出すな」

「へいへい」


 狩り……狩りですと?

 河原で? 何を?


「えーとな。めんどくせえから先に法律の話をするぞ。まずここらは禁猟区じゃねえ。狩猟禁止鳥獣も狙ってねえ。狙ってるのはカモやキジバト、あとはハクビシンとアライグマあたりだ。それからこいつだが――」


 ニッセ社長はカッセが持つクロスボウを取り上げ、横向けにしてこちらに掲げてくる。


「矢じゃなく、クレイボール……陶器の玉を発射する代物しろもんだ。矢が撃てると銃刀法にも鳥獣保護法にも引っかかるからな。威力も万一人間を誤射しても怪我をしないよう調整してある。至近距離で撃っても痣ができるくらいだな。玩具のエアガンよりも安全なくらいだよ」

「は、はあ」


 怒涛の早口に、間の抜けた相槌くらいしか返せない。

 とりあえず法律に反した行為はしていないってことらしいが、それならニッセ社長が持っているおもり付きの紐は何なのだろう?


「こいつか? こいつはもっと安全だよ」


 ニッセ社長は頭上で紐をぶんぶん振り回すと、河原に生えた木に向かって投げつけた。

 紐につながる3つの錘が広がり、回転しながら飛んでいく。

 そして木の枝に命中して、ぐるぐると絡みついた。


「こっちじゃボーラって呼ばれてる狩猟具だな。クレイボールが効かないアライグマやハクビシンに使う。錘はゴム製でこれも当たっても怪我はしねえ。どうだ、ここまで配慮して文句あるか?」


 いや文句はない。

 文句はないと言うか、初めから文句をつけに来たわけではないのだけれど、ここまで用意周到なのが逆に怪しいというか……。


「あ、そういえば伝統の継承って言うのは?」

「俺たちハーフフットはな、本来は草原で狩猟生活をしてたんだよ。いまじゃこのナリと手先の器用さを活かして都市で暮らす者の方が多いがな。中には異世界にまで来て、ガキもこさえちまうバカ野郎もいるくらいだ」


 ニッセ社長がわははと笑う。

 その仕草はやたらにおっさん臭く、少年の見た目でそれをやられるとなんだか不気味だった。


「でだな、そうやって自由にやってるのはいいんだが、俺たちが最低限守ってる伝統がある。それが自然で生き抜く訓練だ。こいつもそろそろ成人だからな。その前に一通りを仕込んでるってわけよ」

「って言い訳してるけど、親父が一番楽しんでるんだぜ。俺はこっち生まれだからハーフフットの伝統とか言われてもわかんねえし、親父はそういうのを気にするタマでもねえしなあ」

「こら、お前は黙ってろつったろ」

「へいへい」


 あー、つまりアレか。すごくざっくり言うと、親子でアウトドアを楽しんでいたわけね。法律に反することもしていないみたいだし、とりあえず一件落着ってことでいいのかなあ。


 そんな風に思ったときだった。


「騙されてはいけないざますよ!」


 土手の上に仁王立ちで叫ぶのは、役所にクレームを入れてきたあのマダムだったのだ!

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