第24話 社会人の基本はホウレンソウ

「挟み撃ちにする。俺たちがあっちから追い込む。合図をしたら、あんたらはこっちで驚かしてくれ」

「驚かす?」

「適当に大声出してくれりゃいいよ」


 困惑するわたしを置き去りにして、ニッセ社長とカッセ君は音もなく闇の中に消えていった。

 野菜泥棒らしき人影は、キャベツを引っこ抜いて外葉を乱暴に剥いている。

 人影の数は3つ。

 遠く離れた街灯の光は弱々しく、いくら目を凝らしても正体はわからなかった。


 隣ではマダムが拳を握りしめ、ぎりぎりと歯ぎしりをしている。

 その姿はまるで鎖に繋がれた闘牛のごとく。

 放っておいても突っ込んでいきそうな気配すらある。


「いまだ!」


 闇の向こうからニッセ社長の声が響いた。

 3つの人影がこちらに向かって弾かれたように走り出す。

 が、そのうち2つは足をもつれさせてすぐに転倒した。

 残る一体が突っ込んでくる。

 ううう、こんな捕物になるとは。

 覚悟を決めて体内に魔力を巡らし、肉体を強化する。

 肉属性魔法にもすっかり慣れつつあるけれど、魔法を使っている実感がまったくないなあ。

 こう、全身に力を込めるだけなのだ。


「ふんッッ!!」


 だが、わたしの覚悟が活躍することはなかった。

 砲弾のような勢いで飛び出したマダムが張り手一閃、人影を地面に叩き潰したのだ。

 うーん、やっぱりマダムも肉属性の使い手の可能性があるな。

 というか、わたしよりもずっと強力なんじゃなかろうか。


「ひゃあ、すげえ馬鹿力だな。おいカッセ、お前命拾いしたなあ。あのまま喧嘩を売ってたらぺちゃんこにされたぞ」

「ふん、あんな大ぶり当たるかよ」


 辺りがぱっと明るくなった。

 ニッセ社長がLEDランタンを掲げている。

 もともと野宿の予定だったから、その手のものも準備していたのだろう。

 その明かりに照らされて、ようやく人影の正体が見えた。

 全身毛むくじゃらで、細長い手足が伸びている。

 飛び出した鼻面からは長い髭が生えていて、大きな丸い耳がある。

 顔つきはまるっきりネズミだが、ヌートリアでもこんな大きくはならないだろう。

 何なんだろう、この生き物……。


「何ざます、これは?」


 マダムも知らないようで、鼻の付け根にシワを寄せている。

 とはいえ謎生物を踏みつけたままであり、臆した様子はまったくない。

 さすがはベテラン農家である。


「ワーラットだな」

「ワーラット?」

「俺らの世界の魔物だよ。器用で頭もいいが、要はネズミだ。よく畑や食料庫を荒らす。どうする? 締めてもかまわねえが、法律的には狩猟許可もなければ禁止もねえ区分だ」


 うーん、どうするって聞かれてもなあ。

 わたしには何の権限もないし、判断できる知識もないから困ってしまう。


「畑を荒らす害獣に情けはいらないざます」


 しかし、マダムは容赦しなかった。

 張り倒したワーラットの首をぐぎっと踏みつけてトドメを刺す。

 続けて残る2匹のトドメも刺した。

 どうしていきなり転んだのだろうと思っていたが、その足首には紐が絡みついていた。土手で投げていたボーラだ。最初にこれを投げつけて奇襲していたというわけだ。


 うーん、しかしこの光景を落ち着いて見ていられるわたしもたくましくなったものだ。

 東京で働いていた頃のわたしなら、きゃーきゃーわめいていたことだろう。ひょっとしたら貧血で倒れていたかもしれない。

 スライム駆除の業務中、モグラやネズミをべちっと潰す農家さんたちの姿を何度も見ていたからなあ。

 いや、ほんと蚊を潰すような感覚で躊躇なくいくから最初はビビったよ。

 なんなら雑談しながらでも、べちっといくんだもん。

 それが今では「よくある光景」としか感じないのだから、慣れとは恐ろしいものである。


 そんなことより気になるのは――


「畑の荒らし方からピンときたがよお、このへんもワーラットの被害はあったのか?」


 おっと、ニッセ社長に先に言われてしまった。

 わたしは慌てて首を横に振る。


「役場の方にそういう相談は来てないと思います」

「あてくしもこんな害獣は初めて見るざます」


 マダムの方でも初めてらしい。

 そういえばトライクロウやメガロレイヴンがどこから来たのかもまだ判明していない。


「きな臭えなあ。どっかで穴でも開いてるんじゃねえか?」

「穴、ですか?」

「あー、正式名称は何だっけか? 異世界とのゲート……次元回廊つったか。偶然か人為的かは知らねえが、それがどっかに開いたんじゃねえか?」


 次元回廊ゲート――それは現世と異世界とを行き来する通路のようなものだ。

 正確な原理はわかっていないが、東京なら銀座、大阪なら大阪城公園に出来たものが有名で、異世界との交流はもっぱらそれらを中心に行われている。

 だが、ゲートはそれだけではない。

 大規模なものは捕捉され、各国政府の管理下に置かれているが、小規模なものは世界中のあちこちに未発見のまま存在すると言われている。

 異世界産の外来種が問題となるのは、たいていそれらの未発見ゲートが原因だ。


「こいつらがどこから来たのか、足跡をたどればあたりをつけられるとは思うが……そこまでやるならもう仕事・・の領域だな。俺らはたまたまそういうのが得意だが、どうするね?」


 ニッセ社長が親指と人差し指で丸を作って、にやりとこちらを見る。

 えっ、わたしに判断しろってこと?

 いや確かに特定外来種の問題は深刻ですけどね!?

 わたしはただの臨時職員で、何の権限もないんですよ!?

 とくに予算なんて1円たりとも動かせませんが!?


 というわけで、わたしの回答は自動的に一択に定まる。

 びしっと背筋を伸ばし、それから腰を90度に曲げて、


「持ち帰らせていただきますっ!」と叫んだ。


 社会人の基本はホウレンソウ。

 明日、亀永さんに相談しよっと。

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